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秋風が街に馴染んでゆくなかで

一度壊れた心はもう元に戻らないのなら、私たちはこれから一体どうやって生きていけばいいのだろう。
そればっかりをずっと考えている。


自分の薄っぺらさを日々痛感している。
つらさを人としての厚みだと勘違いして生きてきてしまった。
言葉にならないと言い訳して言葉にしてこなかった色々なことと泣きそうな気持ちだけを抱えている。
感じていることはたくさんあるはずなのに言葉になって口から出てきてくれない。
口から出てこないから何も伝わらない。
本当はもっと色々あるはずなのに、自分は空っぽだと錯覚しそうになる。
言わないことで自分を守ってきたはずなのに、言えないことで自分が削れていく。
本当のことを話そうとしたけれど、喉がきゅっとなって声がでてこなかった。
喉元まで出かかった言葉、口をついて出たのは嘘だった。
それでもどうにかして私が生きている証を残したくて日記を書いた。
私は確かに今ここで生きている。
それを残しておきたくて必死なのだ。


秋は寒くて寂しい。
いちばん初めに心を壊したのは秋だった。
色んなことを思い出したけどそのひとつもここには書けなくて、私は何から自分を守っているのだろう、と思った。
母のこと、父のこと、学校のこと、勉強のこと、塾のこと、そのどれもが秋だった。
秋の歌は他の季節より少なくて、どうしたって寂しい。
秋の風が寒くて布団をいつもより深く被った。
冷え性で手足が冷たくなる私のところに猫が潜り込んできたので、猫で暖を取った。
幸せだと思った。
それは確かに幸せだった。
泣きそうな気持ちが幸せによるものなのか寂しさによるものなのか、私にはよくわからなかった。


私の好きな歌手のインタビューを母と読んでいたときに母が言った「この人の答えてる内容は良いけどインタビュアーがダメだね」という言葉がずっと心に刺さっていて痛い。
私はずっと母からこう言われるのが怖かった。
母が他者に振りかざすこのジャッジの目が、私に向くことが怖くて仕方ないのだ。
母の言う「ダメ」を私がしてしまったら、母に失望されるのではないかと思っている。
思えば私はずっと未熟であることを許されてこなかった気がする。
それは意図的に行われたことではなくて、私が勝手に感じ取ってそう思っていただけなのかもしれない。
母には美学がある。
母の美学から逸れることが怖い。
母から何もかもを許されたいという願望がある。
だが、許されてしまったらもう母から逃げられないとも思う。
母から許されなくても、私は私を許していかなければならない。


寒い季節が本当に悲しい。
薬を1錠多く飲んだけど悲しい気持ちはそのままだった。
秋から冬にかけて北風がびゅうびゅう吹く私の町は、大切なものまで吹き飛んでしまいそうで怖くなる。
悲しい気持ちをそのまま吐き出して誰かまで悲しくさせてしまうのが怖い。
どうか、どうか悲しみに引っ張られないでほしい。
届くな、と思いながら、それでも。
笑って聞いていいよ。悲しくならないでね。


秋風が街に馴染んでゆくなかで、私だけがまだ過去を捨てきれずにいる。



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