はっきりいってあなたと寝たい!!!(上)〜薔薇王の葬列(3)感想①
リチャードにはツッコミの素質がある。
「このたびは長兄のエロワード……いえ、エドワードが未亡人を襲って申し訳ございません。俺が全力で呆れ、吐き気を催させていただきます」
Byグロスター公リチャード
夢に出るパワーワード。
もう少しこうさ、……オブラートに包んで言ってくれないだろうか。弟も見てることだしさ……。
しかも兄のすけべっぷりを知った弟をこんな感じで口封じしようとするしさ……。
リチャードは女性でもあるということを考えると、さっきまでリチャードが兄がすけべ根性をむき出しにして未亡人を襲っていたのに怯えていた後のこのシーンは、「ひえっ」となるシーンだ。ぞわっとなる。エドワード兄さんは「弟に戯れかけるふりをして」、妹を押し倒す。そして、まるでリチャードに了承を得るかのように、王妃を選定する。
エドワードも、はっきりと口にはしないが、たぶんリチャードを女(妹)だと知っているのではなかろうか、と思う。だいたいエドワードのリチャードに対するノリがおかしい。父上と一緒で、薄暗い情念を感じる。弟に対するものではない気がしてきた。
エドワード4世、即位
1461年3月1日、エドワードが王に推戴され、3月3日、諮問会議の承諾を経て、3月4日にエドワード4世として即位する。ヨーク朝初代国王である。ヨーク公の積年の願いを果たしたことになる。
ヨーク公はなんら理由がないのに勝手に王位を請求する謎おじさんみたいな状態になっていたが、今回ばかりは違う。ランカスター朝に明らかなる非があった。相次ぐ戦闘の敗退と、第二次セント・オールバンズの戦いでの虐殺だ。さらに、ヨーク派はロンドンを含むイングランド南部に大きな支持層を獲得することができた。
また、後述の理由によりロンドン市民がエドワードに好意的だったため、これはいけると判断したエドワードは、イングランド国王として即位すると宣誓を行う。
規格外のヘンリー7世を除けば、苦労しか降ってこないヘンリー6世、幼少のエドワード5世、治世が短すぎて業績に甲乙付け難いリチャード3世などちょっと微妙な君主が揃う薔薇戦争のなかで、唯一安定的に統治できた有能な国王がいる。
それがエドワード4世なのだが……唯一にして最大の欠点がどすけべなことだった。えっちなことを考えていると、エドワード4世は玉座まで失うレベルに大失敗する欠点がある。でも懲りないでスケコマシまくって、最後は弟のリチャード3世にそれを利用される羽目になるのだが……
すけべは身を滅ぼす。
アニメでは芸がこまかいと思ったのだが、エドワード4世は「即位」しただけで「戴冠」はしていない。だからまだ前半では冠をかぶっていない。
さて、第二次セント・オールバンズの戦いでマーガレット王妃はヘンリー6世を取り戻し、頭皮に凄惨な制裁を加えた。そしてイングランド北部に逃げ、玉座奪回に熱意を燃やす。エドワード4世としては、自らの玉座を保持するため、この二人、そしてエドワード・オブ・ウエストミンスターの存在はすぐにでも片付けておかねばならない問題であった。そして、ロンドンから進軍し、前哨戦のフェリブリッジの戦い(ここで史実上でヨーク公に紙の冠をかぶせたクリフォード卿は殺される)を経て、タウトンの戦いが始まる。
タウトンの戦い
エドワード4世は「ヨーク家の輝ける太陽」と呼ばれる。業績に対する評価もあるのだけれど、なによりもこの現象が彼の二つ名を決定づけた。
この幻日現象は、実際にはヨーク公が殺されたウェイクフィールドの戦いの直後、12月の冬の日の朝に起きた。幻日現象は、ひどく寒く晴れ渡っている時、太陽の高さが低い朝・夕方に起きやすい現象なのだそうだ。空気中の水蒸気の氷の結晶が太陽光を反射して起きる。ググるとものすごく神秘的なのでぜひ見ていただきたい。
この幻日現象をみたエドワードは、「この三つの太陽は父と子と聖霊の徴、吉兆である」と述べ、味方を鼓舞した(アニメのエドワード兄さんも同じことを言っている)。父と子と聖霊とは、キリスト教において、神をしめす言葉である。エドワードは三つの太陽に神を見て、神の加護がヨーク朝と自分にあると確信した。
それで彼はこの三つの太陽がお気に入りとなり、ことあるごとにエドワードはシンボルとして用いた。だから彼のことを「ヨーク家の輝ける太陽(サン・イン・スプレンダー)」と呼び習わす……らしい。
タウトンの戦いの際、実際にはリチャードは参戦していない。あまりに幼く、情勢を鑑みた母親のセシリー・ネヴィルが他のきょうだいたちとともにネーデルラントへ避難させていたからだ。
だが、リチャードは国王即位前は優秀な軍司令官として名をはせているので、アニメでは今回リチャードを参陣させたものと思われる(ケイツビーさんの発言から察するに、勝手に参陣していた模様)。
「薔薇王の葬列」は「俺は影になってやる」というリチャードの内面に焦点を当てているため、あまりはっきり書かれていないが、タウトンの戦いほど英国史上悲惨な戦いもなかった。
この戦いでの死者はエドワード4世側の見積もりでは2万8000人とされている。
軽率に比べるものじゃないのだが……
英国での戦争での死者は第二次世界大戦におけるロンドン大空襲の方が多く、4万人以上が死亡しているが、「タウトンの戦い」のほうが悲惨だ。ロンドン大空襲では、ロンドン市の人口が860万人を超す中で行われ、イギリス国民に盛大な爪痕を残した。
一方、タウトンの戦いが起きた40年後、1500年頃において、ロンドンの人口は5万人くらいだったと言われている(参考資料)。
当時の一つの大都市が文字通り半分くらい消えたレベルの死者数なのだ。対人口比だけで見れば、ロンドン大空襲よりはるかに大きく、酷い戦いである。爪痕どころの騒ぎではない。
薔薇戦争は英国史上において屈指に悲惨な内戦だと言われる。
タウトンでの戦いの勝利のあと、1461年6月28日にエドワード4世は戴冠、正式に国王として玉座に座る。
Ah^~ My heart will be hopping^~
さて、当時ウォリック伯がアジトにしていたイングランドの(だった)カレーという地は、前の記事でも述べてきたが、暴利を貪ることができた。さらに、その貪った暴利を守るために駐屯兵がいた。つまり、カレーを掌握すると、とんでもないゼニ金と軍事力を手にすることができる。
ウォリック伯はカレーを掌握していて、軍事力とゼニ金を懐に入れていた。さらに、ランカスター家はお財布が素寒貧で、ロンドン商人を掌握することができなかった。ヨーク家はそれに目をつけ、ヨーク公リチャードとウォリック伯はロンドン商人の心を掌握した。前の記事でも話したが、ウォリック伯はロンドン商人の商売敵であったハンザ同盟等の商船に海賊行為を働いており、それもロンドン商人を「スカッと」させた。
ロンドン商人とカレーが密接な関係にあることも、ウォリック伯とヨーク家にいい感じに働いた。イングランドの羊毛はカレーで輸出され暴利を貪ってくる。全国各地から羊毛を集めてくるのはロンドンで、ロンドン港に集められた羊毛が、カレーへと船出するのだ。だから、ロンドン商人とカレーはズブズブな仲だった。
だから、ロンドンとカレーの後ろ盾を得ているウォリック伯に押されたエドワードは、ほとんど無血でロンドンに入来することができ、英国王エドワード4世として即位することができた。実際のところ。
だが、エドワードが即位・戴冠した時点でも、ランカスター家に忠誠を誓う大貴族は多くいた。いいかえると、エドワード4世は、ウォリック伯がロンドンとカレーの後ろ盾を得ていて強大な軍事力と膨大なゼニ金を有していたからなんとか国王に即位できたのだ。
言い換えれば、ウォリック伯リチャード・ネヴィルの動向こそが、エドワード4世にとっての生命線であり、最大の脅威になっていく。
エドワードは、ウォリック伯を必要としなくなるその日まで力を蓄え、いずれ彼をほどよく排除しようと目論む。
……んだのがアニメでは秒でバレたんだろうか。
ウォリックおじさんがウッキウキで王弟たちに娘を紹介している。着実に足場固めを始めている。
妹はアン・ネヴィル(作中では姉らしい)。姉はイザベル・ネヴィル(作中では妹らしい)。この姉妹が薔薇戦争に大きな影を落とすことになる。
ウォリック伯のリチャード・ネヴィルにはアンとイザベルしか子どもが生まれなかった。男子はおらず、ウォリック伯の死後は姉妹がウォリック伯の莫大な遺産を受け継ぐ事になる予定だった(ウォリック伯はカレーで暴利を貪っていたし、イングランド国内の所領も相当所有していた)。……となると、当時の上流貴族の男が目の色を変えてアンとイザベルを我が妻にせんとウキウキし出す。当時の法律だと、妻が親などから相続した領地や爵位を夫が保有することになっていた。妻の土地なんだけど、自分のものみたいに勝手に売りさばいたりしても良かった。もう上流貴族の男にはアンとイザベルに求婚しない理由がなかった。
ちなみにウォリック伯も、実はウォリック伯爵という爵位は、ウォリック女伯爵アン・ビーチャム(アンとイザベルの母)と結婚し、それによって得たものだ。
ちなみにウォリック伯の父、ソールズベリー伯爵も同じで、ウォリック伯の母であるソールズベリー女伯爵アリス・モンタキュートと婚姻したためにソールズベリー伯爵となった。面白い家系なのである。
同時に国王のエドワード4世が警戒し出す。
ウォリック伯のような権勢ある貴族が他の貴族と結ばれては国王の地位が脅かされるからだ。特に国王は自分の弟(つまるところスペアー)のジョージとリチャードがウォリック伯領を相続するなんてもってのほかだと思っていた。ふたりが王位継承権をもっているとみなせる以上、うっかり王位を簒奪される可能性があるからだ。自分が簒奪したしそういう恐怖にかられるのは仕方ないね
ウォリック伯的にはアンかイザベルのどちらかを超絶名門のスタッフォード家(バッキンガム公爵)に嫁がせる気だったらしい。
もちろんバッキンガム公爵もウハウハだっただろう。だって莫大な土地が相続できるのだから。ウォリック伯が秋波をおくってきたとき、嬉しすぎて「あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~(Ah^~ My heart will be hopping^~)」っていう状態になっていたに違いない。
スタッフォード家(バッキンガム公爵)はイングランドで一二を争う資産家なので、莫大なネヴィル家(ウォリック伯爵)の財産を相続するとそれはもうきっと毎日札束風呂にはいっても死ぬまで暮らせるレベルだっただろう(発想が小市民)。
ちなみにそのウォリック伯が娘を嫁がせる人として白羽の矢を立てていたバッキンガム公爵こそ杉田バッキンガム公爵である。バッキンガム公爵がリチャード三世に刃向かったのは、公爵は許嫁だったアン(とその相続している領地)を忘れることができず……っていうストーリー展開ではなくバッキンガム公爵とリチャード三世が手に手を取って爆走するんだから、薔薇王の葬列って本当に斜め上をいくよね
だが、この縁談はエドワード4世にとってはとんでもない脅威になる。そんな毎日札束風呂入れるような家ができてたまるか!!というやつである。
エドワード4世は「そういうことする!?」というすげー豪腕で阻止する。
文字数が長くなりすぎたのでここで一旦区切る。
参考文献
トレヴァー・ロイル著、陶山昇平訳『薔薇戦争新史』2014年、彩流社
尾野比左夫著『バラ戦争の研究』1992年、近代文藝社
青山吉信編『世界歴史大系 イギリス史1』1991年、山川出版社
陶山昇平著『薔薇戦争 イングランド絶対王政を生んだ骨肉の内乱』2019年、イースト・プレス
服部良久他編『大学で学ぶ西洋史(古代・中世)』2006年、ミネルヴァ書房
堀米庸三編『西洋中世世界の展開』1973年、東京大学出版会
佐藤猛著『百年戦争 中世ヨーロッパ最後の戦い』2020年、中公新書