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雪のち桜【お母さん、ごめんね】


「しばらく、こっちにいるから」

「宿はどうするの?」

「カナのアパートに住むから大丈夫」


「そっか、でも学生アパートだから、いきなり、おばさん住み始めたら周りがびっくりするよ」


「大丈夫よ。ちゃんと大家さんに言っとくから。来週にはお父さんも会いに来るから。実家に帰ると言っても、手続きとか色々あると思うし、今すぐに移動するのは体にも負担かかるでしょ。しばらくは、お母さんもこっちに住むよ」

「ふふ、久しぶりの独り暮らし。ちょっと楽しみだったりするんだから」



笑顔で話す母は、温かかった。




母は、昼間にやってきた。
本を買ってきてくれたり、洗濯物を取り替えてくれた。

アパートの部屋も、掃除をしてくれたらしく、「汚い!」と怒られた。


昼間の面会時間に来る母と、彼氏のケイくんの来る時間が一緒にならないか、内心ドキドキしていた。

母にケイくんの話は沢山していたけれど、会うのは初めて。

こんな場所での、ごあいさつって……


ため息が出てしまう。



ケイくんは、夜に来てくれていた。面会時間ギリギリまでいてくれて帰っていく。

忙しいだろうに、私のために時間を作って来てくれて、申し訳なかった。

でも、嬉しかった。陽が沈んでいく時間が待ち遠しかった。


10日くらいは、お互い面会時間が重なることはなかった。

けど、

ついにその日は、やってきた。


日曜日の昼間に、ケイくんがやってきた。

面会室で、話していると、母もやってきた。


ご対面。


「はじめまして」から始まり、お互いが、「お世話になっています。こちらこそ」のやり取り。


そして、母がしきりに頭を下げだした。

「ありがとうございます。カナのこと、本当にありがとうございます。ほんと、こんな病気をしちゃって、ケイくんも大変だったよね。ごめんね。こんなカナのそばにいてくれて、ありがとうね」


ケイくんは、「いえ、いえ」と笑顔で答えていた。

そんな母の口調に、私は気がついてしまった。

『今まで本当にありがとう。この先は親が面倒をみるから、大丈夫です』って意味が込められていることに。


『ちょっと待って!』と心のなかで叫んでいた。


帰ると決めていたはずだったのに、いつのまにか、何とかこの場所に留まりたいと思うようになっていた。


ごめん。お母さん。

無理だよ。ケイくんと別れるなんて、私には無理だよ。

ケイくんがいなければ、私、生きていけないよ。



その後しばらくは、二人が出会うことはなかった。
父は、次の日曜日に来てくれたけど、仕事が忙しいらしく、私の顔を見てすぐに帰って行った。

帰る、帰らない、これから。

答えを出せない、未来を見れない日々が、私の心を蝕んでいった。
堕ちるとこまで堕ちていた。

でもこの時、私は自分で自分がおかしいと気がついていなかったんだ。
今思い出しても、あまりにも酷い心模様。


頭のなかを、ぐるぐるとメチャクチャな思考が巡り、止まらなかった。


絶食で体は痩せ、薬の副作用で顔は腫れ、肌はぼろぼろ。
病気で遊ぶこともできない。誰が、こんな女と付き合うっていうの?

ううん。大丈夫よ。

愛があれば、すべて乗り越えれるはず。
こんなに苦しくても、帰りたくないと思うほど彼のことを好きなんだから、彼も私のことを好きなら、どんな私でも一緒にいたいと思うはず。

彼は、私のもの。

誰にも渡さない。

別れない。

彼も同じ気持ちのはずよ。

私のためなら何でもしてくれるはず。

恋愛ドラマ。

逃避行……

別れさせない……


いつものように、ケイくんがお見舞いに来てくれた。


この日と決めていた……


彼が私の隣に座った瞬間、手を握り、真っ直ぐに目を見た。

そして、自分でも分かるくらい震えた声で、言った。言ってしまった。



「ねぇ、抱いてよ」





つづく。



















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