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退職日記2

 微々たる退職金とはいえ、その全てを水で薄めて生活費に使いたくはないと考える、酔狂な貧乏人が私である。
 そんな折、学生時代にお世話になった方が個展を開くというのでお邪魔してきた。そして5年半の労働の対価として、私は小さなオブジェを迎えることにした。

 『little people』と題されたセラミックのオブジェは私の両手に収まるサイズで、フレアスカートの様な裾を広げて地面から立ち上がっている。
人でいうと両手にあたる部分に穴が空いていて、その穴にはささやかな植物を生けることが出来るらしい。
 小さな目と視線を交わす。
手の中で捏ねられた土が窯の中で焼成されていく時間を想像してみる。
そしてこれからの時間、私の生活の中でこの小さなオブジェは頭のくぼみに何をいただき、両手にどんな植物を持つのかという空想を巡らせる。

 再就職という未来を考えると自分の手札の少なさに驚く。資格も知識も、社会的に有効な切り札が全くと言っていいほど無い。
こんなにも役に立たない人間がいるのかと信じられない気持ちになるが、それが私の思う世間から私への評価なのだ。
 しかし、良くも悪くも根が大雑把な人間なので「なんとかなるだろう」という実態の無い自信がある。そして実際のところブリコラージュで作られたこの世には、私のような凡庸な人間にも相応の生きる場所はあるのだと思う。

 私の手にツルツルとした感触をもたらすこのオブジェは、その冷たさに反して新生児のような大いなる可能性を持っている。
 餞別で貰った花束の一部を生ける。生活動線に住まう道祖神に応援されているような、くすぐったい朝がくる。

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