『女龍神也の呪い』H・Nの取材記述/2
メリュジーヌの母のルーツはイギリスのアーサー王伝説に登場する妖精だそうだ。そこで、イギリス出身のピーターはフランスと故郷を結ぶようなこの物語の調査をシャルルに持ち掛けて、自分たちのチャンネルで扱おうとしたらしい。
では、なぜ日本に来たのか。
それが、福島県大沼郡金山町の沼沢湖の言い伝えをネットで調べて知ったことによるという。
日本のアニメが好きだったシャルルが、某有名な妖怪を題材とした和製アニメに登場した沼御前と、メリュジーヌとの類似点に気付いたのがきっかけらしい。
沼御前とは、沼沢湖の主と伝えられる大きな水蛇で、 髪の長さが二丈もある若い美女に化け、人々を惑わせたり襲ったりして近隣の村人たちから恐れられたという妖怪だ。
鎌倉時代。当時の領主であった佐原十郎義連が、村人の恐れるこの大蛇を退治するため、家来たちを率いて船や筏で湖に進み出たという。
死闘の末、義連はどうにか大蛇退治に成功したそうで、その頭を斬り落として土に埋めたらしい。だが、以後も大蛇の怨念は地底から機を織るような音を轟かせたといい、祟りを鎮めるために、人々は神社を建てたという。
現在も金山町には大蛇を祭った沼御前神社が実在し、沼沢湖では一連の伝説を再現した『沼沢湖水祭り・大蛇退治』が毎年八月の第一日曜日に開催されている。
この沼御前とメリュジーヌが同一の存在なのではないかと考え、シャルルとピーターが現地を取材する計画を立てたそうだ。
伝承でのメリュジーヌは、一〇世紀に興って十一世紀に大繁栄したフランス領主リュジニャン家の興亡に係わったとされ、最期は母親から受けた呪いのために体長五メートルほどの水蛇の姿となりいずこかへと飛び去ったという。
一方、佐原義連が生きたとされる時代は、十二世紀から十三世紀に掛けてである。
こじ付け臭くもあるが、つまり、リュジニャン家を去ったメリュジーヌが、その後日本の沼沢湖に住み着いたのではないかという推測だそうだ。『湖水祭り・大蛇退治』が日曜日に開催されるのもメリュジーヌが人の姿に戻るからで、歴史上の大蛇の討伐もこの隙を突いたのではないかと捉えたらしい。
もっとも、シャルルもピーターも若干無理やりな関連付けなのは自覚していたそうだ。しかし真偽の定かでない都市伝説などをそれっぽく紹介するのが彼らのチャンネルの手法だった。
中世ヨーロッパの伝承においては、未開の地の湖などに住んで人々を苦しめる大蛇などを騎士が退治し、みながそこで安心して住めるようになるというモチーフがよくある。
日本におけるメリュジーヌの伝承は、西洋のそれと似通っている。
こうしたことから、彼らはこの仮説が第二の〝九尾狐(註)〟の物語のようになりうるのではないかと考えたという。
(註:九尾狐とは九本の尾を持つ強大な狐の妖怪で、インド、中国、日本を股にかけて悪女に化けて当時の権力者たちを欺き、悪政を働かせた上で正体が露呈して、日本において封印されたという伝説がある)
ところが取材に向かおうというところで、シャルルには本業で急な仕事が入った。そこで、ピーターと『フォーティアンX』の裏方のスタッフだけが一足先に日本に向かったそうだ。
そして、沼沢湖での取材中にピーターが水死した、という連絡がシャルルに届いたという。スタッフを含め死亡時の目撃者はおらず事件性もなく、福島県警が調べた限り彼は溺れたものと判断された。
だがピーターは元英国海軍の海兵隊で、特殊舟艇部隊の候補になったこともあるというほど泳ぎが得意であり、そんなことはあり得ないとシャルルは語った。なにせ、溺れたとされるところも水深一メートルもない浅瀬だったそうだ。
以後、親友でもあったピーターの死に落胆したこともありシャルルは二人のチャンネルを閉鎖。一年経って昔を思い出し、ピーターの死当時にそれを伝えるべく撮影して未公開だった『フォーティアンX』の動画を何気なく見返したところ、今になっておかしな音声が入っていることに気付いたという。ぼくも拝見させてもらったが、彼曰く、それはピーターの声に似ているそうだ。ただし、言っている意味はぼくにもシャルルにもよくわからず、彼も一年前には気付かなかったらしい。
ともかく。オカルト系のチャンネルを運営していたこともあり、このことでシャルルにはどうしても事件に納得がいかないという気持ちが芽生え、個人的に取材しようとこの地を訪れたのだという。
かくいうぼくも、昔から密かに独自のドキュメンタリー作品でも撮って放送業界で名を上げたいという野望があった。こうしたことも手伝い、この取材に興味を持ち、同行させてもらうことにしたわけだ。