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2019.12.27 ぼんやりと

もうすぐ、2019年も終わる。
どんな年になったかな。
わたしにとっては。
あなたにとっては。
人それぞれの2019年がある。
人の数だけ2019年がある。
そんなことをぼんやりと思いながら、
忘年会へ向かっている。


2019年。
わたしは今、28歳を生きている最中なのだけれども
もう若くない
そう強く思った1年だった。

日々の暮らしの中で、
何かに気付き糧にしていく。
その気付きが、
例えば同じ内容を
Aさんは高校生のときに気付き、
Bさんは30歳手前で気付いたとする。
同じことを気付いて糧にしたとしても、
2人は10年以上の開きがある。
つまりAさんは早く気付いて糧にできた分、
さらに他のことに気付いて糧にできるのではなかろうか。

この気付いて糧にするというのは
悟りと言ったり、学びと言ったり、
表現は人それぞれだろう。

この気付きやら悟りやら学びやらを
どんどんしていくのが人生の一面だろうし、
それらが多い方が人間として成熟していく気がする。
なにより、生きやすそう。

SNSが生活の一部と化して
息を吸うように情報が入ってくる毎日。
そんな中で、
この前自分が気付いたところの糧を
10代の方がすでに糧にしていたのを目にした。

10代と言えば
誰も彼もが若いと言う年代だけれども、
はたして20代はどうだろう。
20〜24歳くらいは若いのかもしれないけれど
それを過ぎると「若い」かどうか微妙になる。
当事者同士の相対的な形容であって、
絶対的なことじゃない。
それが28歳になるとどうだろう。
60代の方から見れば
まだまだひよっ子だろうし、
20歳の方から見れば
もういい大人なのだろうし。
そんなことをふと思って、
わたしってもういい大人なんだなぁ
と感じたのだ。

年齢なんて気にしてたら
何も出来なくなることも、あるだろう。
普段は記号的にしか捉えていない。
でもふと振り返ったときに、
28年という時間が経過していて
この身体は28年間休まず稼働していて
この心は28年間何かを感じ続けている。
そういう時間の重みを思わざるを得なくなるときがある。

もっと早く気付けていたら。
そうしたらもっと大人になれていただろうか。
人生の先輩方がインタビューで
「10代は〜、20代は〜、30代は〜こうだった」
そんなふうに振り返っている、
その20代のような人に
わたしはちゃんとなれているのだろうか。
そうやって焦る気持ちも沢山感じた。

30歳は意外とすぐそこ。
これを書いていて気付いたのは、
例えAさんとBさんで気付いた年齢が違ったとしても、
それまでの経験が同じなわけがないから
早く気付いたAさんがまだ気付いていないことを
Bさんはすでに糧にしているかもしれないということ。

なんだ、焦ることないじゃない。
人って、そんな単純じゃあなかった。
人の数だけ人生があるんだもの。

そもそも、
人とそうやって比較している時点で
なんだか違うよなぁ、なんて思ったり。

2020年は
自分のペースで
肩の力を抜いて
頑張らないようにしたいなと
そんなことを思いましたとさ。

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遠藤 葵
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