古事記の神話 #010(藤沢 衛彦)
十 天之尾羽張
さて、伊邪那美命、火の神を生みたまひて、御身を焼かれたまふ時に、伊邪那岐命は、驚き悲しみたまうて、
「可愛の妻よ、子一人とお身とを易へつるか」
と仰せられ、御屍の枕辺を匍匐はり、御足の辺を這ひ廻はつて、哭き給ひし時に、その涙の中に生れ給うた神は、大和国の香山の畝尾の木の下に御在なされる、泣沢女神である。
さて伊邪那美命の御屍は、出雲国と伯伎国との境なる、比婆之山に葬られた。
こゝに伊邪那岐命は、佩之給ひし十拳劔を抜いて、その御子、迦具土神の御頸を斬り落された。その時その劔の先についた血が、群立つ多くの巌石に飛び散つて、それから生れ給うた神は、
石拆神
次に根拆神
次に石筒男神
次に御劔の本に着いた血も、群立つ多くの巌石に走り着いて、そこから生れたまうた神は、
甕速日神
次に樋速日神
次に建御雷之男神、此神はまたの名を建布都神、または豊布都神と申しあげる。
次に御劔の柄に溜つた血が、手指の股から漏れ滴つて、生れ給うた神は、
闇淤加美神
次に闇御津羽神
である。(上の段で、石拆神から闍御津羽神まで、併せて八柱の神は、御劔によつて生まれ給うた神である)
殺されたる迦具土神の頭に生れ給うた神は、正鹿山津見神
次に御胸に生れ給ふた神は、淤藤山津見神
次に御腹に生れ給うた神は、奥山津見神
次に陰部に生れ給うた神は、闇山津見神
次に左の御手に生れ給うた神は、志芸山津見神
次に右の御手に生れ給うた神は、羽山津見神
次に左の御手に生れ給うた神は、原山津見神
次に右の御足に生れ給うた神は、戸山津見神
である。(正鹿山津見神から戸山津見神まで、併せて八柱の神がある)それで、此斬り給ひし御刀の名は、天の尾羽張といふ。またの名は伊部の尾羽張ともいふ。
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