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ただの大学生が商業演劇の舞台に立つまで②

オーディション会場に足を踏み入れる。

すると、オーディション参加者の視線が一気に突き刺さる。
そりゃそうだ。遅刻してきてるんだから。

「すいませんでしたぁあ!!!!!!(100デシベル)」
※100デシベル=電車が通るときのガード下くらい

もはや条件反射のスピードで謝罪をする。あまりに申し訳なさすぎる。顔をあげれば、他の参加者は少し困ったような笑みを浮かべていた。余計申し訳ないなと思った。

「大丈夫ですよ~。そこ座ってください」

プロデューサーさんにうながされ近くの席に座った。そして、そこでA4の紙を渡された。さっと目を通すと、どうやらオーディション用の台本らしい。二人や三人のかけ合いが記されていた。

多くの人は、このままオーディション用台本を読み込むだろう。というか、それが自然な流れだろう。しかし、私は違う。
自責思考が止まらなく、もはやそれどころではないのだ。
私はパーテーション一つ挟んで向こう側にいた演出さんに謝った。

「すいませんでしたぁあ!!!!!!!!!(120デシベル)」
※120デシベル=飛行機のエンジン音くらい

すると、演出さんは爆笑してくれた。そして、笑い声交じりで優しく「大丈夫ですよ」と答えてもらえた。うれしかった。
だが、自責思考がそこで終わるわけではないので私は謝罪を続けた。演出さんとプロデューサーさんには笑われた。ありがたい話だ。

プロデューサーさんと演出さんが2人で何かを確認した後、パーテーションの奥からプロデューサーが出てきた。

「はい、それじゃあ参加者全員集まりましたのでこちらの方にどうぞ」

私たちは演出さんがいる空間へと向かっていく。
そこには椅子が並べられていて、いかにも「オーディション会場」の様相をなしていた。
自責とはまた違う緊張感が走る。
私は指定された席に座り、周りを見渡す。そのときのオーディション参加者は、私以外が男性だった。そのため、「もしかして、男性役でオファーがきたのかな?!」と勘違いする。

「それでは、これからオーディションを開始します」

言い方は優しいが、緊張感がある文章だったので思わず背筋を伸ばした。
しかし、その次に「と言っても、肩の力を抜いて参加してくださいね~」と言われる。安心はするが、それでも緊張が抜けないのが私という人間だ。私は背筋を伸ばしたままオーディションに参加した。

まずは自己紹介だった。
自己紹介は演出さんとプロデューサーさんから事前に送っていたプロフィールをもとに質問が投げかけられるので、参加者はそれに答える、という形式だった。

実際のプロフィール画像

私は大学で演劇部に所属していたことやそこで脚本を書いていたことを書いたのでそのことについて質問された。

その回答については、問題なく行えたと思う。
なぜなら、私はこの前まで就活生だったのでこのように即興で質問に返すことには慣れていたのだ。
私はまるで就活生のような態度、言葉遣いで質問に返した。

次は実技だ。
入室したときにもらった台本をもとに演技をするということだった。誰とやるのかも直前まで分からない。
私は他の人が次々と演技をするところを見ながら、ずっと「次は私だ……」という恐怖心に襲われていた。あと、参加者全員演技がうまかったため、それも怖かった。

「じゃあ、次、青鹿さん」
演出さんのラフな感じの指名に、私の声が思わず立ち上がる。
「はいっ」
「うーん、じゃあ、三番目の台本を、木梨(仮)くんとやって」

私はここで初めて他の参加者をまじまじと見る。
三番目の台本とは、上司の死神が手下の者を詰めるシーンだった。そして、私が上司役で相手の男性が手下役となる。
相手の男性は少し細身で肌も白かった。そして、なにより緊張をしているようには見えない。外見も内面も役者として質が高そうだ。たしかに、彼はうまい演技をしそうだなと直感的に思う。

しかし、私はどうだろうか。
彼よりも身長が低く、彼よりもこの場に怯えている。
「いまのままじゃ、絶対に落ちる……」
私の直感がそう言っていた。

こういうときに、初心者の私ができることはなんだろうか。
これは簡単な答えだ。 

全力でやる。

私は持ちうる限りの技術と声量で演技を行った。
私の武器は威圧感がある演技ができることだ。その武器がこの恐怖心で使い物にならなかったらもったいない。
私は恥も恐怖も何もかもをかなぐり捨てて演技した。

そんな気持ちがあっても終わりは平凡だ。

「はい。ありがとうございます」

所定の位置まで読み終えれば、その役のオーディションは終了。次はまた違う役を演じる。

次は気が強い女の子の役だった。女の子と男の子と先生が会話をするシーン。そこもイメージをふくらませて、意図的にユーモアを盛り込んで演じる。

そして、実技が終わった。

そのあとは、演出さんからの質問タイムだ。

皆が質問に答える中、私もどんなは質問が来てもいいように構えながら待つ。

「はい、じゃあ次、青鹿さん」

私の番になったので背筋を伸ばして、質問に回答をしていく。しかし、その途中演出さんが顔を濁らせた。そして、こんな言葉を放った。

「青鹿さん、それ素?」
「はい?」
思わず聞き返す。
「普段もさ、そういう真面目な雰囲気なの?」
言葉に詰まった。なぜなら違うからだ。

普段の私は、たいてい二種類に分かれる。
とてもうるさい時ととても静かな時だ。うるさい時は大抵テンションが高い時、そして静かな時はテンションが平常な時だ。そのため、「普段は?」と言われれば「いえ、もっと低くて辛気臭いです」って回答になる。

しかし、そんなことを言える度胸は無い。
私の口からは焦るように「いえ、普段はもっと高いです」という言葉が出る。
すると演出さんから「どんな感じ?」と聞かれる。私はさらに焦って、思わず陽キャな部活の後輩のモノマネをする。
それが何とかウケた。私は思わずほっとして、そこでやっと背もたれに背中をつけた。

その後は、普段の役や同性愛に関する話をしてオーディションは幕を閉じた。 

始まる時は緊張するが、終わる時はあっという間だ。私は大きな声で「ありがとうございました」と言って帰った。
途中、ほかの役者さんに「声が大きいですね」と褒めていただけたのが嬉しくもあり、こっ恥ずかしくもあった。  

帰り道、すっかり暗くなった空のどこかに灯る眩しさを私は今でも覚えている。
そして、その眩しさと共に残る安堵感も大事な思い出として胸の中に残り続けている。

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