セラムン二次創作小説『(サ)イトウ家の食卓』
何も無い昼下がり。衛は読書をして穏やかに過ごしていた。
そこに、ピンポーンと一つ、呼び鈴がなる。来客か?誰だろうと思いながらも、これからがいい所だった盛り上がりかけていた小説の物語の活字から目が離せないでいた。
もう少しキリのいいところでと思っているとまた呼び鈴がなる。渋々活字から目を離し、本を閉じて重い腰を上げ、玄関へと向かう。
衛はこの時、想像もしていなかった。玄関を開けて立っていた人物によって穏やかな休日のこの後が、騒々しいものへと変わる事をーー
「はーい」
玄関のドアを開けると、そこには四人の絵ヂカラの強い男が四人、勢ぞろいして立っていた。
一瞬考えた後、面倒な事になりそうな事は明白の為、ドアを閉じようとするが、そのうちの一人に物凄い瞬発力でドアを掴まれ、もう一人には足で閉められないように阻まれた。
観念した衛はもう一度ドアを開けて、その四人を見回す。
「どうしたんだ、四人揃って」
衛の言葉に、その内の一人、公斗が答える。
「鍋パーティーをしようと言う事になった」
「俺の都合も無視でか?」
突然の訪問。そして、四人で事前に決められていて知らされず、有無を言わせずな圧力に、衛は呆れる。
「今日はうさぎ達もいないし、フリーだって知ってるのよ!」
観念なさいなと彩都は、ネタは上がっていると言わんばかりに偉そうに言って来た。
「材料は買って持ってきたから」
和永はホラっと買い物袋をヒョイっと上げて得意げに見せびらかす。
「コンロと鍋もこっちで用意したから心配すんな!」
一番力持ちの勇人は両脇に抱え込んでいるコンロと鍋を見せる。
「入れよ」
「そう来なくっちゃな!」
ここまで用意周到にされ、重い荷物を抱えてやって来た古くからの友人を無下にするわけにはいかないと衛は観念した。
「台所、借りるわよ」
「ああ、俺も手伝うよ」
慣れたように衛の家の中に入った四人。
彩都は台所へと行き、テキパキと持って来た野菜を切ろうとした。そこに衛も手伝おうと入って行く。
「衛は主役だからいいのよ」
「そうだぞ。俺が手伝うから公斗と勇人と座っておけよ」
「でも……」
「俺たちが勝手に押しかけてきたんだし、俺達に任せとけって」
和永が台所に立つと、そのまま衛の肩に手を置き、テーブルへと押し、椅子に座らせた。
「そっちは任せた!」
「勇人、あんた何様よ!」
台所で鍋の材料を手際よく切る彩都とダイニングで寛ぐ勇人が口喧嘩を始める。
「仕方ねぇだろ。俺、料理はからっきしでまことにばっか作ってもらう食べる担当なんだからさ」
「甘やかされ過ぎでしょ」
そんなやり取りをしながらも彩都は和永とリズム良く野菜を切り刻み、器に入れて行く。
「大分豪快だな」
チラッと見ると一切れ一切れが大きくて衛は単純に驚いた。繊細で華奢な彩都からは想像もつかない程に大きい野菜に、ギャップがあると衛は驚きを隠せなかった。
「男ばっかりだからね。The 男飯よ」
「なるほどな」
胃袋の大きい大食らいの大男ばかりだから、細かく切るのは時間の無駄だと感じた彩都。わざと豪快に切るようにしていた。
それを聞いて衛を始め、勇人も公斗もそりゃそうだよなと納得した。
「でも、何で鍋なんだ?」
鍋なんて一番の手抜きでは?と感じていた衛は、疑問に思った。
「それは簡単な話だ」
「衛は幼少期からずっと家族もいなくて、一人ぼっちだったろ?こうやって大人数でしか食べられない鍋って案外食った事がないんじゃねえかなって話になってな」
「うさぎ達もいるけど、そんな事考えもしてないでしょうし」
「第一、鍋って同じ所をつついて食べるし、よっぽど親しくないと囲んで食べないだろ?」
「俺のため?」
自分のために楽しくみんなで食べる。それは理解していたし、そう思っていた衛だが、そんなに深い訳があったとは知らず、四人の暖かな心に触れて嬉しく思った。
「大人数で鍋、つついたことないだろ?」
「まぁ、言われてみれば……確かに」
鍋というものは家族で囲って食べるものだと言う印象がとても強い食べ物だ。
うさぎや美奈子は家族でよくやっていそうだが、一人暮らしの衛には縁がなく、そんな記憶もあるはずも無い。
もしも両親が生きていたら、やっていたのだろうか?妹や弟が出来て楽しく鍋を食べている。そんな未来もあったのだろうか。
衛は虚しいが、そんな想像をしてしまった。
もしも温かな家庭に育っていたらうさぎとも出会うことも無く、恋に落ちることもなかったかもしれない。そう考えると、一人ぼっちの人生も決して悪いものでもなかった。
「だから、鍋だったのか」
「そう言うこと。出来たから食べましょうか?」
まるで母親みたいに笑顔で彩都が刻んだ野菜や肉を持ってくる。
テーブルで鍋の用意をしていた公斗は、コンロを点火する。
「餅や餃子もあるのか?」
「男ばっかだからな。腹持ち良さそうなものも買っといたんだよ」
「俺は闇鍋でも良かったんだけどな」
「お前の提案はろくでもない」
そんな他愛も無い会話をしながら鍋パーティーが始まる。
数分後、適当に取ろうとした衛や勇人達だったが、公斗からの言葉で空気が一変する。
「待て。それはまだだ」
「え、そうなのか?」
「ああ、もう少し煮込んだ方が美味い」
「もう充分だろ」
「そうだよ。好きに食わせろって」
「ダメだ!従え」
「うわぁー、まさかの鍋奉行。めんどくせぇー」
「くいずれぇ……」
「楽しくないわね」
公斗は鍋にうるさかった。
自分の思い通りに鍋を美味しく食べて欲しいと、良かれと思って口を出した。
だがそれが自由に楽しく食べたい彩都達三人にとってはとてもありがた迷惑で、鬱陶しい行為だった。
「衛に楽しく温かい鍋を体験して貰おうって言ってただろ?」
「ああ、そのつもりだが」
「まるでそうしてると言わんばかりの口調だな」
「違うのか?俺はそのつもりでいたんだが」
「いやいや、分かりづらいにも程があるだろ」
「兎に角、鍋奉行して仕切らないで頂戴!衛が間違った鍋パーティーを覚えるじゃない」
鍋にうるさい公斗の行為を三人は一斉に辞めるようにと攻撃する。
公斗としては良かれと思っての行動で、これが当たり前だと思っていた。家でもしていたから、当然の行動だった。
しかし、間違っていたようだ。世話を焼くことが当たり前だと思っていた公斗は違っていた事に衝撃を覚えた。
「楽しくないわよねぇ、衛?」
そう言って黙っていた衛に声をかけた彩都は、顔を見てギョッとした。何と、涙を流していたのだ。
「って衛、どうしたの?泣いてるの?」
「え?マジ?衛、大丈夫か?」
「公斗のせいで衛が泣いたじゃねぇか!」
「何故衛が泣いている原因が俺のせいになるんだ?」
衛が涙を流している事に狼狽えた四人は心配する。
そしてその直接の原因が、鍋パーティーを支配していた公斗にあると真っ先に疑いの目がいった。
「う、え?俺、泣いている……のか?」
彩都に指摘されるまで衛は自身でも泣いていたことに気づかずにいた。ごく自然に溢れ出た涙だった。
「公斗が口煩く鍋パーティーを掻き乱すからだよなあ?」
「あ、いや、そうじゃないんだ」
「どう言う事?どうして泣いているの?私たち、何かした?」
彩都の問いに衛はフルフルと首を振る。
「ただ、お前達の好意が嬉しくて。鍋が温かくて美味くて」
「衛……」
衛の言葉に四人は言葉を失う。
こんな逸脱したハチャメチャな鍋パーティーであるのに、衛は涙を流す程喜んでくれていることに、胸が温かくなる。
「ありがとな、お前達」
最初は騒がしいとうんざりしていた衛だが、思わぬ家庭の雰囲気を味わい、胸がいっぱいになっていた。
その後も五人での鍋パーティーは続き、衛のお願いで公斗の鍋奉行は続行され、その度に小競り合いに発展するかつての配下四人の姿を楽しく見ていた。
まるでうさぎとちびうさの喧嘩のように大人気ない喧嘩に衛は安心感を覚え、ホッとした。
その後、鍋奉行の公斗のせいで楽しく食べられなかった和永や勇人、彩都は美奈子へ苦情のラインを入れることになった。
「お前が料理下手だから公斗が鍋奉行で仕切って不味くなった」
「あの鍋奉行、どうにかしてくれ」
「世話焼きなのも大概だから、仕切らず各々好きな様に食べさせて欲しいの。その旨、怒っといてよね」
次々入ってくる迷惑ラインに美奈子はイライラしながら返事を返すことになった。
「お陰で美味しい鍋が食べられて、楽しい思い出もできたんだし」
返しながら美奈子は本当にアイツらは衛が大好きだなと心の中で微笑んだ。
おわり