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古事記の神話 #023(藤沢 衛彦)

二十三 須勢理比売命すせりひめのみこと

 また、大穴牟遅神の嫡后の、須勢理比売命は、非常に嫉妬深くあらせられた。それで大穴牟遅神は、大層お困りになつて、出雲国から、倭の国にお上りなさらうとして、御支度あつて、いざ出発といふ間際に、片手を馬の鞍にかけ、片足を鐙に踏み入れて、お歌ひなされた歌、


  烏羽玉の   黒き御衣を

  真具に    取装ひ

  奥津鳥    胸見時

  袖手揚も   此は不宜

  辺津波    磯に脱棄

  翠鳥の    青き御衣を

  真具に    取装ひ

  奥津鳥    胸見時

  袖手揚も   此も不適

  辺津波    磯に脱棄

  山県に    求し茜春

  染木が汁に  染衣を

  真具に    取装ひ

  奥津鳥    胸見時

  袖手掲も   此宜

  労子やの   妹の命

  群鳥の    吾群往ば

  引鳥の    吾引往ば

  不泣とは   汝は雖言

  山処の    一本薄

  頂傾     汝が将泣

  朝雨の    狭霧に将起ぞ

  若気の    妻の命

  事の語言も  是をば。


 (釈)射干といふ草の実のやうに、真黒な衣服を着飾りて、両手を張上げ、似合ふか似合はぬか、自分で自分の態を見て、これは似合はぬと、磯辺に脱ぎ棄て、翡翠色の御衣を着飾りて、両手をはり上げて、似合ふか似合はぬかと、自分で自分を見た時に、これも似つかはしくないとて、磯に脱ぎ棄て、此処は、山々にたづねさがした、茜草を春き、絞り出した汗にて、赤く染めた衣服を着飾リ、両手を張上げて、似合はうか、似合はぬかを、自分で見て、あゝ、これがよく似合ふ、これで出掛けよう、さらば、須勢理比売よ、村鳥の飛び去るがごとく、俺が一気に去つてしまへば、何んとも思はぬと汝は云つてゐるが、山の涯に一本生えてる薄のごとく、必ず頭を垂れて、朝雨のごとくに、咽び泣くに相違ない。若いわが妻の命よ、此事は永く後世の語草となつて伝はるであらう。

 その時、嫡后の須勢理比売は、流石に名残惜しく思召され、酒杯を持つて、大穴牟遅神の側に立寄られ、さて次のごとくお歌ひなされた。


  八千矛の   神の命や

  吾大国主こそは 男に坐ば

  打見る    島の岬々

  掻見     磯の岬不落

  若草の    妻将持有

  吾はもよ   女にし在ば

  除汝     男は無し

  除汝     夫はなし

  綾垣の    ふはやがしたに

  蒸被     柔が下に

  拷被     清が下に

  沫雪の    軟撓胸を

  拷綱の    白き腕

  素手抱    手抱拱

  真玉手    玉手差纒

  股長に    寝しなせ

  豊御酒    献らせ


 (釈)八千矛の神なる、わが大国主命こそは、男でおありなされば、見渡すかぎり、到るところに若い妻を持つてゐられることが御座りませう。私は女で御座いますれば、あなたを除いては、男は御座りませぬ、夫は御座りませぬ。綾のやうに美しい、ふはりとした帳の下、蒸衾が軟かな其中、拷衾が清らかな其中で、沫雪のやうな若やかな胸を、拷綱のやうな白い腕でそと叩き、叩いて互にひしと抱き合ひ、繊手を差纏ひて、股を長う一所に寝ませう、どうか御酒を召上つて下さいませ。

#024 へ続く(👈リンクあり)

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