セラムン二次創作小説『二人の長い一日(クン美奈)』
とある休日のある日、朝から美奈子はソワソワしていた。
どんな服を着ようかとか部屋はこれで綺麗かとか、部屋の中を隅から隅まで歩いて落ち着かない。
その様子を見ていたアルテミスは呆れる。
「もういい加減落ち着いたら?」
「そんな事言われても……他人事だと思って!」
アルテミスにとっては他人事である。
そして今は猫の姿なので人でも無い。
「気持ちは分かるけど、自然体でいいんじゃないかな?挨拶に来るだけだろ?」
「そー、だけど……こんな事初めてすぎてどうしていいか、何したらいいか正解が分かんない!」
そう、この日は公斗が美奈子の家に初めてやって来る。
以前何度か家の前まで送って貰っていたが、車の為、入ったりする事は1度もなかった。
両親がいるという事もあり、家に入ると言うのも中々ハードルが高い。
だが、今回公斗は両親に挨拶がしたいと申し出てきた。
ただ単に交際しているだけで、結婚する訳では無いからいらないと断ったが、そう言う訳にも行かないと押し切られた形でこの日を取り付けることになった。
交際している挨拶をしたいなんてクソ真面目だと思いつつも、それだけ真剣に自分との事を考えてくれていることを内心嬉しく思っていた。
「美奈が緊張する事でも無いだろ?」
「それもそーだけど、パパと公斗が顔を合わせるなんて……大丈夫かな?」
「その間に立つのがママと美奈だろ?ちゃんとアイツのアシストしてやれよ!せっかく挨拶したいって言ってくれてるんだから」
「分かってるわよ!アルテミスも一緒にいてくれるわよね?」
「美奈とアイツの間にはいたくないけど、面白そうだから同じ空間にはいてやるよ!」
「完全に面白がってるわね、あんた……」
ジト目でアルテミスを睨みつける美奈子に逃げるように話を続ける。
「やっぱりアイツ、真面目だよなぁ~。付き合いたての時は俺に報告して来たぜ?別にいらないのに……」
「まもちゃんにも2人で報告したいって言ってきたわ!なぁんか外側から固められて浮気や別れられないようにされてる感じで何か怖いんだけど……」
「惚れっぽいもんなぁ~美奈は。それとは別にそれだけ美奈との事、真剣なんだと思うぜ?」
「……やっぱり、アルテミスもそう思う?」
「甚平あげたお返しにこんな面倒な事しないだろ?美奈に渡せばいいだけの話が、わざわざ赴くんだぜ?」
「言われてみれば!2人の好み聞かれたもん。菓子折り持って挨拶来るのよね。……ウケるわね!」
「だろ?面白過ぎるわ!……で、美奈、緊張解れたろ?」
「確かに!ありがとう、アルテミス」
そう、この日挨拶に来る事になったのは先日美奈子の父親に甚平を貰ったお返しがしたいと言う名目だった。
どうせなら付き合っている挨拶をして認めて貰いたいと申し出て来た。
付き合って数ヶ月経つが、そんなの必要無いと美奈子は感じていたが、公斗はそう言う訳にも行かないと思っており、挨拶の機会を伺っていた。
そのチャンスが甚平と言う形で転がって来た為、上手く乗った形だった。
母親には付き合ってる人がいる事は何となく伝えていたが、父親には言えていなかった。
でも母親経由で彼氏がいる事がバレてしまっていて、甚平を渡された時に知り合いか彼氏にでも、と渡されていた。
結局、しつこく彼氏はどういう男か聞かれて説明する事が面倒だったから、挨拶したいと言ってくれたのは美奈子的にもホッとする事だった。
両親の都合のいい時に合わせるから聞いておいてくれ、と言われ中に入ってこの日の為にスケジュールを調整した。
ただ、2人が顔を合わせると言う事に緊張感がここに来てピークになっていた。
前日からソワソワし過ぎて中々眠れずにいた。
父親の方もここ何日か顔を合わせても気まづいのか、何か言いたげだが、中々言葉が出てこない様子だった。それは美奈子も同じだった。
しかし、母親は違った。そこは場数を踏んでるだけあってとても落ち着いていた。
昼過ぎから来るという事で夕飯食べて帰るでしょ?と献立を考えて楽しそうにしていた。流石である。アルテミス同様、楽しんでいる。
そうこうしている間に公斗が来る時間になる。
タイミングよく携帯がなりLINEが入る。
“今着いた。インターホン押すぞ?”
端的な文面だったが、緊張が伝わる文面にこっちまでまた緊張がピークに達する。
“どうぞ”とだけ送って様子を見る。
ピンポーンと予告通りインターホンがなり、アルテミスをチラッと見て目配せしつつ玄関へと向かう。アルテミスもすぐ後を追う。
「はーい」
美奈子が勢いよく大声で出て行くと、それに続いて母親、そして父親も玄関へとやって来た。
扉を開けるとスーツ姿でビシッと、とまでは行かないが、ジャケットを羽織り、カジュアルで清楚な格好でキメ、両手に荷物を抱えた公斗がお辞儀をしながら入って来た。
「いらっしゃい!」
「お邪魔します。この度はお時間を割いて頂きありがとうございます。西東公斗と申します。美奈子さんと御付き合いさせて頂いております」
「まぁ、こんな玄関先でなんだから上がりなさい」
「ありがとうございます。お邪魔します」
父親と公斗の緊張の初対面である。
その様子を見て美奈子は緊張したが、母親の「中々いい人そうじゃない!」とヒソヒソ話しかけられ、彼氏を褒められて満更でもない気分だった。
靴を脱ぎ、用意されたスリッパを履く。
リビングへと移動すると、先回りしていた白猫アルテミスが既にそこにいた。
入って来る公斗と目が合う。
付き合いたての時にサシ飲みしたあの日以来の公斗とアルテミスの久しぶりの再会である。
アルテミスはパクパクと口を動かして見せた。その口元を見ると“クソ真面目”と見える。
そんなアルテミスに公斗は軽く睨みつける。
そんな2人のやり取りを見た美奈子は何だかんだ仲良いとホッとしていた。
この2人のやり取りで公斗も美奈子も緊張が、幾分か解れた。
アルテミスはマスコットキャラクターの様にいい仕事をしてくれると美奈子は内心思っていた。
「この前は甚平をありがとうございました。遅くなりましたが、こちらはそのお礼です。お口に合えば良いのですが……」
そう言って持ってきたのは美奈子の父親が好きなお酒だ。
「わざわざすまないね。重かったろ?」
「いえ、力持ちなのでこの位平気です」
「そうか、ガタイがいいもんなぁ~。若いっていいなぁ~。何かスポーツやって鍛えてるのか?」
「もう!ちょっと、パパ!公斗困らせないでよ」
「“公斗”だって……」
「何よぅ!」
「まぁまぁ、いいから座りましょ」
騒がしくなりかけたので、母親が立ち話になっていたみんなを座らせようとその場を仕切る。やはり流石は母親である。肝が据わってる。
父親と母親が隣同士、父親の前に公斗、母親の前に美奈子で2人が隣同士になる形でソファーへと腰掛ける。
「お言葉に甘えて。あ、こちらはお母様に、洋菓子になります。お口に合えば良いのですが……」
「あら、私にまであるの?悪いわねぇ~じゃあ遠慮なく頂くわ!ありがとう、公斗君」
「え?ママにもあるの?私には?……ついでにアルテミスの分は?」
図々しく自分にもと強請っていると、アルテミスも負けじとニャ~と主張して来た。
「美奈子には後だ」
そう言われると思い用意していた公斗はヒソヒソと美奈子に耳打ちする。
それを面白くない様子で見る父親は咳払いをして見せた。
「公斗君は美奈子とはどこで知り合ったんだ?」
「親友の彼女からの紹介です」
なんて言うのか興味津々だった美奈子はうさぎの事を言われ驚いた。間違ってはない。流石公斗である。
本当の出会いは前世で、転生して出会ったのは東京タワーだけれど、まさかこんなファンタジーでクレイジーな出会いを言えるわけが無い。言ってもきっと笑われて信じて貰えないだろう。
とても上手い出会いをでっち上げたと美奈子は感心していた。
「美奈子とはいつから、その……そう言う、何だ……付き合ってるんだ?」
「半年くらいかなぁ?」
「お前には聞いてない!」
「な、何でよ!私と公斗の事なんだから私にも答えさせてくれたっていいじゃない!」
「パパは公斗君と話したいんだ!美奈子は引っ込んでなさい!」
「なっ!パパの人手なし~!」
「美奈子さんとは彼女が言ったようにまだ交際して半年ですが、彼女の事は真剣ですし、大切に思ってます」
わーぎゃー騒ぐ美奈子を他所に公斗は淡々と美奈子への想いを吐露する。
「まぁ!“真剣”ってそれってどういう?……つまり……」
「はい、いずれは結婚も視野に考えています。彼女さえ良ければ、ですが……彼女が成人してからになりますけど」
「あらあらぁー、もうそこまで考えてくれてるのね!バカで明るくて騒がしいだけが取り柄で家事全然出来ない破壊神みたいな子だけど……」
「ちょっとママ!そこまで言わ無くても……」
「本当に、何故こんなバカで明るいだけの子のどこが良かったのか……もっと相応しい人が幾らでもいそうだが……」
「ちょっと、パパまで!」
何故か公斗の肩を持ち出す両親に不服の美奈子を他所に、聞いていたアルテミスは苦労が分かるだけに笑いのツボに入っていた。笑いたいが、猫のため堪えるのに必死になる。
「いえ、彼女の明るさにいつも励まされますし、友達想いで優しくて強い意志と責任感ある所に尊敬しています」
「公斗……」
ボロクソに言う両親と騒ぐ美奈子を他所に、淡々と美奈子への想いを吐露する公斗にその場にいた4人は胸を打たれ、一瞬固まった。
「美奈子がこんなに褒められる日が来るなんて……夢なのかしら?でも、これで安心ね、パパ?」
「あ?ああ……まぁ、な?しかし公斗君は大学生と聞いているが、就職は?」
「大学はこの春無事卒業出来ました。今は国家公務員として働いています」
「そうだったの?凄いじゃない!将来安泰!ね、パパ?」
「ん、まぁ……そうだな。でもそんな人が美奈子みたいなバカとなんて、良いのか?」
「……まだ言うのね?私、何だと思われてるんだろ。拾われた子説濃厚なんじゃ……」
「拾ったならまだ良かったんだけどね、残念ながらちゃんとお腹を痛めて産んだから困ってるのよ……」
とても実の母親とは思えない発言に美奈子はもう何も言えなくなった。
そして益々母親が嫌いになりそうだった。
しかし、美奈子は公斗に褒められた事により、この場しのぎだとしてもとても嬉しくて、両親の暴言も大らかな気持ちで受け流せそうだった。
「しっかし、ただ交際してるだけで学生なのに挨拶したいと美奈子から聞いた時は真面目過ぎると思ったが、社会人で結婚も視野に入れてくれているなら合点がいったよ」
「本当よね。しっかりしてて真面目で頭も良くて、うちの美奈とは真逆だけど……だからこそ任せられるわ!ね、パパ?」
「……いちいち俺に振らないでくれ。こんなんでも貰い手が出来たと思えば、喜ぶべき……なのかな?」
「……みんな私の気持ち無視して盛り上がり過ぎ!」
「嫌なの?滅多に無い良いお話よ?」
「い、や、じゃ……無いわよ」
照れちゃって可愛いわね、とヒソヒソと耳打ちされ、益々顔を赤らめる美奈子。
そんな美奈子が父親としては全く面白くない。
確かに娘である美奈子には勿体ないくらいの非の打ち所がない公斗に認めはしたが、出来の悪い娘とは言え目に入れても痛くない程可愛い。
そんな娘がまだ高校生で将来の婿をもう連れて来た。面白いわけが無い。正直面白くない。
しかも目の前で照れまくる美奈子の姿は今まで見ていたそれとは違い、恋する乙女その物で、見たことも無い顔だった。
公斗はと言うと美奈子の父親が言ったように社会人になった事もあり、それなりの責任感と覚悟が出てきた。美奈子の事を真剣に考えているからこそ挨拶をする必要があると考えていた。
それを父親が察してくれてホッとしていた。
当の父親はと言うと実は試していた。
母親に美奈子に彼氏がいることを聞かされ、可愛い娘が付き合っている男がどんな奴なのか?甚平を渡して様子を伺っていた。
そうとは知らない当の美奈子はいの一番に公斗に聞いていた。お陰でいい方向に向かい、今に至っていた。
「夕飯、食べて行くでしょう?」
色々と喋っていたら結構いい時間になっていた。
食べると思い、朝から腕によりをかけて作っていたが、最後の仕上げをしようと公斗に聞いてみた。
そんな事とは知らず、美奈子が作っているのでは?と思った公斗は言い淀む。
「食べていきなよ!ママの作った料理はどれも美味しいから。公斗の好きな物ばっかリクエストしといたからさ!」
「一人暮らしで余りいい物食べてないだろ?そうしなさい」
「では、お言葉に甘えて」
美奈子が料理に関与していないことと父親に勧められては断る訳には行かなくなった。
しかし、美奈子の母親と言えど美味しいかは怪しいとも疑っていた。美奈子は大概味音痴でもある。期待せずに行こうと思った。
「じゃあ最後の仕込みして来るわ!」
「美奈子も手伝う~♪」
「大丈夫よ、あんたが手伝うと後が大変だからかえって手伝ってくれない方が助かるのよ。それより出来るまで部屋とか案内してあげたら」
「……分かった。そーする」
「部屋だって?2人っきりなんて危ないぞ!」
「はあ?何も無いわよ!心配し過ぎでしょ、パパ!アルテミス連れて行くからいいでしょ?」
突然見張り番として指名されたアルテミスは不服そうにニャーと鳴くが、素直に美奈子達の後に着いて行く事にした。何せ面白そうだからーー。
「まぁ、アルテミスがいれば安心か」
何故か父親からアルテミスは絶対的な信頼を得た。
果たしてアルテミスはその信頼を果たす事は出来るのだろうか?
アルテミスを従え、母親の言葉通り自分の部屋へと公斗を連れて来た美奈子は柄にもなく大人しくなっていた。
「へぇーこれが美奈子の部屋か」
「そ、綺麗にしてるでしょ?」
「ブハハハハハハ~」
「ちょっと、アルテミス笑いすぎよ!」
「だって、2人ともすっげぇ面白かったんだもん!仕方ないだろ。ハハハ、ツボにハマった!」
ずっと4人のやり取りを文字通り借りてきた猫になり、何も言わずに見ていたアルテミスは両親にボロクソに言われる美奈子や、クソ真面目公斗やコントや漫才の様なやり取りにツボに入り、限界に達していた。
「失礼過ぎるでしょ?私たちの事、なんだと思ってるのよ!」
「クソ真面目野郎とバカ女!」
「バカ女?ママより酷い……」
「真面目で何が悪い?」
「硬いんだよなぁ~。挨拶ついでに勢い余ってプロポーズまでしてるし、どこまでクソ真面目なんだよ?」
「本当よ、びっくりしちゃったわよ!あれ、どこまで本気なの?」
「俺は本気だ。お前はどうだ?」
そう言いながら美奈子の分のプレゼントを取り出し、渡す。
「これは?」
「さっき言ってたヤツだ。開けてみろ」
開けるよう促され、包装を剥がして箱の中身を開けてみた。
「これって……」
「俺のマンションの合鍵だ」
「わぁーありがとう♪これで居なくても入れる!」
いつも公斗の家に行くが、何回か家主がおらず外で待ちぼうけを食らうという事があり、いない時も入れるように何とかして欲しいと頼んでいた。
今回その頼みを合鍵という形で叶えたという訳だ。
しかしこの一連の事を知らないアルテミスはこのやり取りを見て、勝手にやってろよと思って呆れていた。
本格的なプロポーズでも、誕生日でも無いから合鍵か……。どこまでクソ真面目でキザなんだとアルテミスは心の中で悪態を着いていた。
きっとこういう話の流れになるだろうと予想しての結果で、計算ずくだったのだとアルテミスは悟った。
「で、俺には何も無いのか?」
「何か欲しかったのか?」
「みんなあるのに俺だけないのは不服なんだけど……」
「前にウォッカ奢ってやったろ?」
「それはそれ!これはこれだ!俺、美奈子取られてるのになぁ……」
「取られるって私はモノじゃないわよ!それに私とアルテミスはそーゆー関係じゃないでしょ!」
「一応大事な相棒だぜ!」
「ただの前世からの腐れ縁でしょ?」
「あのニャー」
「それにしても変な気分だな……。いつもは俺の家だが、美奈子の家にいるんだから」
「本当よね……。どうだった、うちの両親は?緊張した?」
「緊張しないわけないだろう。挨拶なんだから」
「アハハ、だよね?私も緊張して変な汗出たわよ……。ずっと私の事ボロクソに言うし」
「それだけ美奈子の事、大事に思ってるってことだろう。楽しそうな両親で安心したよ」
「猫かぶってるだけよ!ママは普段は怖いし、パパはもっとラフよ?なのにママは明らか楽しんでたし、パパは威厳保ってるし……はぁー」
娘の両親とはそう言うものだろうと2人のやり取りを見てアルテミスは思っていた。
「流れで夕飯まで頂くことになってしまって申し訳ない」
「遠慮しないで!ママ、張り切ってたから」
「貴重な休日に俺の為に色々悪い」
「いいのよ、どーせ2人とも暇だから」
色々話し込んでいると夕飯の用意が出来たと父親が美奈子の部屋へと呼びに来た。
再びリビングへと降りてきた美奈子と公斗は母親が腕によりをかけた料理の数々に驚きながら椅子に腰をかける。
「美味しそ~。肉じゃがに筑前煮にポテサラに焼き魚か~和洋折衷ね!んで公斗の好物ばっか。良かったね♪」
「遠慮しないでいっぱい食べてね!いっぱい作ってあるから。あ、美奈とは違って私は料理得意だから安心してね?」
「も〜ママ!一言多い!」
「公斗君はお酒飲めるか?車じゃ無ければ貰ったお酒一緒に飲みたいと思ってるんだが?」
「見ての通り強いらしいわよ」
「だから美奈子には聞いてないぞ」
あーそーですか?男同士喋りたいのね?
私は蚊帳の外って奴ですか?いーですよ!
心の中で美奈子はぶーたれながら夕飯に手を付ける。
2人を見ると互いにお酒を注ぎあっている。
大人同士だとお酒が一緒に飲めるのか?楽しそうだな、と少し疎外感に苛まれ寂しくなった。
ハタチになったら絶対一緒に飲みたい!と心に誓う。
「パパも公斗もお酒注いであげるよ?」
何とか間に入りたいとコンパニオンを勝手でた。
「ちゃんと注げるのか?」
「零すなよ?」
「……2人とも酷い!私の事、本当に何だと思ってるのよ!」
「「おっちょこちょい!!」」
「まぁ、2人とも息ぴったり!ハモっちゃって仲良しね」
同じ事を同時に言ってハモったパパと公斗を楽しそうにママは見ていたが、美奈子は不貞腐れ不満を抱いていた。
自分では普通だと思っているのにおっちょこちょいキャラとして定着していることに納得がいかない。
「せっかく若くて美人のレディがお酌してあげるって言ってるのに酷くない?もうして欲しいって言ってもしてあげないわよ?」
「別に構わない。お父さんに注いで貰った方が安心して飲める」
「おう、そうだ!公斗君のお酌の方が美味しい」
「あっそう!お酌して欲しいって泣いて頼んでも一生してあげないからね!」
「願ったり叶ったりだ」
「2人で仲良く呑んでなさいよ!」
2人の仲を持ちたいのと1人だけ未成年でお酒が飲めず、疎外感に苛まれて中に入ろうとして物の見事に失敗した。
既にお酒が入った2人に酷く自尊心を傷つけられ悲しくなる。
何故大人は酔っ払うと何でもありになるのか理解不能だった。
とは言え、2人がお酒と私の力で打ち解け合えている雰囲気なのは喜ばしい事だと美奈子は先程の2人の愚行を水に流してあげることにした。
「案外2人とも楽しそうじゃない、ね、美奈?」
「……ま、そーね。お酒の力は凄いわね!私は分からないけど」
「あら、ヤキモチ?」
「そーじゃないわよ!2人が仲良くしてくれたら私は単純に嬉しいわよ」
「へぇー、でも公斗君、本当にいい人ね?美奈には勿体ないわ。見た所あんたにベタ惚れっぽいけど、どんな弱み握ったの?」
「弱味なんて握ってないわよ!失礼しちゃうわね!」
「本当、一安心だわ~。こんなおっちょこちょい貰ってくれるって言ってるんだから。釣った魚は大きいんだから逃がしちゃダメよ!愛想尽かされ無いように頑張りなさいよ!」
「頑張るって何したらいいのよ?」
「そうねぇ……例えば、色路かけとか?」
「それ、母親が言う言葉?」
「しょうがないじゃない。美奈に胃袋掴むのは無理だし、私に似て素材がいいんだからそっち路線で行きなさい!」
「……」
返す言葉も見つからず程呆れて絶句する美奈子は流石は母親、この親にしてこの子ありなのだと悟った。
「ご馳走様でした。どれも凄く美味しかったです。ありがとうございました」
「あらあら、良いのよ。完食してくれて、こっちも作り甲斐あったわ!」
「自分はそろそろお暇します。夕飯まで頂いて長居してしまって、どうもすみませんでした」
「こっちが呼び止めたんだ。すまなかったね」
帰り支度をして丁寧に挨拶をする公斗。
「えぇ~も~帰っちゃうのぉ~つまんない!」
「美奈、わがまま言わないの」
「また、何時でも遊びに来なさい」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「私、ちょっとそこまで送ってくね!」
「別に構わないのに」
「酔っ払ってるみたいだからさ?」
そう言って美奈子は遠慮して1人で帰ろうとする公斗の後に着いて歩く。
後ろを見ると父親が少し心配そうな顔をして見ていたが、母親はやはりどこか楽しそうでニヤニヤしている。
「お疲れ様♪」
「はぁー、自分で言い出したこととはいえやはりこういうのは疲れるな?」
「私も疲れたわよ?どーなるかって生きた心地しなかったもん!」
「挨拶なんて初めてだったからあれで良かったのか、正解が分からん」
「完璧だったんじゃない?パパもママも気に入ってる様子だったし」
「そうか?」
「うん!」
「なら、よかった!」
両親と家が見えなくなったタイミングで美奈子は公斗の腕に手を絡ませた。
気づいた公斗は美奈子の顔を見ると熱い眼差しとぶつかった。
公斗の方から顔を近づけると美奈子が目を閉じるのを確認し、口付けを交わす。
自然と深くなっていく。
ほんのりお酒の味に酔いしれ、余計にボーッとなる。
「お酒の味がする」
顔を離すと甘い雰囲気を残しつつ、不満を漏らす。
「ああ、結構飲んだからな。すまない」
「別に良いわよ!結構緊張してたんでしょ?」
「ああ、まぁな」
「うふふっ」
「何だ?気持ち悪い笑い方だな?」
「気持ち悪いって何よ?失礼な!……私も緊張したけど、嬉しかったし、楽しかったなぁ~って」
「そりゃ良かったよ」
「また、何時でも遊びに来てよね!」
「ああ、美奈子も何時でも合鍵で入ってくれていいぞ。これから残業や付き合いで遅くなる事が多くなるからな」
「そうさせて貰うわ!」
「じゃあ、ここでいいから。遅いと両親心配させてしまうからな」
「もぉ~真面目ねぇ~。わかったわ!じゃあ、来てくれてありがとね!」
「ああ、気を付けて。両親に宜しく言っといてくれ……後、白猫にもな」
「アルテミスの事?……まぁ言っといてあげてもいいわ!公斗も気をつけてね!じゃあね!」
そう言って美奈子は踵を返して走って去っていった。
公斗は姿が見えなくなるまで見守った。
家に戻った美奈子は一目散に部屋へ行き、勢いよくベッドにダイブした。
「はぁ~ちょ~~~~~疲れた」
「お疲れ様。面白いもの、見せてもらえて楽しかったよ」
「公斗がよろしく言っといてくれって!」
「へぇーやっぱり真面目だな」
部屋で待っていたアルテミスはヘトヘトに疲れて戻ってきた美奈子に労いの言葉をかけてあげた。
「ぐぅー」
話しながら緊張感が解けた美奈子は疲れ果て、そのまま泥の様に眠ってしまった。
「……よっぽど疲れたんだな?速攻寝るなんて、戦士の時も部活後もそんなに無かったし、緊張してたんだな」
そんな独り言を言っていると美奈子の携帯の着信音がけたたましく鳴る。
その音にも全く気づかず寝続ける美奈子の代わりに誰からだと確認すると先程別れた公斗からだった。……不服だが出てやる事にした。
「どうした?忘れ物か?」
「特に用はない。美奈子はどうした?」
「疲れたのか泥のように寝てるよ」
「……そうか」
「お前も、お疲れ様だったな?あっ!美奈からよろしくって言ってたって聞いたぞ」
「ああ、お前には何も持ってこなかったからな。まぁわざとだが」
「……だろうな。ま、ゆっくりしてくれよ」
「ああ、美奈子にもよろしく言っといてくれ」
2人の会話にも全く気づかず風呂に入ることも無く、そのまま朝まで熟睡してしまった美奈子だった。
一方の公斗もアルテミスとの通話を切った後、お酒も大分入っていた為そのまま爆睡して気づくと朝になっていた。
2人が次にやり取りしたのはその日の昼過ぎの事だった。
おわり