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5歳で感じた「違和感」について覚えている事
弟が生まれる前だったので私は5歳だったと思う。
ある夜のこと、私は父が運転する車の助手席にいた。
***
夜のドライブが好きだった私は、父が出かけると聞いて「わたしも一緒に行く!」と言って駄々をこね、渋る父に無理やりついて来たのだ。
いつも昼間に見ている町が夜になると違って見える。
ピカピカしている中華屋のネオンサイン。煌々と明るいガソリンスタンド。点滅する信号機。前を走る車のブレーキランプはみんな顔が違ってみえる。
私はご機嫌だった。
いつも母が座る助手席に自分が一人で座っているということに、とても高揚していた。当時は今ほどシートベルトが重要視されていなかったので(昭和50年代)、私もシートに丸腰で座っていた。父がブレーキを踏むたびにぐっと体が前のめりになる。ダッシュボードにぶつかりそうになるのを、父が腕を出して衝撃を柔らかくしてくれるのがめちゃくちゃカッコよかった。ここに座る権利がある者として、一人前に守られているような気がしたのだ。
父と二人だけでドライブをしているという秘密めいた時間が、魔法にかかったようにこのひと時を別の色に見せてくれていた。
「おとうさん っ。 きれい! たのしいね!」
父は前をむいた姿勢で私の顔をみないまま、困ったように笑っていた。
***
暫く走って隣町のスーパーまできた。見慣れた歩道橋を超えたところで、信号が赤になった。交差点に立っていた赤いワンピースを着た人が手をふったように見えた。
ーん?
そう思ったのも一瞬、信号が変わりそうなのに慌てて、その人が助手席のドアを勢いよく開けて乗り込んできた。私はどんっと押されるように腰を上げ、あれよという間に膝の上に座る形になった。
「一緒にきたん~?」
最初は暗くて顔が見えなかったけれど、甘くて特徴ある高い声を聞いて、それが「るみ子おばちゃん」だとわかった。
るみ子おばちゃんは、母のお兄さんの奥さんで、私からみたら叔母さんにあたる人だ。おじちゃんはタクシー運転手、おばちゃんについては後から聞いたのだけれど化粧品の訪問販売員をしているらしかった。二人に子供はおらず、おじちゃんは私に会うと必ず伸びた髭をこすりつけながら抱っこしてくれた。
赤いと思ったワンピースはよく見ると白い水玉が散りばめられていて、スカートの部分がぴちぴちしていた。おばちゃんがしゃべると、煙草と化粧品が混ざったような口臭がむっと匂った。
さっきまでの秘密の楽しい時間はどこかに行ってしまった。
走り出した車の中で、父とるみ子おばちゃんは弾むように会話を始めた。
そういえば。
絶対ついていく!といって玄関で父の腕にしがみついた私を、今晩の母は止めなかった。いつもは「何言ってんの!」と引っぺがされるのに。
予想に反して遅い外出が許されたのが嬉しくて飛び出したあと、扉が閉まる前の一瞬、母の顔が寂しそうに見えたのも今まで忘れていた。
浮かれた「行ってきまーす!」の私の声は、あの時の母に聞こえていたのだろうか。
その夜なんで父がるみ子おばちゃんを車に乗せたのかわからない。
深夜まで勤務のおじちゃんに、迎えに行ってくれと頼まれていたのだろうか。
偶然だったのだろうか_。
待ち合わせていたのだろうか_。
さっきから同じ景色の場所を車はぐるぐると走っている。用事というより、二人で話をするのが目的のようなドライブ。
私は右をむいて父の顔を見た。すれ違う対向車のライトが父の顔をチラチラ照らす。
父が冗談を言って笑う顔が、光って、暗くなって、また光った。
ーお母さんと一緒にいるときのお父さんじゃない気がする。
ーおじちゃんと一緒にいるときの るみ子おばちゃんじゃない気がする。
るみ子おばちゃんの膝の上で、私はお尻を絞って体を硬くしている。ベルト代わりに私の腰に回してくれている手に緊張して背筋がのびる。
しかも、さっきから車が揺れるたびに、おばちゃんの大腿骨の骨がぐりんぐりんあたって痛いのだ。
ーおとうさん。いえに、かえりたい。。
(これを口にしてはいけないと、5歳の私はもう分かっている。)
母ではない女の人の膝の上に座るという違和感。凸と凹があわさらない不快さと気まずさ。
「まだ 分からないだろう」という大人の傲慢さに気が付きてしまったこと。「ワカラナイ」を演じないといけないと知ってしまったわたしの早熟。
母がとても とても 恋しかった。
その夜、父がるみ子おばちゃんを車に乗せた理由は、結局のところわからないままだ。私はその夜、横になった母を何度も抱きしめて、抱き寄せて寝った。力を込めて。
私が初めて「違和感」を知った5歳の夜の話である。
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