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年末に必ずやること

忙しなく時がすぎる。

だから12月のことを、師走と言うのだろう。
師も走ってしまうほどの忙しさ。

年末だからと特段忙しいというわけではないはず。でもどうもゴールイン目前だからか、「あと○日で今年が終わる」「あぁ、今年もあと残すところ○日じゃないか!!」と逆算してしまう。したくもないはずのカウントダウンをしている自分がいることに気がつく。

だからだろう。どことなく、なんとなく、気が急いでしまうのは。

こんなにも、時がマッハで過ぎていくように感じられるのは、やっぱり一年のうちで12月しかない。そんなふうに毎年年末に思ってしまう。

瞬きしているうちに、気がつけば年が明けるのではないか。なんて思ってしまうところをグッと堪えて、毎年やっていることがある。

それは、一年の棚卸し。

この一年どんなことがあったかな。どんなことをしたかな。どんなことを捨てられたかな。どんなことを辞められなかったかな。

なるべく細かく、時間の許す限り、振り返る。丁寧に。

というのも、わたしはどうも目標や目的がないと動けない人間でして。自分で自分の動く理由を課すために道標を作ることにしている。その道標を作るにあたって必要なのが、振り返りと未来への計画だ。だから毎月、先月はどうだったから今月はこうしよう。などと、ちまちま振り返っては目標を立て、時に目的を見直し軌道を修正している。目標や目的が壮大すぎたり、遠すぎたりすると全くやる気が起こらない。この距離設定がいつも難しいんだなぁ、と何年も付き合ってきているはずの自分相手に思う。

この自分の棚卸しを毎年12月にやっていると、様々なことに気がつく。

1年目2年目あたりではあまり気にしないことでも、3年続けばそれは立派な癖だ。例えば、わたしの場合だと10月あたりがモチベーションの弱点で、毎年このあたりでモチベーションを維持することにあの手この手を使っている、とか。逆に夏はイケイケなテンションで、だいたい毎年エネルギッシュだな、とか。

そういう1年の中でのメンタル面の波を把握することができる。もちろん出来事にも左右されるものだから、毎年全く同じ波になることはない。ただ、なんとなく自分の癖というか、こういうことでモチベーションが下がりやすいのかもしれないという特徴を推測はできる。

こういう憶測でもいいから法則性ってとても大切だと思っている。次の年に対策をふんわりでもいいから立てておけるから。もちろんその時の出来事によって、偶然でもそのモチベーション下降線を回避できれば問題ない。そのときは、今年は対策を実行しなくて済んだぞ!!やったね!!くらいで忘れてしまえばいい。

もしも次の年も例年よろしく下降線が現れたと思えば、それは考えた対策を実行してみればよい。そしてうまくいかなかったら、また次の年に別の対策を練ればいいだけ。そうすれば、今年の下降線時期は無駄にはならなかったことになる。無為に過ごしたわけではなく、何かしら対策のアクションを起こしたのだから、それは立派な実験だ。有意義な時間だ。おめでとう。というわけだ。

そうやって毎年実験を重ね、歳も重ね、自分が少しずつ分かってくるんだと思う。

自分のことって、一番近くにいるから分かる反面、近すぎて分からないことも多いから。人生って自分を知っていく積み重ねなんじゃないかなって、ここ数年で思うようになった。

そんなわけで、今年も振り返る。

ただもくもくと。来年をより良い年にするために。

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遠藤 葵
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