自分の発信で大切なあの人を傷つけてしまうのではないか
発信しようと思うと、大切なあの人の顔が思い浮かぶことがありませんか。
「この発信を見ると傷つくのではないか」
「この発信で不本意な受け取られ方をされないだろうか」
特定の誰か
私たちの発信は悲しみや苦しみ、悔しさなど、前向きでポジティブな感情以外から生まれていることも多いと思います。
少なからずそういったエピソードには、胸が締め付けられるような感情を抱いた相手がいたり、出来事があるわけで。(それが自分の場合もあるけれど)
私の場合は、保育士時代のことをよく発信しているので、当時の先輩や上司などが対象になることが多いです。見る人が見れば「これって◯◯さんのことだよね」と確実に誰だかわかる、特定の人物が出てきます。
例えばですが、保育士時代、先輩と揉めたことがあります。退職について相談を持ちかけたとき「また逃げるんですね、いい大人なのに」と一蹴され、涙がちょちょぎれました。この言葉が、私の保育士人生を終了させるゴング。
今でこそ、こうしてフリーランスの道があることを知ったので大丈夫になりましたが、数年間心のしこりになるほどにはインパクトのでかかった言葉です。
このエピソード、私は何度か発信しています。
そして万が一の確率で先輩が私のアカウントにたどり着いた時、確実に「自分のことだ」とわかると思います。いい気分がしないことも確かです。
このエピソードだけを切り取るとあれですが、私は先輩のことを尊敬していました。人を頼れないプライド激高女だった私が、退職するか否かという大きな悩みを相談できるほど、頼りにしていた人。とてもお世話になっていたし何度も助けられていました。
それなのに「こんな書き方をしていいのか」と何度もタイピングする手が止まりました。誰かをわるく言ってしまうことで自分を蔑む感じもして、なんとも言えない気持ちになったりもして。
発信をはじめた当初は、四方八方、誰も傷つけない発信をしようと心がけていたように思います。でもそうすると、思ったことが書けなかったり言えなかったり、本当に伝えたいことが伝わらなかったり。
発信って本当に難しくて、オブラートに包もうだとか、これについては遠回しに言おうだとか、そういうことを考え出した途端に発信の手がパタリと止まってしまうというか。
その狭間で悩むこともあるんじゃないかと思います。
不本意に大切な誰かを傷つける可能性を孕(はら)むことを考えると、発信が途端に難しくなる。身に覚えのありすぎる悩みです。
そんな私の発信へのハードルをグッと下げてくれたのが、お世話になっていたコーチからの言葉でした。
”よく”は思われない本音
少し話は飛ぶのですが、起業して「自分の名前で生きていきたい!」と発信活動をはじめたのと同時期に、私は一度退職した保育士に復帰していました。コーチ業と保育士を兼業したくて。
当時の私の発信といえば、保育士としてのエピソードが中心。それは決して前向きな内容だけではなく、ドロドロすることの方が多かったです。
「子どもが嫌いだった」
「職業として保育士を選んだ自分を責めていた」
実際に「その考えはどうかと思います」というようなコメントをもらったこともあります。
復帰したばかりだった私は、万が一、一緒に働く先生や子どもの保護者が自分のアカウントを知ったらどう思うだろうと、頭の中が黒いモヤモヤでいっぱいになりました。
こんな人とは一緒に働けない
子どもを安心して預けられない
そう思われてもおかしくない内容の発信ばかりだったからです。
「発信」と「保育士である自分」に折り合いをつけられなくなり行き詰まった私にコーチが掛けてくれた言葉がそれでした。
その言葉で喉元につっかえていた何かがスーッっとなくなっていくのがわかりました。
それが現実的かどうかは別として、
いざとなったら、
全ての記事を読んでもらおう。
その上で判断してもらおう。
そう思えようになり、発信に対する怖さが1つなくなりました。
先輩に対しても今はそう考えられています。
わかってほしいは思っていないけれど「全ての記事を読んでもらって判断してもらえばいい」と考えています。
大切な人であればあるほど
私の場合は、言ってしまえば相手が職場関係の人だったので、こう思うことで気持ちに折り合いをつけることができました。
ですが、これがパートナーや家族、自分の子どもが相手となると、また違ってきたとは思っています。
もっともっと慎重になっただろうし、本当にこれでいいの?と自問自答しながら日々発信をしていたことが想像つく。
それでも伝えたい人がいるならば、届けたい人がいるならば、私は発信していきます。………と言いたいところですが、私にその勇気が持てるかというとそうではない気もします。むずかしいです、ほんとに。
なんの解決にもならないかもしれませんが、1つの策として、例えば怒りや悲しみなどのエピソードについて書くときは、そこからどんなことを学んだのか、どう感じるようになったのかを一緒に発信するかと思います。
「あの時は辛かったけれど、そのおかげで、、、」という形で表現するかもしれません。
希望になる
言いたくても言えない本音、身を引き裂かれるくらい辛かったこと。私たちの悩みや苦しみは、同じように悩む誰かの希望になると感じています。
私が発信に再起をかけてからの最初の問い合わせは「保育士なのに子どもが嫌いになってしまった。こんなこと誰にも言えない」というご相談でした。
本当に、発信していてよかった、と思いました。
私の大好きな発信者さんが「発信しないことはもはや罪」と書かれていたことを思い出したんです。
思い上がりですが、ご相談をくれた方は私が発信していなければずっとこの悩みを抱えたまま生きていくことになったのかと思えて。
(本当に解決したい悩みなら私の発信を知らなくてもいずれ解決していくと思っています)
*
私たちは発信するもしないも、守るも守らないも、どこまで出すかも、選べます。
この記事の最初に、「オブラートに包もうだとか、これについては遠回しに言おうだとか、そういうことを考え出した途端に発信の手がパタリと止まってしまう」と書きましたが、
オブラートに包むことも、遠回しに言うことも、発信する中で慣れてくる部分もあります。ありました。
あなたがあなたらしく。そして大切な人とのバランスをとりながら発信できることを願っています。
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