色即是空 #一口小説
華国の京に歌妓あり。名を魃児(ばつじ)という。歌舞の才が飛び抜けて優れている訳ではないが、持ち前の愛嬌を好む者は少なからず居り、根強い愛好者を抱えていた。
ある時、彼女は「何か新しい道を拓きたい」と志し、普段と異なる舞いを披露する。これが大層評判となって、忽ちに京随一の人気を得る。多額の心付けを渡す者、回数は控えめでも定期的に召し寄せる者、遠巻きに彼女の芸を慕う者など、向き合う姿勢は千差万別であるものの、客同士は互いに競わず、和やかにその魅力を語らっていた。
そんな日々がしばらく続いた頃、客の中で彼女への貢献を称え合う慣習が生まれ始める。初めは個性ある応援を称揚していたが、しだいにどれだけ長い期間、彼女の歌舞を見てきたかを誇るようになった。それもやがて、どれだけ彼女を召しているかを誇るように変わった。それも厭きると、どれだけ金銭を渡しているかを自慢し合うようになり、彼女の芸よりも仲間内での馴れ合いに目が向くばかりであった。
新規の客はそれを垣間見ると、尻込みして魃児の指名を避け、いつしか同じ面々が魃児の周りで幅を利かすように……。それにともない、彼女もいかに現状の客を喜ばせるかに注力してしまい、新しい活動に踏み出せなくなってしまうのだった。