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ボイス
「この人の武器がわかりますか?」
職場で接遇の研修に参加したとき、二人で片方が客の役を、そして審査対象が実際と同じ設定で、講師の先生と研修参加者の前で模擬接遇を録画して後に全員でスクリーンに写し出して、講評を受けるという内容があった。
わかりにくい?お店屋さんごっこして、ビデオで撮ってあとでみんなで観るの。
わたしの番は一番最後だった。
実際の職務のときよりも、緊張する~。ひぇ~。
ビデオ撮影なんてされたこと、ないよ~。
ひと通り実習が終わってスクリーンに順番に研修を受けた従業員たちの模擬接客の様子が写し出される。
みんなロールプレイング通り出来ている。
ひとつ気になったのは、みんな下を向いてボソボソと喋っていて、何を言っているのか聞き取りづらいな、と思っていた。
講師の先生は一人ずつ、スクリーンに写し出すと毎回まずお客役の人に接遇についての感想を聞いた。それから、本人に今ビデオで改めて客観的に自分がしている接客をどう思うかを訊いた。それから先生の講評があった。
わたしの姿がスクリーンに写し出された。
イヤー、本当やめて。恥ずかしい。
見終わったあと、冒頭の言葉を先生が言った。
武器、という言い方では無かったかも知れない、
この人が生まれつき持っている長所というような意味だったかも知れない。
それは「声」だと、先生は言った。
この人の声はよく通る、ハッキリと聞こえる。
これは接客において大変有利である、と。
わたしはべっくらこいた。
このキンキン声のせいでどれだけ母親や親戚や祖父母を困らせたか。わたしの声は甲高くて頭にガンガン響くらしい。「お願いやから黙ってて。」と母親に毎度言われたし、母方の祖母には「五分でいいから黙ってて。」と懇願され、「五分やな?一分が60秒やから、300数えたらしゃべっていいんやな。」と、柱時計にバッと目をやったわたしを見て祖母が肩をカタカタ震わせて苦笑いを堪えているので、母にそのことを話したら、「五分計ってからまた騒がしくなるんやな、って観念しはったんやろ。ばぁちゃんはしばらく静かにしてて、って意味で言わはったんや。頭痛持ちやから。」
そんな具合だったので、祖母に敬老の日のプレゼントに何が欲しい?と訊いたら、「あんたに黙ってて欲しい」と言われた。嫌味だとは気がつかなかったわたしは素直に「肩たたき券」と「黙り券」を発行して祖母にプレゼントしたところ、祖父に大ウケして壁に画ビョウで貼り出されてしまった。この処遇はわたしには大いに不満であり、壁に貼ってしまったら使えないじゃないかと憤慨したものであったが、親戚中はこれを笑い草とし、酒の肴として大爆笑しておった。ホンマ、ムカつく。
だったから、自分の声がほめられるのは、あまり無かった。希少なことだった。
子どもが小学生だった頃、母親たちが順番で本の読み聞かせをするという取り組みがあり、そんなことせんでもうちの子はわたしの背中を見て育った本の虫なのだが、最近の子どもは本を読まなくなったらしく、一年生とかならわかるのだが、高学年になって自分たちでもう十分に字が読めるというのに、何を読めばいいのか、
他のお母さんと被ってもいけないし、となると
わたしは小学館文庫の中に収められている拙著を読むことにした。
読み終わったあと、担任の先生が「今のお話はお母さんが書かれたのですか?」「はい、そうです。」
「お母さんの声は胸に響くよい声ですね。決して大きな声を出されているわけではないのに、すごく残ります」と言って下さった。
内容は母親への思いを美化して書いた賞金目当ての産物だった。嘘は書いてないけど、盛り盛りキラキラ仕上げにしといた。大体小説家って嘘つきやからな。
そしてこのまま書くことに集中したら、わたし気が狂ってまう、と思ってやめた。
本当に「てにをはへ」で、発狂しそうになるもんな。
以降、テケトーである。
時々、子どもがわたしの日記を読んでいてびっくりして「なんでお母さんの日記読んでるの???」と訊くと
「へ?朝刊代わりにいつも歯磨きしながら読んでる」
と言われた。(泣)
「文才は、あるな」やって。やかぁしぃ。日記の感想なんて求めとらんわ、ってか親の日記勝手に読むな。
わたしは詩吟が好きで二つほどサークルにいたことがある。そこで60代の膠原病の女性に「あなたの声聞くとわたし頭ガンガン割れそうになるの!!」とみんなの前で喚かれて、退会した。
でも、最初に入ったサークルでは「ハッキリ言って上手いです。初めてとは思えない。詩吟向きのいい声したはる。将来有望です。」と言ってもらえた。そのサークルは流派は残っているがみなさん高齢でいらっしゃって、平均年齢80代のわたしが加わるまで一番お若い方が75才で、そのサークルは自然消滅してしまう。
最初の話に戻るが、この研修を受けた職場で、
(研修は各店舗から合同で行われた新人育成のためのもの)60才の女性の先輩に二人きりになったとき、
ヒステリックに「わたし、あなたの声聞くとイライラするの!わたし、あなたの声大嫌いなの!」と
一方的に言われたことにより、フラッシュバックを起こしすぐ自分の身を守る為、退職した。
その方はご自分の母親が倒れて介護で参っていたみたいでそれまでもホワイトボードいっぱいにわたし名指しでいっぱい文句が書いてあったが、それは耐えた。
でも、わたし自体を拒絶する人がいるところへなんて行きたくないよ。
わたしの声は録音すると、赤ちゃんがたどたどしく話しているように聞こえます。留守番電話で自分の声を聞いたとき、アホみたいな喋り方やな思ってたらわたしでした。長所は短所でもあり、短所は長所でもある。
使い方によっては、どうとでもなる。
読み聞かせのボランティアとかあったらしてみたいなーとか思ってみたりする。もしよろこんでもらえるなら。