歩き方を忘れてしまいそうになる。
最近仕事中に館内を歩いていると、ふとした瞬間に歩き方を忘れてしまいそうになる。と言ってもそこまで深刻なものではない。ただ、歩いている最中に次は左右どちらの脚を前に出していいか分からなくなるだけだ。
しかして下半身が悩んでいても上半身は待ってはくれない。このままでは倒るるのは必然、と割とどうでもいい刹那的な思考の後、私はどちらでもいいので脚を前に出す。数歩ぎこちない歩みを行った後いつも通りの人間の二足歩行に立ち返るのだ。
人生においてもそうだ。
人生では歩みを止める出来事と幾度も遭遇する。それは大抵不意に人の前に立ちはだかり、ある時は成長を促し、ある時は絶望を与えてくる。格好良く言えばそんな感じだ。現在私もその渦中に身を置いている、と思う。
昔は良かった。
と過去を振り返る人がいる。
政治が、生活が、経済が、法律が、風習が、手紙が、食べ物が、人の温かさが、昔は良かったと人々は懐古する。
昔は良かった。
少なくとも今私が腹の奥底で必死で抑えているものは抱えていなかった。
こんなものを外に出してしまったらと考えただけで冷や汗が出てくる。
今までの全てが消え失せるかもしれない、そう思うと居ても立っても居られない。
いっそのこと全てをぶち撒けて自分だけ楽になってしまおうかと考える。
一度何もかも更地にして、また一からやり直してしまいたい。
でも自分は人が思っているより怠惰な人間だからそんなことをしたら今度こそ取り返しがつかない事も知っている。
だから何もしない。何も行動をしない。自分は無力だから。
これは逃げなのはわかっている。恥ずべきなことだとも知っている。
だが何もしない。変わるのが怖いから。
昔は良かった。
ただ前を見て進んで行けた。
悩んだりすることもあったけど前に進めた気がする。
昔は良かった。
ふと辺りを見回すと人が居た。
人付き合いが苦手な私にも優しくしてくれた友がいた。
昔は良かった。
こんな自慰のような言葉を紡がなくても良かった。
昔は良かった。
この感情の名前は知っている。
知らなければ良かった。