短編小説 『星空』
『星がみたい。』
始まりは君の一言。
「……また、なんで急に?」
『だってここら辺じゃあ星が見えない。だから星を見に行くんだよ。』
君は肩を竦めて僕を見た。確かにこの辺りでは歩道の外灯、信号機、深夜営業している店など、人工的な光で溢れている。夜という淡い光は、あまりにも頼りなくて窓の外を見上げて見えるのは、月と飛行機の光くらいだ。
「だってもだからも、意味がわからないんだけど。」
『理由なんて何だっていいじゃん、とにかく見たい!満点の星空が見たい!』
君のそれは完全なる小さな子どもの駄々っ子だった。欲しい玩具を買って貰えなくて手足をじたばたさせている駄々っ子。僕は、小さく息をついた。
「見に行くのはいいけど、何処に行くのさ。」
僕の言葉に、君は一瞬目を丸くする。しかしすぐにそれは笑顔に変わり、嬉々とした様子で机に置いてあった旅行雑誌を手に取り、ページが破けんばかりの勢いで開けて見せてきた。
『ここの星空が見たいんだよ!』
〝冬の星空特集!!一度は行きたい見どころスポット!〟……なんともチープでありきたりな見出し。使い回されているであろう言葉の羅列。君は僕を見た。
『今、ありきたりだなー面倒だなー、とか思ったでしょ。』
「…………面倒とまでは思ってない。」
『今の間!絶対思ってたじゃん!!そんな可愛くない反応だと連れていかないんだからなー!』
「一人で行けるのか?」
僕の言葉に君はぐ、と喉を鳴らす。勿論、携帯を使えば一人で行けるだろう。世の中は便利になって、一人で過ごすのにも事欠かなくなってきている。それが少し侘しい、と思う部分もあるけれど。
『一人は寂しいから一緒に行って、感動を共有しようよー!!』
……駄々っ子再びだ。だが、こんな他愛もないやりとりが心地よくて僕は好きだった。変わらない僕と君とのやりとり。
僕と君で星空を見に行く。
そんな普通の約束事。
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息を吸うと肺が冷える。秋から冬に変わる時の空気の温度。寒いと感じるけれども、どこか冷たくなりきれてない風が頬を掠める。ふと、後ろを振り向くと強いと思っていた人工的な光が、まるで星のように瞬く。だけど、見たい星空はこれじゃない。もっと、もっと、空の近くへ。僕はその一心で歩みを進めた。
ざっ、ざっ、と乾いた砂の音と荒い呼吸音が響く。きっとあと少しで、満点の星空が見られるはず。君と見る満点の星空が。
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