誕生日に向けて
「そ、そんなぁ~~~~~~~~」
7月中旬のある日の午後、うさぎの大絶叫が響き渡る。
今度は月野家ではなく、衛の家でマンション中に迷惑なくらいの声で叫ぶうさぎ。
何故絶叫するに至ったかというと、それは本の数分前の話。
うさぎの脳内はすっかり夏休みに入っていて、衛と毎日会えると喜んでいた。
衛の予定を何の気なしに聞いてみると想定外の言葉が返ってきた。
「8月1日から5日までは勉強合宿でここにはいない」
「うっそー!何で?ってか勉強合宿って何?」
会えない日がある事は愚か、聞きなれない単語にうさぎは困惑する。
「進学校だから勉強合宿は必須なんだよ。受験だから仕方ない」
「仕方なくなぁ~~~~~い!まもちゃんの誕生日にかぶってるじゃん!また誕生日には会えないじゃん……」
衛としては毎年の事で何ら悲しむ事ではなく、学校から通知を貰って確認した瞬間から普通に受け入れていた。
しかしこうしてうさぎが衛の誕生日に会えない事に悲しんでくれている姿を見ていると、段々うさぎと会えない自分の誕生日が悲しくなって来た。
「そうか、俺の誕生日だったな……」
「そうだよ!忘れちゃダメだよ!まもちゃんが産まれた大切な日だもん!2人でお祝いしたかったのに……」
当然の様にうさぎは衛の誕生日を祝おうとしてくれていて衛は胸が熱くなる。
「一緒にまもちゃんの誕生日に夏の大三角観たかったのになぁ……」
「……おあずけになっちまったな?」
「うぅっ私の誕生日に続いてまもちゃんの誕生日まで会えないなんて……呪われてるとしか……」
何とかならないのか?行かないという選択肢はないのか?とうさぎは無理だと分かりつつも望みがありそうなお願いをしてわがままを言う。
いくらうさぎの頼みだとしても聞くことは出来ない決定事項だけにどうしようもない。
気持ちは分かる。先月はうさぎの誕生日に早々に会えない事が決まってしまった。
結果的に当日は頑張って勉強したうさぎへのプレゼントとして限られた時間ではあったが、会える事になった。
しかし、今度は間違いなく会えない。
衛は毎年この時期に勉強合宿がある事が去年までは実はとてもありがたかった。
自身の誕生日であり、両親も記憶も失った日。この呪われた日を勉強合宿と言う名の現実逃避はとても救われていた。
行かなければ行けないであろう両親の墓参りも行かずに済んでいたし、嫌な事、孤独である事に向き合わずに済んでいたから。
しかし、今年からは状況が一変していた。
一緒にいてくれる大切な恋人であるうさぎがいる。
そのうさぎが誕生日を一緒に祝いたがってくれている。
衛だって一緒にこの日を迎えたいという気持ちが無い訳では無い。
しかし学校行事に欠席は内申点にも響くし、この合宿を欠席した事により命取りになり、志望校に合格出来ないなんて事になりかなねなくも無い。
うさぎには悪いが、勉強合宿の出席をする事に決めた。
「うさ、気持ちは有難いが、これはもう決まった事なんだ。来年は一緒に過ごそうな」
「でも……初めてのまもちゃんの誕生日なのに」
そうは言われてもやはり今年と来年は意味合いが違う。
衛と付き合って初めての衛の誕生日、どうしても一緒に過ごしたかった。
自身の誕生日と言い、お互いが受験生だからといってこんなに勉強に阻まれるのかと悔しくなってくる。
と同時に私たちカップルはきっと呪われているに違いない!
きっと前世で徳を積んで無かったせいでこんな事になってるんだと思わざるを得なかった。
そして衛が自分では無く勉強をあっさり取ってしまった事に憤りを感じていた。
“私と勉強、どっちが大事なの?”そう我儘任せに最低な質問をしそうになった所をうさぎは既のところで押さえ込んだ。
これを言ってしまうと取り返しがつかない事になるだろうと予想出来たから。
「……分かったわ。でもその代わり勉強合宿の日以外のまもちゃんの夏休みの時間、私に全部頂戴!」
「仰せのままに、わがままプリンセス♪」
衛とてうさぎと会えないのは寂しい。
この最大限のわがまま位は聞いてやりたいという気持ちだった。
***
半ば納得出来ないまま衛のマンションから自宅へと帰宅したうさぎは、ただいまも言えずに2階の自分の部屋へと真っ直ぐに向かった。
その姿を目撃したちびうさが気付いて楽しそうに話しかけてきた。
「うっさぎぃ~元気ないけどどうしたの?まもちゃんと喧嘩?」
「違うわよ!まもちゃんの誕生日、会えなくなったの……」
力無くことえるうさぎに今度はちびうさが衝撃を食らった。
「えぇぇ~~~~~どうして?」
「勉強合宿でここにはいないんだって……」
「そんなぁ~~~~~!」
「どうしてあんたが落ち込むのよ?」
「落ち込むわよ!まもちゃんの誕生日祝ってあげたかったのに……」
「私が、まもちゃんと2人きりで祝ってあげたかったのよ!あんたはお邪魔よ!でもまぁ、それも出来ないから無意味な争いよ……」
ちびうさと言い争いながら衛と会えない現実が更に大きなものとなって襲ってきてしまい、絶望する。
ちびうさはちびうさで衝撃に打ちひしがれていた。
去年までは30世紀の未来で父親であるキングエンディミオンを毎年母親であるネオ・クイーン・セレニティと3人でお祝いするのが恒例行事となっていた。
今年は30世紀にはいないし、帰る予定もないため、漠然と普通にうさぎと一緒に衛を祝うつもりでいた。
しかし、うさぎからは思いもよらぬ言葉でそれが叶わないと知り、どうしたらいいか思考回路がショートしそうになる。
キングも衛も祝えない。そんな8月3日を迎えていいのか?と……。
頭のいいちびうさは閃いた!
キングにはルナPを介して誕生日おめでとうメッセージを贈ろうと。
しかし、衛の方はいい方法が思い付かず八方塞がり。
まさかうさぎに聞いたところでいい方法なんか全く無いだろう。
チラッとみるとまだ落ち込んで浮上出来ないでいるから余計期待など出来ない。
そんなちびうさとは裏腹にうさぎはまた誕生日を一緒に祝えない事に打ちのめされていた。
2度目とはいえ、ショックな事には変わらない。
寧ろ自分の時より打撃が凄い。
あの時は勉強せざるを得ない状況に追い込まれ、忙しい日々を過ごしていたから何気にあっという間に時間が過ぎた。
毎日衛と通信機で連絡も取っていたから寂しさもあまり無かった。
しかし、今度はどうだろうか?
勉強合宿がどれだけ厳しいものかは分からない。
だけど確実に通信機で連絡が取れない環境下にあるに違いない。
段々冷静に考えられる様になった頭で余計に悲しくなりそうな事ばかり閃いて凹んでしまう。
この5日間をどう乗り切るか?が今のうさぎには課題だった。
***
翌日、土曜日で学校は休みだが亜美達と勉強会がある為、まことの家へと向かった。
勉強に身が入らず、ボーッとしては溜息の繰り返しに、無視を決め込んでいた4人だが、根負けしてしまい亜美が喝を入れる。
「うさぎちゃん!さっきから全く進んでないけど、どうしたの?」
聞かれたうさぎは、待ってました!と言わんばかりの顔をするが、美奈子達3人はとうとう聞いてしまったわね?と言わんばかりの苦い顔をした。
「聞いてよみんな!あのね、昨日まもちゃんと夏休みの計画してたんだけど、まもちゃん、誕生日に学校の勉強合宿があるからいないんだって……」
昨日の出来事を端的に話すうさぎ。
まことと美奈子はその話を聞いた途端、苦虫を噛んだような嫌な顔をした。
「勉強合宿?何そのつまんなそうな合宿……」
信じらんな~いと美奈子はゲンナリする。
「一日中勉強だけをする合宿みたい」
「そのまんまだな……」
「進学校ならそういうのあるって聞いてたけど、実際あるのね?」
「レイちゃんところも進学校だろ?ないのか?」
「高校からはあるみたい」
「“勉強合宿”何て素敵な響きなのかしら!」
ゲンナリしている面々を他所に勉強の鬼、亜美はキラキラした顔で食い付いてきた。
やはり、と言った感じである。
「一日中勉強だけが出来る環境下が用意されてるなんて、願ってもない事だわ!素晴らしいわ♪」
いかにも亜美が好きそうなイベントである。
「羨ましいって顔してるわね、亜美ちゃん……」
勉強が大嫌いな美奈子はその顔を見て引いていた。
「美奈、私たち、受験生なんだからどれだけしたって充分すぎるってことは無いのよ!うさぎちゃん、衛さんが行ってる間はまた勉強に集中出来るチャンスよ!」
亜美は分かっていた。衛がうさぎの勉強の妨げになっている事を。
夏休みと言えど受験が控えている為、遊ぶための長期休暇ではない。
勉強して志望校に合格出来るよう努力する為に設けられた夏休みだと亜美は思っていあた。
その思いとは裏腹にうさぎはやはり衛と遊ぶため、ラブラブする為の夏休みだと喜んでいた。
「うっ!やっぱり勉強しなきゃいけないのね……」
「あーー聞こえない!聞こえない!聞こえない!聞こえない!聞こえないーー!」
現実と向き合おうとするうさぎに対して美奈子は耳を塞ぎ、現実逃避を始める。
「美奈!私も塾がほぼ毎日あるから変わらず週一回の勉強会だけど、ちゃんと勉強しなさいよ?分からなければアルテミスに聞くのもいいかもね!」
「何て世知辛い世の中なの……。アルテミスなんて猫じゃない!猫に聞くなんて、人としてのプライドが許さない!」
「でも確かに美奈よりは全然頭良いよな!」
「まこちゃん酷い!まこちゃんだって似た様な物だと思うけど?」
「美奈よりはマシさ」
「2人とも、そういうのをどんぐりの背比べって言うのよ!」
亜美のキツい一言で賑やかな会話は止まり、勉強が強制的に再開されることになった。
勉強しながら各々(亜美が私たちも勉強合宿しましょう)と言ってこなくて良かったと心の中でホッと一安心していた。
***
そしてあっという間に夏休みになり、衛が勉強合宿に行く日になった。
出発は朝早くの為、朝が弱いうさぎは寝坊確実だと予想して前日に見送っていた。
朝目覚めたうさぎは、衛がいない、会えない5日間の始まりにやる気を完全に無くしていた。
当然、勉強は手付かずだ。
梅雨も明けて本格的に夏が来て暑く、ただでさえ勉強なんてやる気が出ない。
ただ、うさぎは来たる3日に衛と会うことを諦めていた訳では無い。
ずっとどうすれば会うことが可能なのか、それだけは常に頭を回転させてきた。
だが、この日まで全くいい案が浮かばず積んでいた。
しかし、ここでうさぎは苦肉の策を閃いた!
自分が会いに行けば良いのでは?と。
でも合宿の場所が分からない。
どうすれば良いか、今度こそどんずまりになる。
そしてまたここで1つ、自分を救ってくれるかもしれない人物の事を急に思いつく。衛の後輩の浅沼一等だ。
浅沼は衛の後輩で、とても尊敬して慕っている。もしかしたら合宿の場所を知っているかもしれない。
寧ろ、誕生日を知っていてプレゼントを渡しに行く可能性がありそうだ。彼はそういう事をしそうな子だった。衛の専属ストーカーと言ってもいい。
しかし、またここでうさぎは為す術を失う。
肝心の浅沼の連絡先を知らないのだ。
学校は休みだから行ったところでクラブで出て来ていて会えると言う確率は少ない。それこそ一か八かの勝負だ。
どうしようと考えを巡らす。
そしてフッとまことと親しかったことを思い出す。
「もしもし、まこちゃん?うさぎだよ」
「うさぎ、どうした?」
「教えて欲しい事があって電話したんだ」
「何だい?分かることなら何でも答えるよ!……勉強は無理だけど」
「勉強は大丈夫だよ。する気になれなくてしてないから……」
自分に今一番最高な答えをくれそうな恋多き女、まことに早速うさぎは電話を入れる。
勉強の話になるが、2人とも苦笑いで終始した。亜美がこれを聞いていたらきっと怒るだろうが、いないのが不幸中の幸いだった。
「だよな……。で、教えて欲しい事って?」
「うん、あのね?浅沼くんの連絡先知らない?まこちゃん、浅沼くんと仲良かったよね?」
「ああ、浅沼ちゃんの連絡先なら知ってるよ」
「本当に?良かったぁ~ありがとう、まこちゃん!大好き♪」
案の定、浅沼の連絡先を知っていたまことから番号を教えて貰ったうさぎはお礼を言って電話を切った。
今回はたまたまトントン拍子に行って運が良かっただけで、いつもこんなに上手くは行かないだろう。決して当たり前なことでは無い。うさぎは感謝してもしきれない気持ちだった。
そしてそのまま浅沼に連絡をする事にした。
「はい、浅沼です」
「浅沼くん?まもちゃんの彼女のうさぎです」
「う、う、うさぎ先輩?え?何で家の番号を?……てか衛先輩に何かあったんですか?」
まさか自分の家にうさぎから連絡来るとは思ってもみなかった浅沼は、予想外の人からの連絡に動揺しまくっていた。
うさぎがかけてくる用事と言えば衛の事である。大好きで尊敬している先輩に何かあったのではないかと心配になる。
「あ、ううん違うの!ごめんね、急にかけて……。びっくりさせちゃったね。まこちゃんから勝手に連絡先教えて貰っちゃって、かけたの」
浅沼の動揺を電話越しに察知したうさぎは驚かせた事に申し訳なく思い謝った。
「いえ、こちらこそ驚きすぎてすみません。そうだったんですね。どうしたんですか?」
「うん、あのね?まもちゃんの合宿先に行きたいんだけど、場所分かるかなって思って……」
「知ってますけど、まぁまぁ遠いですよ?」「本当に?遠くても行きたいの!教えて欲しいんだけど」
「すぐに帰ってくるのに、行くんですか?」
「明後日、まもちゃんの誕生日だから直接会って祝いたくて……」
「そうでした!3日、衛先輩の誕生日!僕も行こうかな?案内しますよ?」
「本当に?助かる!ありがとう、浅沼くん」
「いえ、勿論、2人の邪魔はしないので」
浅沼も衛の誕生日を直接祝いたいと思っていたのか、案内を買って出てくてうさぎはホッと一安心した。
そして2人は衛の誕生日当日に駅で待ち合わせをする約束をして電話を終了させた。
***
そして衛の誕生日当日がやってきた。
少々遠いが、狙い目は夕飯時なので昼の待ち合わせだったので割とゆっくりとした朝をすごしていた。
と言うかうさぎは完全に寝坊していた。
衛と3日ぶりに会える事と、付き合って初めての誕生日に興奮して眠れず、昼前まで寝てしまっていた。
待ち合わせを昼にしておいて良かったとうさぎは心底ホッとした。
「ごめん、浅沼くん待った?」
「いえ、俺も今来たとこっす!」
待ち合わせ場所に少し遅れて到着したうさぎは浅沼に謝るとまるでカップルかと美奈子がこの場にいればツッコミが入りそうな定番会話になってしまう。
話しながら歩みを止めることなく電車に乗り、目的地へと向かう。
もうここからは完全に浅沼頼りである。
「ごめんね、付き合って貰っちゃって……」
「全然ですよ!俺も衛先輩祝いたいっすから」
「浅沼くんは本っ当にまもちゃんの事大好きなんだね!」
「大好きって……いや、まぁすっげぇ尊敬してます!」
「ありがとね、まもちゃんの事慕ってくれて♪」
「いやぁ、そんな……」
衛が浅沼にどこまで自身の過去を打ち明けているかは分からないが、うさぎは単純に大好きな衛を慕ってくれる浅沼にとても感謝した。
同性で心許せる存在がいる事がうさぎは嬉しかった。
自分には相談出来る相手が身近に何人もいるが、衛にはかつてのような相手はもうこの世にいない。それは少し引け目や申し訳なさを感じるところだった。
道中、衛の他愛も無い話で盛り上がりながら目的地へと向かっていった。
電車の乗り換えは当たり前で、バスにも乗り換え。乗り換えに継ぐ乗り換え。複雑な乗り換えにうさぎは心底浅沼が着いてきてくれて良かったとホッとした。
自分では絶対に辿り着けないくらい複雑なルートに既に迷子状態に陥っていた。
「ところでうさぎ先輩は女性ですけど、どうやって侵入するつもりなんですか?」
浅沼の単純な好奇心と疑問だった。
うさぎは痛い所を付かれ、言葉に詰まる。
勿論、変装ペンで男装になんて非科学的な事を普通の人間の浅沼に言えるわけなかった。
「う、うん。男装しようと思って着替え持ってきたんだ!」
説得力が無さそうな余り大荷物とは言い難いバッグをこれ見よがしに見せる。
その中にはプレゼントは勿論、もしもの為の変身ブローチ、財布に携帯、化粧品に下着、そして本日の主役、変装ペンが入っていた。
「男子校だから当然野郎ばかりなんで気づかれないように細心の注意を払って下さいね!俺と衛先輩だけでは無理がありますから……」
申し訳なさそうに厳しい現実を突きつけてくる。
「色々とごめんね……。ちゃんと完璧な変装して迷惑かけないようにするから」
変装ペンがあれば完璧な男装が可能だから自分が下手しなければ大丈夫だろうとうさぎは考えていた。
ただ自他ともに認めるおっちょこちょい。
不安がないといえば嘘になる。
ヘマをしないとは限らない。
寧ろ、人がしない考えられない様な失敗をする、それがうさぎだった。
この後のことを不安に思いながらも長旅の末、目的地に何とか到着した。
「ここですね」
「ここかぁ~」
1時半に待ち合わせて4時近くになっていた。
上手く乗り合わせられなかったりしたので2時間以上かかっていて、まぁまぁの移動時間だった。
帰りもこの位かかるかと思うとうんざりだった。
「浅沼くんはどうするの?」
「俺は参加してもいいかなと思ってます。中学生は自由なんですけど、高校になれば参加必須なのでどんな雰囲気か見ておこうかと」
「流石、凄いねぇ~」
「俺は全然不真面目な方ですよ。クラスメイト何人かは入学してからずっと参加してますから」
進学校とはよく言ったもんで、みんな中学生の時から真面目に勉学に励んでいる事を聞かされ、うさぎは雲の上の話だとうんざりした。
と同時に衛もまた中学時代から真面目に勉学に励んで来たのかと尊敬していた。
「俺、先に中に入って会えたら衛先輩に伝えますよ?」
「本当に?助かるぅ~♪お願いします!浅沼くん、頼りにしてます!」
「任せて下さい!じゃあ行ってきます!」
「頑張って!」
「うさぎ先輩も、頑張ってください!」
そう言って浅沼は勉強合宿と言うなの戦場へと入っていった。
それを複雑な表情でうさぎは見送った。
***
浅沼の話によると夕飯時に長めの自由時間があるらしく、そこが狙い目との事だった。
一緒に夕飯を、と言うわけにもいかず近場で一人適当に済ましてその時を待つうさぎ。
「ムーンパワー 頭がいい元麻布高校のイケメンになぁれ♪」
誰もいないことを確認し、予め変装ペンで男装してスタンバイ。
一方、勉強合宿の中へ入っていった浅沼はクラスメイトと合流し、授業を受けていた。
人がいっぱいいて広い建物の為、衛を探すのは至難の業だと授業を受けながらいい方法は無いかと頭をフル回転していた。
だが、無情にも明暗が閃く事無く夕食の時間が来てしまった。
上手く行けば会えるかもしれないと期待はせずに食堂へ向かう。
一応全体を見渡して衛がいるか確認する。
イケメンでオーラが半端じゃないから大勢でもすぐ分かると浅沼は自負していた。
そして、その通り、奥の方の机にいた。
「衛先輩!」
都合のいい事に1人で座っていたから早速一緒しようと思い、移動して話しかける。
「あさ、ぬま?来てたのか?」
「ええ、途中参加ですが……」
「そうか、熱心だな」
「いえ、衛先輩の誕生日祝いたくて!今日、お誕生日ですよね?おめでとうございます」
誕生日の祝いの言葉と用意していたプレゼントをあげると驚きつつも喜んでくれた。
「ありがとう、浅沼」
喜んだ後、少し顔が曇ってくる衛の表情を見て浅沼は察して言葉を続けた。
「うさぎ先輩に貰いたかったですか?」
「え?ああ、いや……」
「隠さなくてもいいですよ!衛先輩がうさぎ先輩大好きなの知ってますから」
「すまない浅沼。うさに会いたくなってしまったよ」
「そんな素直な衛先輩に朗報があります!うさぎ先輩がここまで会いに来てますよ?」
「何言ってんだよ!いくら何でもうさがここまで来られるわけないだろ?」
「それが来られるんですよ~♪僕が何故今日だけ参加か、頭のいい衛先輩ならすぐ解けますよね?」
「まさか、浅沼がここまで連れて来てくれた、のか?」
「そのまさかです♪」
信じられないと言う顔をする衛。
だが、無謀な事をするのがうさぎだ。
それに浅沼が自分に嘘などつかない奴だと言う事も分かっていた。
「うさは何処にいるんだ?まさか中に入ってないよな?」
中は勉強ばかりして飢えた男ばかりの危険な場所だ。そんな所にうさぎが1人でいたらどうなるか?考えただけでも恐ろしかった。
「大丈夫です!外で待ってますよ。念の為男装するって言ってましたけど」
言い終わるが早いか、衛は慌てて食堂を出ていってしまった。
「全く、衛先輩はうさぎ先輩の事になると何も周りが見えなくなるんだもんなぁ……」
まるで手のかかる弟の世話をしてる様な言い方をしながら優しく見守る兄のように笑顔で見守る浅沼。
そんな浅沼には全く関心を持たない衛ははやる気持ちを抑えきれず脱兎のごとく外へと飛び出した。
「うさっ!」
勉強合宿の寮周辺をキョロキョロすると不安そうな顔で寮の中を覗き込んでいる元麻布高校の制服を着た綺麗な金色の短髪姿のメンズがいた。ーー男装しているうさぎだ。
男装していても衛は愛の力ですぐに分かった。
「まもちゃん!」
衛の呼ぶ声に気づいたうさぎは勢いよく返事をするが、少し声が低く若干声変わりしていた。違和感を感じたものの衛と会えた嬉しさの方が勝ち、そのまま衛の胸へと飛び込む。
「まもちゃん、会いたかった」
「俺もだよ、うさ」
2人ともきつく抱きしめあった。
「でも、どうしてここまで……?」
「今日誕生日でしょ?やっぱり直接祝いたくて」
「それでこんな無茶を……」
うさぎの優しさに心が温まる衛。
「まもちゃん、お誕生日おめでとう♪」
「ありがとう、うさ」
2日ぶりにあった2人はどちらともなく口付けを交わす。
野郎連中の中でガツガツ勉強していた衛は飢えすぎていて、止まらなくなり、男装と言う事を忘れ、深く求め、長くなっていた。
「んっはぁ……」
漸く離されるとうさぎは久しぶりの衛との深い口付けに頭がボーッとしていた。
「まもちゃん、これ私からのプレゼント。勉強、頑張ってね♪」
「ありがとう、うさ。大切にするよ」
中身を開けると衛の誕生石のペリドットであしらったネックレスだった。
「まもちゃんに似合うと思って♪私もこの前の誕生日にネックレス貰ったから、お返しだよ♪お揃い♡なんちゃって♡」
「ああ、お揃いだな♪」
また見つめ合ってキスしようとしていたら遠くで衛を呼ぶ声が聞こえてきて現実に戻される。
「衛先輩!……ってあ、ごめんなさい。邪魔しちゃいましたね」
「いや、大丈夫だ。どうした浅沼?」
「そろそろ時間ですよ」
「ああ、すぐ行くよ」
自由時間の終わりが近づいてきたようで浅沼が呼びに来てくれた。
「ごめん、うさ。せっかく来てくれたのにゆっくり出来なくて」
「ううん、私が勝手に来たんだもん!気にせず戻って」
やはりいつでもうさぎは優しいなと衛は心が傷んだ。うさぎの優しさにいつも甘えてしまう己が嫌だったが、仕方の無い事だった。
「すまない。1人で帰れるか?」
「銀水晶でひとっ飛びしちゃう笑」
「こらこら、ルナが聞いたら怒るぞ。でもまぁ今回は仕方ないな笑」
「もう既に変装ペンを私利私欲の為に使っちゃってるから遅いかも。こうなりゃとことんやるわ!」
「俺も帰ったら一緒にルナに怒られてやるよ」
「大丈夫よ、まもちゃん!私、怒られ慣れてるから」
「どんな慣れだよ……」
色んなことで日々ルナから説教されているうさぎは怒られる事に慣れてしまっていた。
「じゃあな、うさ。気をつけて帰れよ!」
「うん、残りの勉強合宿頑張ってね!」
そうして名残惜しくも衛は合宿の寮へと戻って行った。
それをうさぎは見送り、自身も帰ろうと銀水晶が入った変身ブローチをとる。
「ムーンコズミックパワーメイクアップ!」
変身と共に転移をし、自宅付近に戻り、セーラームーンの変身を解除して自宅に帰った。既に20時近くになっていた。
長い外出を怪しんだちびうさに事情を問い詰められ、衛に会いに行ったことを白状させられたうさぎは、ルナではなくちびうさに正座させられ説教されたのだった。
夏の大三角は一緒に見る事は叶わなかったが、忘れられないある意味色々濃い1日になった。
おわり
2021年の地場衛生誕祭用に旧サイトに載せた話です