みてねアプリに揺れる
「みてね」というアプリをご存知だろうか。
わたしは、
息子の祖父母、つまり
わたしの両親と、旦那の両親、
叔母であるわたしの姉に、
みてねアプリで2歳の息子の写真を共有している。
生まれてすぐ、旦那が
先輩パパに勧められたといってダウンロードし、
それぞれの両親にも共有する段取りを整えた。
撮った写真をアップロードすれば、
皆好きなときに、孫のほぼリアルタイムの写真が楽しめる。
わたしの両親は遠方なのでしょっちゅう会うこともできないし、
メールやLINEでいちいちメッセージのやりとりなどせずに共有出来るので、
便利に使わせてもらっている。
双方の祖父母もとても楽しみにしていてくれて、
コメントもたまについたりして、
そのコメントに励まされたりすることもある。
しかし、定期的にもやもやがやってくる。
息子の写真や動画を親戚に勝手に送られていたり、
なんだか監視されている気分になったり。生活のほんの一部なのに、それが全てのように思われているような発言をされたり。
当たり前だけれど、泣いているときにあやしたり、抱っこしながらご飯の準備をしたり、
夜泣き対応をしていたり、授乳しながら絵本を読んだり、しっかり息子と向き合っている大変なときは、写真も動画も撮れない。
で、その様子を撮ってくれるひとだっていない。
必然的に、休日旦那がいるときに、旦那が息子をあやしている写真や動画をわたしが撮ることが多くなる。
旦那は仕事を頑張ってくれているのもわかっている。
そして休日はしっかり家族と向き合ってくれる。息子も旦那が大好きで、休日は旦那にくっついている。
先日、義実家に行き、旦那が息子を着替えさせようとしたとき、義母が何気なく言った。
「あら、最近は着替えもお父さんが良いの?」
え、どういうことですか、、泣
母より父が良いように見えるのか。
着替え「も」って、
何もかも旦那がやっているとでも思っているのだろうか。
考え過ぎ?
でも、休日お父さんにべったりな息子の様子や、みてねにアップされる写真だけを見たらそう思うのも仕方ないかもしれない。
ただ、わたしは義母が大好きで、
息子が風邪をひいたときもわたしが寝れなかっただろうことを察して声をかけてくれたり、
母親の苦労(特権、というのかもしれない)を
話さずとも色々わかってくれていると思っていたので、余計にショックであった。
夜泣き対応は別室で三年弱ずっとひとりでやっている。
専業主婦だからだけれど、わたしと息子がふたりきりのときがほとんどである。
日中はいっぱい絵本を読んだり、童謡を歌ったり、語りかけながら散歩したり、料理したり、色々頑張っているんです、わたしなりに…
ふたりきりのときにいちいち携帯で写真や動画ばっかり撮るのも息子は嫌がるから、
あまり撮らないようにしているとも伝えたんだけどな…
ああ、わかって欲しい…
「評価されようと思うなよ。人は自分の想像力の範囲内に収まるものしか評価しない。
だから、誰かから評価されるというのは、その人の想像力の範囲内に収まることなんだよ。
人の想像力を超えていきなさい。」
このことばは、著者の荒井裕樹さんがある人から言われた言葉である。
そうだよ。
わたしだって、家族の全部を理解しているわけではない。
そして育児は、評価されることが目的じゃない。
まず、わたしがわたしを認めて、頑張っているよとわかっていれば良いじゃないか。
みてねに、自分が頑張っている様子がわかるような画像をアップするより、息子と向き合うことが大事なんだから。
そして、義母だって、なにもそこまで考えて発言したわけではないことだって、ほんとうはわかっている。
みんな、孫のこと、子育て中のわたしたち夫婦のことを応援してくれていることもわかっている。
頑張っていることをもっとわかって欲しい、評価して欲しいと思ってしまうこともあるけど。
わたしの最大の理解者の姉だけは、欲しいときに天才的に欲しいコメントくれるし、それで充分じゃないか。
気分の浮き沈みはあるけれど、とりあえず。
応援してくれている家族みんなに感謝の気持ちを込めて、
もう少しみてねアプリを続けてみようと思っている。
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