古事記の神話 #003(藤沢 衛彦)
三 淤能碁呂島
そこで天神は、伊邪那岐命、伊邪那美命に、この漂うて居る国を、修理固成めよと仰せられて、天瓊矛を下し賜はつた。よりて二柱の神は、天浮橋に立ち給ひて、沼矛を差下して、かきまはし給うて、ころころと搔きならしてお引上げなされた時に、その矛の先から滴る潮が、凝り固まつて島となつた。これが即ち淤能碁呂島(自凝島)である。
二神は此島(淤能碁呂島)に天降りして、天御柱を建て、八尋殿(八は七八の八ではなくて、弥即ち多い意味である。後にある大八洲、八重垣、八握、八雷神、八咫鏡の如きも皆同様である。)そこで伊邪那岐命は、女神伊邪那美命に向ひて、
「お身の身体は、どう出来上がつて居るか」
とお尋ねなされると、女神は、
「わたくしの身体には、不足なところが一つあります」
と御答へなされた。男神は、
「わが身には余計なところが一つある、此余計なところで、お前の不足な
ところを塞いで国土を生まふが如何なものぢや」
と仰せられると、女神は、
「それは宜しう御座いませう」
とお答へなされた。
伊邪岐命は、
「さらば、われとお身とが、此天御柱を廻りて、夫婦の契りをしよう」
と、宣ひ、
「お身は右から廻り給へ、われは左から廻りて逢はう」
と約束し給ひて、天御柱を廻り給ひ、伊邪那美命が先づ、
「ああ、美しい男よ」
と仰せらるれば、男神は、
「ああ、美しい女子よ」
と宣うた。その時男神は、
「女子が先に物言つたのは、いけなかつた」
と仰せられたが、夫婦の語らひをして、御子水蛭子、(書紀の一書によれば、此子年三歳なるまで足なほ立たずとある)を生ませられた。此御子は葦の舟に入れて流し捨てられ。次に淡島をお生みなされたが、これも御子の数には入れられない方であつた。
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