永遠に咲く花♯1
それまで暖かく見守っていた太陽がそっと西の方へ姿を隠そうとしている
昼間よりも少しだけ冷たくなった風が一面の花畑を穏やかに吹き抜ける
ひとりの少年がそこに大の字になり、心地良さそうに寝息を立てていた
その姿をしばらく嬉しそうに見つめていたブルーの瞳、コハク色の長い髪、抜けるように白い肌をした少女が、やがて右の手に持った一輪の花で少年の鼻の下をそっとくすぐる
そして、小声で少年の名前を呟く
「アクス」
「..................ん?」
でも、アクスはまだ目を開けない
寝返りを打ってまたしても寝る体勢に入ってしまった
「アクスってば~!風邪ひいちゃうよ~~」
例年と比べると暖かいが今はまだ冬だ
「ん~~~っっっ」
アクスのシルバグレイ色の髪が静かに揺れる
眉を寄せて怪訝そうに状態を起こす
髪の毛をクシャクシャにしながら大きな欠伸を1回して、深い緑色の瞳がやっと開かれた
目の前の少女に視線を移す
「セティア...」
せっかく心地よく寝ていたのを無理矢理起こされてアクスは少々不機嫌、、、
「目、覚めた?」
「............」
だったが、無邪気であどけない天使のような笑顔、その笑顔ひとつで悲しい気持ちも吹き飛んでしまう
そんな不思議な力を持ったセティアの笑顔にアクスは、弱かった
花畑と草原に囲まれた一軒家
それがアクスとセティアの家だ
家のドアを開けるとシチューの美味しそうな匂い
「お腹すいた〜」
花畑からかけっこをして来た二人が鼻をクンクンさせながら家の中に入って来る
「もうすぐ出来るからね」
セティアと同じコハク色の長い髪をひとつに束ねたセティアの母リゼが鍋をかき混ぜながら、ニッコリと愛想良く答える
今、この家に住んでいるのは、アクスとセティア、セティアの母リセの三人だ
アクスはセティアよりひとつ歳上
まるで兄妹のように生まれた時から一緒に育って来たが、そうではない
アクスの両親が早くに亡くなり、それを見かねたセティアの父が連れて来たと聞いている
その父は今、戦争の真っ只中にいるはずだ
彼女達が住むこの国は''ゼナル"、戦いの相手国は''ウェルドル"仲がとても悪く、権力だの土地だのを巡って幾度も戦いと冷戦状態を繰り返している
争いが頻繁に起こるので父が帰って来ることも少ない。たまに帰宅したかと思うとまたすぐに戦争へと駆り出されてしまうのだ。
「美味いよ、リゼ」
本当に美味しそうにガツガツと勢い良くシチューを口に入れながらアクスは言った
シチューと言っても、少しの肉と畑で取れた人参、ヤギの乳を入れて出来たシンプルなスープだった
「オレ、シチュー大好きなんだ」
その言葉にお世辞や嘘は無い
アクスは本当に心からリゼの料理が好きなのだ
「そう、良かった」
「こんなものしか作れないけど、お祝い」
もうカラになった皿におかわりを装い、リゼはアクスに手渡す
「今日は特別な日だものね」
「?」
何の事だか分からないきょとんとした様子でシチューの盛られた皿を受け取る
「おめでとう、アクス」
セティアは、満面の笑みでアクスにそう告げた
「あぁ…」
なんの事だか理解していなかったアクスだが、ハッとしたように頷き、皿に目を落としスプーンでシチューを口に入れた
「…ありがとう」
その声には嬉しさと照れと、そして何だかよく理解できない寂しさが込められていた
セティアの心の中もその笑顔とは裏腹で何だかとても複雑な気持ちだった
アクスは今日で十三歳になる
この国では十六歳で一人前と認められ、全ての権利が与えられる
大人に近づくということは、それは嬉し事だが、それと同時に十六歳になればアクスも戦場へ足を踏み入れ無ければならないかも知れない
生まれた時から一緒だったアクスが、自分の側から居なくなるという現実は考えたくも無かったし、考える事も出来なかった
ただ、いつも父の事を想い、涙を流している母を見ていると、一旦出掛けだからいつ帰って来れるかも分からない戦場に、無事に帰って来れるかどうかも分からない戦場に自分の大切な人を送らなければならない悲しみと不安だけがセティアを襲う
大人になんかならないで
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