【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 53話 守りたかったものと守れなかったもの1-明日ありと思う心の仇桜-
【前話】 【最初から】 【目次】 【第二章登場人物】【番外編】
珠川の河川敷で自身の過去について打ち明けた澪は、3年前の珠川河川敷爆破事件について核心的な疑問を柊に投げかけた。
「あの事件についてお伝えするも何も・・・芝山さんに頼んで資料はご覧になったのでしょう?」
柊は警戒しながら澪に尋ねた。
「本部にある資料は拝見しましたが、あれは警察側の資料です。俺が知りたい情報は書いていませんでした」
「何のことでしょう・・・?」
柊は澪の表情から本心を探ろうとしたが、澪はいつもの笑みを崩そうとはしなかった。
「覚醒直後の貴女が、第二解放を差し出してでも封印したかったものです――美鶴さんに協力してもらって、貴女は橘さんに封印術を施したんですよね」
「なぜそれを・・・?まさか・・・」
柊は目を見開くと、どんどん顔が強張っていった。
「やはり封印術を施されてたんですね・・・安心してください。美鶴さんはあの日河川敷にいたことしか仰っていませんよ」
「カマをかけたんですか・・・?あなたが”リョウ”さんだと一瞬失念しておりましたよ」
柊がジト目で澪のことを見ると、澪は困ったような笑みを浮かべた。
「すみません。どうしても知りたかったので・・・五麟や神官には能力に対する適性というものがあります。適性があれば上位の神官が新たな儀式をもってして能力を授けることもできますが、前世の索冥は適性がなく封印術を扱うことができませんでした。
とすれば、封印術を使える人物が貴女に協力したと考える方が自然です。あの現場には芝山さん、美鶴さん、入江さんがいましたが、入江さんは柊さん達のいる場所にいたという記録が残っていません・・・美鶴さんが協力者なのは、彼女が四官の玄武だからですよね。それについては美鶴さんに先日言質を取っています」
「・・・この場を作るために用意周到ですね」
柊はため息混じりにそう呟いたが、どことなく儚げだった。
「貴女が身を挺して橘さんのことを守ってきたのは、貴女の言動からしても間違いありません。だからこそ、俺と橘さんにも覚悟が必要だと思っています。もう・・・貴女を独りで戦わせたくないんです。俺たちが貴女と共に在るために、3年前の珠川河川敷爆破事件について知っていることを教えて頂けませんか?」
澪が柊を真っ直ぐ見つめると、柊は手で顔を覆って息を吐いた。柊の脳裏には前世の会話が浮かんでいた。
――『主、なぜ教えてくださらないのですか。私はあなたと共に在るために――・・・!』
――『索冥、知らない方が身のためになることもある・・・これ以上お前は踏み込むな』
(前世の索冥と同じだな・・・今なら主の言葉を理解できる・・・それでも)
柊は顔を上げて2人の顔を見た。
「知ってしまったらもう戻れないかも知れませんよ・・・それでも知りたいですか?」
「その覚悟がないのに尋ねたりしませんよ」
「・・・俺も」
澪と永遠の表情を確かめると、柊は重い口を開いた。
ーーーー
3年前の3月28日。私は珠川沿いの公園で開催されていた”珠川桜まつり”に行きました。永遠と眞白とはそれぞれ違う中学へ入学予定だったので、3人で思い出を作りたかったんです。祖母は保護者としてついて来てくれました。
その日は夜に桜がライトアップされて屋台もたくさん出ていて・・・多くの人が夜桜を見に来ていました。
私達は屋台で食べ物を買ったり、遊歩道の桜を見上げながら歩いたりしていましたが、人ごみで少し疲れたので河川敷に設置されたベンチで休むことになりました。
ベンチで一休みする頃にはすでに辺りは暗くなっていました。近くに桜がなかったので、照明も少なく人気もありませんでした。
すると突然停電が起きて、周囲が見えなくなりました。祖母が明かりを灯してくれた瞬間、対岸から瞬く間に光線が飛んできたんです。
破裂音と共に爆風が吹いて、私は咄嗟にその場に身を屈めました。そして、爆発が収まると持っていたスマートフォンをライト代わりにして状況を確認しました。
眞白は気を失っていて、永遠は気が動転していましたが、2人とも命に別状はなさそうでした。
でも、祖母は・・・。
血の海に沈む祖母を見て、私は前世の記憶が一気に蘇りました。記憶が戻ると、怒りや悲しみで感情が埋め尽くされました。私は怒りのまま索冥の力を使って対岸に雷を放ちました。
まもなく停電が復旧して、呆然と佇む私のもとに永遠の苦しむ声が聞こえてきました。駆け寄って確認したら全身に痣が広がっていて、制御できない状態でした。衝撃的な光景を見たことで記憶が蘇りそうになったものの、永遠の精神力では五麟の強大な力を制御できなかったのだと思います。
そこに駆けつけた芝山さんが美鶴さんを呼んでくださいました。周囲の人間に露見してしまうだけではなく、永遠に命の危険があったので、記憶を封印しようということになりました。
でも記憶を封じ込める術は代償が大きく、完全に封印することはできませんでした。それでも、一時的にとはいえ記憶を封印すれば、ひとまず永遠の命は助かると思ったんです。私の力の半分と引き換えに、美鶴さんが術式を組んで永遠に封印術を施しました。
ーーーー
「衝撃的な光景って、柊のばあちゃんが・・・」
永遠が震える声で言葉を絞り出すと、柊は「・・・そう」と言って頷いた。
そこまで聞くと、永遠は柊に詰め寄り両肩を掴んだ。
「どうしてそこまで・・・!力の半分を渡すってことは、それだけ命が危険に晒される可能性がーー・・・!」
永遠はそこまで言いかけて柊の両肩にかけていた腕をゆっくりと下ろすと、力なく蹲った。
「永遠・・・」
「俺は柊に守られてたのに、何も分かってなかった・・・思えば引っかかることはいくつもあったのに。キャンプ場で眞白と3年前のことを話した時、記憶が曖昧だったけど調べようとしなかった。当時は怒涛の日々を送っていたけど、忙しかったからなんてただの言い訳だ。あの後キャンプ場内の森で怨霊に襲われているところを助けてもらったのに、どうして気にならなかったんだろう・・・」
柊は両膝をつくと、顔を上げた永遠の頬に手を添えた。
「・・・”私”はずっと失い続けてた。前世では太陽の覡や五麟の仲間を・・・現世では両親と祖母を・・・だからあの時永遠の命が助けられるなら、どうしても守りたかったーー・・・!」
「もう貴女という人は・・・残された人間がどんな気持ちになるか分からない訳ではないでしょうに・・・」
柊を見つめる澪は苦悶に満ちた顔をしている。柊はゆっくりと立ち上がって2人に背を向けると、大きく息を吐いた。
「祖母を殺した犯人が使った光・・・あれは神術です。まだ犯人は見つかっていない。新たな犠牲者が出る前に強くなって・・・早く見つけなければと・・・そう思っていました」
柊は自分の右掌を見つめながらゆっくり、そして力強く握りしめていく。
ここで、とある会話が永遠の頭の中に浮かんだ。
ーー「手伝いってどんなことするの?」
ーー「・・・探しものかな」
(前に裏山で話した時、『芝山さんの手伝いでアルバイトすることになった』って言った柊に眞白が聞いてたっけな。その時は何のことかわからなかったけど、柊の探しものって、まさかーー・・・)
永遠は自分の心がざわつくのを感じた。体が強張るのを感じたが、意を決して口を開いた。
「なぁ、柊・・・柊の”探しもの”って・・・」
【次話】54話 守りたかったものと守れなかったもの2-明日ありと思う心の仇桜-