見出し画像

家族の老いというのは切ないもので


久しぶりに祖父に会ったら、
なんだか、なんだか切ない1日を過ごしたので書き残しておこうと思う。

普段は離れて暮らしている父方の祖母の三回忌だった。
私たち親子は前日の夜に到着して、三回忌の日を迎えて帰る日程。
お寺さんとの連絡だとか、お布施の用意、参列してくれる親戚へのお礼の弁当の用意なんかは全て実家任せにしていた。

前日の夜、祖父に「おじいちゃん、明日は何時に行くの?」と尋ねてみた。
そしたら「明日は10時にお寺さん、それで花を買いに行く」と言われた。
そうなんだ〜と法事の話はそれで終わって日常会話に戻った。

当日の朝を迎えて祖父と一緒に住んでいる叔父が
「お父ちゃん、準備できた?」
と祖父に向かって少し冷たく言った。
「うん、大丈夫」と祖父は答えた。

私が祖父に「お花を買いに行くって言ってたけど、それは行き道にいくの?」と聞いてみた。
もともと早起きでフットワークの軽い人だから、行く前に早めに買っておいて、一度家に戻ってくるくらいだと思っていた、そうしたら「行き道に行けばいい」と軽く返された。

それを聞いていた叔父が
「それなら行く時間を早くしないといけんのじゃない」と怒気を込めて言った。
祖父は「おお、そうか」と困り眉。

お花を買う時間を考えて出発の時間を早める事に決め、さっそく喪服に着替えたり準備をした。
そうしたらおじいちゃんが
「いまから弁当を買いに行ってくる」と言いだした。

叔父さんはお弁当をお店の人にお寺まで届けてもらうのだと思っていたらしく、またここでも眉を顰めた。
「お父ちゃんどこで予約しとる?ちゃんと予約しとるんかいね?」と強めに言うと、祖父は「しとーわね(しているよ)!」と同じくらい言葉を強く返した。

お花屋さんに加えてお弁当屋さんにも寄らないといけない事が判明して、同行する私たちも更に出発時刻を早めて急いで準備にとりかかる。

そうしていたら
「わし、1人で行ってくーわ。(くるわ。)あんた達は別に行きなさい」と1人で車に乗ってブーンと行ってしまった。

叔父と父は祖父の突飛な行動に呆れて、少しの間玄関に取り残されて立ったまま呆然としていた。
私は祖父の車が行った先と立ち尽くす2人を交互に見て、困ることしかできなかった。


そもそもどうしてこんな事になっているかと言うと、祖父の問題として
・耳が遠い(自覚なし)
・物忘れがひどい(自覚なし)
・叔父の言った事をしてくれない
・こだわりが強い
・プライドが高いが、それを認めないetc

これらの要因から、同居している叔父が祖父とのコミュニケーションをほぼ絶ってしまっているからなのであった。

「もう面倒くさいんだよね、何言ってもちんぷんかんぷん。意見がコロコロ変わるし、言ったことはやらないし。だからもう好きにしてくれって言ってある」
と言っていた。

これだけ見ると
「なんてひどい」と言いたくもなるけれど、今回の行動を間近に見てしかたがないと実感した。

その後、祖父以外の3人でお寺に向かい、数人の親戚と祖父を待っていた。
時間ギリギリになって、膝腰の悪い祖父にとっては長い長い階段をえっちらおっちらと上がってくる、手には仏花ではなくカーネーションの花束が2つ握られており、来てくれた親戚に配るはずの弁当に至っては
「お店の人がわかっとらんで、できとらんだった」
(お店の人が注文を勘違いして、弁当が出来ていなかった)と困り顔。

叔父は「花も法事にそぐわないもの、挙げ句の果てに弁当は用意してない。ああ、本当に恥ずかしい人」と怒り心頭。
私と父は怒りの火が燃え上がらないよう宥めるのに必死。

参列してくれた祖父の妹が「駄目だわね、おじいさんに任せてたら」と優しく声をかけてくれたので笑って返事をした、つもりだったけど、私は苦虫を噛み潰した様な顔をしていたと思う。

結局、法事が終わったあと15時ごろにお弁当屋さんから「お弁当の受け取りをお願いします」と電話がかかってきた。
どうやら祖父は法事用の高級な弁当の予約はしていたけれど、12時に出来上がる様に予約してしまっていたみたいなのであった。
祖父にその旨を伝えると「そうだったかね」とすっかり忘れていた。ズコー。
朝お弁当屋さんには行ったんじゃないのか…その時に話をしたのでは…となんだかガックシ…

法事を含めた親戚付き合いも、お金の管理も、全てを担っていた祖母が心臓発作で突然亡くなってしまってから3年が経とうとしている。
祖母がどれだけ“家”のことをしてくれていたのか、身に沁みた。

私自身、介護職であるのだけど「家族の介護はしんどい」と周りの人が口々に言っているのを職場で聞いていた。
概念では理解できていたけれど、まだ祖父母が自立して生活していた頃は、理解していなかったのだ。
“こういうことか”と、じくじくと痛む胸と胃をもってまさに痛感したのであった。


見出しの写真は足立美術館で撮影したものです。

いいなと思ったら応援しよう!