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あたらしい階層で見る夢の話について

「ほら、ここの眉間の皺がきえないんですよね。」
前髪を左に流して額を見せながら、「ここです。」と指で示す。平静な顔をしてみせて、それでも眉毛の間にうっすらと残る縦皺のくぼみを指す。
白いワイシャツを着たその人が振り向く。
「どれ?」
顔が近寄り空気がふぅっと動いたところで目が覚めた。
これは今朝見た夢の話。

さっきまで話していた白シャツの男性は、夢の中では旧知の人だった気がしている。眉間の皺を見せるほどの間柄だったのだ。
一体これは何だったんだろうかと考えている間に、その男の人の顔もそれに至った顛末も、すぅと濃い霧の中に吸い込まれ何にも思い出せなくなった。

***

ここ最近の夢見が悪い。
この前見た夢の場面は、以前暮らしていた町の小さな量販店の一角。
そこは食料品を売る建物と花屋や靴屋などのいくつかの個人商店がアーケードで対峙している。食料品を売る建物に隣接した屋内の駐輪場で、私は息子の公文の終わり時間を気にしていた。

自転車の駐輪代は1時間以内に出庫すれば料金はかからない仕組みだ。
息子のは仕方ないとして私の自転車はどうしよう。(夢の中でもせこい…)一度家に帰るか買い物をして待っているかを暫く悩んで、今日はいったん帰ってまた迎えに来ようと考えた。自分の自転車だけ機械からだして向きを変える。コンクリートの床にあがった砂が足元でジャリっと音を立てた。

自転車を走らせた家までの道のりは、私が中学生の頃によく通った空き地の横道であったり、団地と団地の間の抜け道だったりした。不思議な事にすれ違う人はいない。
空き地には雑草がはびこっていて、端っこを自転車で突っ切ると、茶色い大きなバッタがボンっボンっと飛び出した。3丁目の団地を抜けるときは、赤いペンキがほとんど剥げた懐かしいジャングルジムが見えた。

あれ、どうしてこの道なんだっけ?
ペダルを漕ぎながら帰ろうとする家は、昔私が両親と暮らした団地の部屋だった。中学生の私が見ていた過去の景色の中を、息子の送り迎えをしている現代の私が進んでいることに意識が向かった。。
なんか違う! 
驚いたところで目が覚めた。

***

私の背中には息子がぴったり張り付いていた。左手をまわして息子の背中に触れ、上下する呼吸を手のひらに感じ取る。大きく息を二回吸って動揺が静まるのを待った。

残像として残っている夢の中の出来事が消えていかないうちに、そのままの姿勢で整理する。
夢の中では息子がいる現代と、数十年前の私の中学校時代の過去の景色が入り混じって混沌としていた。そして明るい感じはしなかった。

夢とはどういう構造なんだろう。
この夢で唯一思い当たるのは雨雲レーダーだ。このところ毎日アプリの画面を見ては、息子を迎えに行くタイミングを計っている。
「あと1時間後に雨が降ります。」
その表示に左右されながら、米を洗う。あと10分は本が読めると判断する。
そのまま公文に放り込むか一度家に帰って来るかを見定める。

そんな毎日と、潜在意識下に潜ったままで今まで思い出すこともなかった子供の頃の景色がどうして結びつくのか。夢診断にも詳しくないのでそこから何かをくみ取るのは難しい。

過去と現在でなじみのあるもの同士が結びついて新しいレイヤーが生まれている。その場所で新しい記憶が作られている。
夢の中では違和感なくその設定に居るわたし。
目覚めなければ、これが「夢」とは気が付けない。夢を思い出すと”ズレ”ていき、背筋が”ぞくり”とする。

最近の夢は目覚めが悪い。


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青葉 犀子 -Saiko Aoba-
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