【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-執筆1周年記念番外編 冴木夏都編 -埋もれ木に花が咲く-
僕は冴木夏都。東櫻大学附属高校の3年生だ。
受験生ということもあり、勉学に励む日々を送っている。僕の高校は約90%の生徒が内部進学で東櫻大学に入学するが、僕は国立大学への外部受験を志望している。それはなぜかというと、学費を抑えることで親から独立するためだ。
受験生なのだから、本来であれば学業を優先するべきだろう。しかし僕は五麟の1人として、人々を怨霊から守るためにアルバイトも続けている。私立の高校ということもあり、原則アルバイトはNGだ。だが、高校側が許容しなければならないというのが僕の特殊なところだろう。
「冴木くん、文化祭の出し物についてこの後みんなで話し合うけど、時間ある?」
授業が終わり帰り支度をしていると、学級委員長である飯塚唯くんに尋ねられた。
「――すまない。この後予定があって」と僕は丁寧に断った。
今日は最近起きている案件について情報共有があるとのことで、アルバイト先から招集がかかっている。僕のアルバイトは人命が関わっているから無碍にもできない。
僕の返事を受けて、飯塚くんは「わかった〜!頑張ってね〜」と言いつつ、スッと離れて行った。どうやら周囲の人間は、僕が外部受験をするから塾に通い詰めていると思っているらしい。守秘義務があるのでアルバイトのことを説明をする訳にもいかず、僕はその場をやり過ごしている。やっと1人になれたところで、僕はスマートフォンのスケジュールを確認した。
招集場所は本部か・・・そういえば、今日は僕の誕生日だった。
7月2日という日付を確認して、僕ははっとした。だが、僕の誕生日をこのクラスで知っている人間は誰もいない。なぜなら五麟であるという秘密を守るために、僕自身がクラスメイトとの付き合いに一線を引いているのだから。
僕は高校を出ると真っ直ぐシェアハウスに向かった。僕が住んでいる場所だが、アルバイト先の本部にもなっている。寮で暮らしていた僕は五麟として活動するうちに門限を守れなくなって寮から追い出されてしまい、芝山さんがこの場所を整えてくれた。実家にも戻れない僕にとっては有り難い限りだ。
玄関で靴を脱ぎ、階段を上がってリビングのドアを開けると、そこにはすでに他のアルバイト仲間が集まっていた。
「冴木さん!?」
驚きの表情を浮かべつつ、橘永遠くんが僕の前に立ち塞がった。彼は東櫻大学100周年記念祭での負傷の後、つい先日退院したばかりだ。慣れない松葉杖であったため、僕に飛び込むような体勢になり慌てて受け止めた。彼は槍使いでつい数ヶ月前に仲間に加わったが、修羅場を何度も潜り抜けていて成長著しい。
「大丈夫かい?!」
「すいません、松葉杖久しぶりで慣れてなくて・・・今日早かったすね」
「あぁ、今日は自習をせずに帰って来たから。塾もない日だし、直帰すればこの時間には到着できるんだ」
橘くんの後ろで何やらバタバタする音が聞こえて僕が覗き込もうとすると、橘くんに「何でもないんで!」と遮られてしまった。
「冴木さん、おかえりなさい」
そう言いつつ鷲尾澪くんが出迎えてくれた。彼は神官の家の出身だが、体育祭の一件で一族とは決別。五麟であったのが発覚したのは先日の東櫻大学100周年記念祭だ。彼は瞳術使いで僕とタイプが似ているため、一緒の任務に入ったことがない。澪くんが頷いたのを合図に、橘くんが息を吐きながらリビング・ダイニングへの道を開けた。
「タイミングが悪かったかい?」
「そんなことはないですよ」と澪くんが返した。
リビングを見渡すと壁には紙の花飾りが散りばめられている。
そして、ダイニングでは茅野柊くんが花を生けていた。茅野くんは僕よりも先に五麟として覚醒した剣術使いだ。経験値と判断力の高さから、五麟の中で唯一1級情報統制官という役職を与えられている。
「茅野くん、見事な飾り付けだね!お祝い事にはもってこいだ!」
「はい、紙の花飾りはちょっと子供っぽいかもしれませんが・・・盛大にお祝いしたいなと」
僕は茅野くんの言葉に頷きつつ、橘くんの方に目をやった。
「今日は橘くんの退院祝いなんだね!だったら言ってくれれば何か用意したのに!」
「冴木さん、それはーー」
橘くんが口をもごもごさせているが、僕は構わず荷物を部屋の隅に置いた。
「みんな〜!ケーキ買って来たよ〜☆」
威勢の良い声を合図に、入江さんが入ってきた。入江さんは僕らのサポート全般を担う頼りになる人だ。
彼の登場で一瞬、リビングダイニングの空気が凍りついたような間が生まれた。
「あれ?夏都くん、今日早くない?塾は?!」
「今日は元々ありませんが・・・」
僕が入江さんの顔をじっと見つめながら答えると、入江さんは壊れた人形のように乾いた声で笑い続けている。
「じゃあもういっか!お祝いしちゃおう!せーの!」
「「「冴木さん誕生日おめでとうございます!!!」」」
「・・・あ、ありがとう」
正直部屋に入った瞬間から気づいていたのだが、あくまで向こうはサプライズのつもりなのだからと黙っていた。ただ僕は演技が苦手なようで、全面的にお祝いされるとどうもぎこちない反応になってしまう。
「お誕生日、7月2日ですよね。せっかくだからみんなでお祝いしようって計画してて」
そう言うと、茅野くんが人輪の中心に僕を誘導した。
「今日の招集は・・・僕の・・・誕生日祝いのために・・・・?」
「夏都くん、毎年自分の誕生日忘れてるよね〜☆サプライズし甲斐があるんだけどさ」
入江さんがうんうんと頷いている。本当は忘れていた訳ではないのだが、雰囲気を壊したくないのでそういうことにしておこう。
「到着が早くて焦りましたけどね」と言いつつ、澪くんがふふっと笑っている。
「これ、美鶴先生チョイスの誕生日プレゼントだよ〜☆お金はみんなから集めてるから」
入江さんがそう言って僕に紙袋を手渡した。
「ありがとうございます」
僕が紙袋を開けるとショッキングピンクの服が入っていた。
「部屋着にぴったりなスウェットの上下セットだよ〜🎵」
「いや、スウェットが部屋着にぴったりなのは分かるんすけど、ショッキングピンクって!こんな色、どこで売ってるんすか?!」
橘くんが驚きの声を上げているが、僕は素直に嬉しかった。
「あぁ、ピンクの熊さんのエプロンとの組み合わせを考えるのを忘れましたね」と茅野くんが呟いた。
「確かに同系色だからエプロンが目立たなくなりますね」
澪くんは腕組みをしながら考え込んでいる様子だった。
「柊も澪さんもそういうことじゃなくねぇか?!」
「みんな、ありがとうございます」
「冴木さん、ケーキの蝋燭消してください」
僕は橘くんのツッコミを拾うことなく、茅野くんに差し出されたケーキの蝋燭を消した。脳裏には幼い頃父親に言われた言葉が蘇っていた。
ーー『夏都、お前は冴木家のことは何も考えなくて良い。家のことは弟たちに任せろ』
僕は家族に誕生日を祝われた記憶がない。義母は僕の誕生日すら覚えていないだろう。末の幼い弟は気にかけてくれていたが、気を使わせまいとして伝えなかった。父は覚えているかも知れないが、僕の誕生日に自宅にいたことはなかった。義弟たちがケーキやプレゼントに囲まれる姿を見て羨ましいと思ったこともあったが、いつしか期待をしなくなっていた。ケーキを囲んでお祝いされたのは、このシェアハウスに来てから3回目だ。
蝋燭を吹き消すとみんなから拍手が降り注がれた。みんな笑顔で僕の誕生日を祝ってくれる。ここにいる仲間は僕の家族以上の存在だ。
「一旦ケーキを冷蔵庫にしまって夕飯にしましょう。澪さん、壁飾りの続きをお願いできますか?」
そう言うと茅野くんはケーキをしまいにキッチンに入り、澪くんはソファの後ろからバルーンを取り出した。
中央がぽっかり開いていたリビングの壁に文字が浮かび上がる。
『HAPPY BIRTHDAY NATSU』
僕はこの光景を忘れないように、しっかりこの目に焼き付けておこうと思った。
【次話】第二章 登場人物一覧
4/26(金)22:00頃更新
第三章 44話
5/10(金)22:00頃更新