【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 16話 啓示された道1-賽は投げられた-
「永遠、足治ってよかったね」
「さんきゅーな。来週から体育も出ていいって言われたわ」
橘永遠は幼馴染の一之瀬眞白に礼を言いつつ、定食屋のメニューがぎっしり詰まった弁当を頬張った。永遠と眞白、もう一人の幼馴染である茅野柊の3人は高校裏山の中腹にあるベンチに腰をかけて、それぞれ昼食を取っている。5月の連休も明けたが、未だに駒葉市中高生連続襲撃事件の犯人の手がかりは掴めずにいた。襲撃事件は一定の間隔で発生しており、怨霊も度々出現していたため、五麟である柊と冴木夏都は連休中もほとんど任務に出ていたようだ。
永遠は左足を負傷していたこともあり、ほとんどの時間を自宅で過ごしていた。
「ん?」
永遠が振動に気づいてポケットからスマートフォンを取り出すと、妹の千羽からLINEが来ていた。
「柊、今日一緒に勉強する話なんだけどさ、千羽も一緒でも良いか?中学入って初めての定期試験だから、柊に勉強を教えてほしいって。・・・てか本当に今日大丈夫かよ?」
「どういう心配?」
「バイト忙しいって言ってただろ」
「あぁ、そういうこと?今日はヘルプ呼ばれなければ大丈夫」
柊は淡々と答えた後、「あっ」と声を漏らした。
「大丈夫だけど・・・千羽ちゃんいるならシェアハウスじゃない方が良いかもね。みんながいると、勉強に集中できなくなっちゃうかもしれないし」
シェアハウスであれば、任務帰りの冴木や立ち寄った芝山に遭遇してしまう可能性もある。シェアハウスに連れていけば、何にでも興味を持つ千羽が余計なことに首を突っ込んでしまうかもしれない。永遠としても、なるべく本部の人間との接触は避けたかった。
「・・・じゃあ俺の家にすっか」
「それでも大丈夫?」
「うちは大丈夫だと思う。親にも連絡しとくわ」
そう言って永遠は家族LINEに連絡を入れた。
「あーあ、俺も行きたかったなぁ」
「眞白は塾があるでしょ」
「それはもちろん分かってるんだけど・・・」
柊にたしなめられて、眞白はがっくりと肩を落とした。
「あ、親から返信来た。おっけーだって。じゃあ、千羽にも伝えておくわ」
永遠は千羽へ連絡を終えるとスマートフォンをしまった。
「ありがとう。お世話になります」
「いや、どっちかっつーと、頼んでるの俺だから。定期試験で赤点はやばいし」
ここで、眞白が心配そうに柊の顔を覗き込んだ。
「柊、体調は大丈夫そう?」
「眞白は心配しすぎだって。もう大丈夫だから」
「そっか、なら良かった」
ーーブー・・・ブー・・・。
「柊、携帯鳴ってねぇか」
柊はベンチの上のスマートフォンの画面に目を落としたが、電話には出ずにミュートにした。
「・・・知らない番号だから出ないでおく」
「まぁ、それなら良いけどさ」
「永遠、柊ごめん。俺、先に戻るね」
眞白は食べ終わったコンビニ弁当の片付け始めた。
「あれ?眞白、早くねぇか?」
「あぁ、今日から体育祭の打ち合わせがあるんだ」
「担任に頼まれてたやつか。大変だな」
「大したことないよ。ちょっと行ってくるね」
そう行って眞白はベンチから腰を上げると、一人先に校舎へ戻っていった。柊はスマートフォンを見ながらパンをかじっている。
「・・・バイトの件、聞いて来ねぇんだな」
永遠は弁当を食べ終えてから口を開いた。
「もう決めたってこと?」
永遠の言葉に柊が顔を上げる。
「いや・・・まだ悩んでる」
「ーーアルバイトを始めるか悩んでるなら、襲撃事件が落ち着くまではこのままで良いんじゃない?余裕がないと、入ってもらっても現場でサポート難しいし」
「頻繁に事件が起きてるなら、尚更いた方が良いだろ」
「私は・・・永遠が心配なだけ」
ーーブー・・・ブー・・・。
再び柊のスマートフォンが振動した。
「柊、また鳴ってんぞ」
柊は画面を確認してため息をついた。
「さっきと同じ番号。気にしないで」
「なんか用があるんじゃないのか?宅配便とか・・・」
「どちらにしても受け取れないし、帰ったら確認するから」
携帯は震え続けているが、柊は頑なに出ようとしない。声に苛つきが含まれているので、永遠は言及するのをやめた。
「・・・予鈴もそろそろ鳴るし、戻るか」
永遠が立ち上がると、柊も後に続いた。
「ごめん。ちょっと職員室寄っても良い?この間貰った書類、出し忘れてて」
柊が手にしている書類にはアルバイト申告書と書かれている。
「それって入学式翌日に渡された申請書じゃねぇか・・・完全に事後報告じゃん」
「どっちみち事後なんだから、いつ出しても一緒でしょ」
「適当だな・・・」
柊が2階の職員室の扉を開けようとすると、扉が開いて男と鉢合わせした。
「あ!茅野さん!ちょうど良かった!」
「・・・入江さん、何か?」
柊が入江さんと呼んだ相手をじっと見つめている。
「あれ?もしかして、都合悪かったかな?」
「・・・いえ。これ出すだけだったので」
「試験前で職員室の中には入れないよ。俺から綾子先生に渡しておくから」
入江は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、周囲の女子から歓声が上がっている。柊は一度入江のそばを離れると、永遠のところに駆け寄った。
「永遠、先に戻っててくれる?」
「いや、待ってるよ。もうすぐ授業だし、長話にはならねぇだろ」
柊は永遠の言葉に頷いて離れると、入江と話し始めた。
入江は細身の長身で白い肌に黒髪、丸眼鏡をかけており、スーツを着て首元まできっちりボタンを留めている。首からは『GUEST』と言う札を下げているので、赴任した教師ということではなさそうだ。職員室前は嬉しそうに笑う入江と、明らかに引き攣った顔をしている柊に視線が集まっている。柊は手短に会話を終わらせると足早に戻って来た。
「ごめん、お待たせ」
「なんか見慣れない奴だったけど、あんな人いたか?」
「今日からうちのクラスに来た教育実習生。放課後に国語準備室へ来て欲しいって言われて」
「なんで柊が?」
「・・・担任に指名されたの」
「大変だな」
「嫌がらせかもね」
「おいおい・・・相変わらず険悪かよ」
入学式で担任と衝突して以来、関係性は改善していないようだ。
「放課後、少しだけ待っていてくれない?すぐに終わると思うから」
「わかった」
永遠は柊の言葉に頷いた。
*
「おっかしーな・・・」
放課後になり、永遠は自分の教室で柊を待っていたが、柊は一向に戻ってこない。永遠は居ても立ってもいられなくなり、国語準備室へ向かうことにした。
国語準備室は校舎1階の奥まった場所にある。駒葉高校は保健室と各準備室が1階、職員室と図書室、自習室と食堂・ラウンジが2階、各学年は3階に3年、4階に2年、5階に1年という配置だ。1階は玄関の横に設置された階段から上がってしまうため、よほどのことがなければ足が向かうことがない。
国語準備室の前で耳を澄ませると、微かに声が聞こえて来た。
「どうして事前に何も言わないんですか。かと思えば、昼休憩でひっきりなしに電話して来るなんて。校内で電話を取れると思いますか?」
柊の声は怒りを含んでいる。
「ごめんね?驚かそうと思って、伝え方考えていたんだけど、タイミング逃しちゃったね」
男は少し困った声で柊に謝っている。
「入江さんは信用できないので、芝山さんに連絡します」
「そんなぁ!柊ちゃんは相変わらず厳しいんだから・・・」
「え?」
永遠は思わず声を漏らしてしまい、慌てて口を塞いだ。しかし、間髪を入れずに国語準備室の扉が開いた。
「何やってるの・・・永遠」
「あ、いや・・・。柊が戻って来ないから気になって」
柊は頭を抱えた。
「ちょうど良かった。永遠くんにも中に入ってもらってよ」
そう言って入江が永遠を手招きした。
「なんで俺の名前・・・」
「まあまあ、こっちおいで♪」
「・・・失礼します」
入江に促されて永遠が足を踏み入れると、正面に教員用のデスク、手前には折り畳み式のテーブルとパイプ椅子2脚が向かい合うように設置されている。両サイドには棚が設置されており、本や辞書がびっしりと並んでいた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ここに座ってくれる?」
奥からパイプ椅子を持って来た入江は、永遠に差し出して座るように促す。
「この人・・・敵じゃないから大丈夫」
「柊ちゃん?ちょっとその言い方は、俺でも傷つくよ?もう少し優しく言って?」
柊が座り直す様子を見て、永遠も「失礼します」と言うと、椅子に腰をかけた。
「柊ちゃんがなかなか戻って来ないから、心配になった?」
入江はにこにこしながら永遠に話しかけた。
「いや、別に俺は・・・」
永遠が言葉に詰まる姿を見て、柊が溜息をついた。
「入江さん、永遠を困らせてるじゃないですか。話が進まないので、早く自己紹介してもらえます?」
「あはは、ごめんごめん」
「あの・・・?」
状況についていけない永遠は柊と入江を交互に見ている。
「挨拶が遅れちゃったね。俺はシェアハウスに住んでいる入江智大。東櫻大学4年で、この高校で教育実習を受けてるんだ。教科は国語ね」
「シェアハウス・・・?もしかして元々知り合いってことすか?」
永遠の中で繋がった。だから柊は“入江さん“と呼んでいたし、入江先生は親しそうに柊に声をかけていたのだ。
「ピンポーン。正解♪だから、サポート役に柊ちゃんをつけて欲しいって、担任の綾子先生にお願いしてあったんだ」
「教育実習生とは言え、生徒と同じシェアハウスってまずくないですか?よく高校側も大学側も許可しましたね」
「それは、芝山さんの力でね。あの人のパイプすごいんだよ」
「変なこと聞くんすけど・・・入江さんって一般人なんすか」
「へぇ、一般人なんすかって。すごい質問だね」
入江はくすくすと笑っている。
「あのシェアハウス、関係者しかいないって言ってたから・・・」
「なるほど。ねぇ、柊ちゃん、俺は一般人なのかな?」
「私に聞かないでください。どう考えても一般人じゃないでしょ」
柊はイライラしながら答えた。柊にとって入江は相性が悪いのだろう。シェアハウスで冴木が仲裁に入っている姿が容易に想像できた。
「ごめん、ごめん。怒らないで。ちゃんと答えるって」
入江はコホンと咳払いをした。
「僕は神官だよ」
「シンカン・・・?って、なんだっけ?」
「森の中で説明したでしょ・・・」
柊は少し呆れた様子で呟いた。
「あぁ!手が回ってなくて、怨霊退治を五麟に押し付けてるっていう、あのシンカンか!」
永遠が大きな声を出した。
「ちょっと言い方キツくない・・・?誰の受け売り?」
「永遠、私ちゃんと説明したよね?怨霊の出現数が異常だって。覚えてないの?」
「あー、柊ちゃんが話したのか。なるほどねぇ。まぁ実際、俺は怨霊退治はほとんどできないけどね」
「神官なのにできないんすか?」
「それぞれの神官は特性を持っているんだよ。俺は怨霊を祈祷して正常化するのは苦手なんだよね。弱い怨霊の正常化くらいはできるけど」
「神官だから怨霊退治ができるって訳じゃないんすか・・・もどかしいっすね」
「まぁ、確かに怨霊の正常化は不得手だけどさ、俺は自分の力を気に入ってるよ♪」
「そうなんすか?」
「だって、俺は四官の一人、”朱雀”の力を継承しているからね♪」
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