セラムン二次創作小説『呼び名(アル美奈)』
『呼び名(アル美奈)』
「ヴィナ!」
中国から帰って来てしばらく経ち、落ち着いた頃の事。芝公園中学の制服に身を包んでいる長い金髪の頭のてっぺんに赤いリボンが映える少女が、その呼び名に反応して振り返る。
「随分と懐かしい愛称で呼ぶじゃない、テミス」
テミスと呼ばれた白猫は、今まで呼んでいた“美奈”と響きはほとんど変わらない。
しかし、今までの呼び方と確かに違って聴こえ、敏感に反応する。今は制服に身を包み、セーラー戦士の姿のそれではないのに。けれど、懐かしい呼び方に自分の事だと確かに分かり、気分が高揚した。
「君こそ、懐かしい愛称で呼ぶじゃないか」
“ヴィナ”と呼んだ主ーーアルテミスも又、懐かしい愛称に自然と口角が上がる。お互いに顔を合わせ、微笑み合う。
「あんたが懐かしい愛称で呼んでくるからでしょう」
「覚えていたんだな」
「まぁね」
「あの頃は互いに誰も呼ばない愛称で呼んでたから呼んでみた。美奈と余り変わらないから分からないかと思ったけど、良かったよ」
愛称で呼んでいた頃、それは前世で月にいた時の事だ。
バディを組んでいた二人は、誰も呼んでいない愛称で呼びあっていた。前世の記憶が蘇り、落ち着いた頃合を見計らってアルテミスは満を持して昔の愛称で呼んでみたのだ。
「分かるわ。あの頃と同じ雰囲気の呼び方だし、全然違ったもん」
「大差ないと思ってたけど、そんなに違うか?」
「全く違うわよ!染み込んで来る感じ。全身で感じる」
「そんなもん?」
「ああ、疑ってる?」
理屈では無い。頭や心、身体全体で違いを感じ取れると美奈子は豪語する。
疑ってはいないが、英語の成績も余り良くないことを知っているアルテミスは怪しんでいた。でも確かにヴィーナスとして覚醒したのだと肌で感じた。
「ヴィナって呼ばれて、腑に落ちたの」
「何が?」
「何であんたが今の私ーー愛野美奈子を初めから美奈って呼んだかを。前世でヴィナって呼んでいたからなんだって」
何も美奈子を“美奈”と呼ぶ事は珍しいことでは無い。その証拠に、母親も親友のひかるも、親しい人たちには前からそう呼ばれていた。
何の疑問もなく美奈子はそれを受け入れていたし、疑いもしなかった。
けれど、セーラーヴィーナスとして前世の記憶が蘇り、アルテミスに“ヴィナ”と呼ばれた事により、全てが線で繋がった。
自分はセーラーヴィーナスだったから、近しい人達にそう呼ばれたのだ。それが今は何だか嬉しかった。愛野美奈子であり、セーラーヴィーナスである。どちらも自分なのだと。
「偶然さ。単に呼びやすかったんだ」
「へ、そうなの?」
アルテミスの発言に、美奈子はずこっと倒れそうになる。今し方の良い感じにまとめた考えを返して欲しいと美奈子は思った。
「昔からこの呼び方がやっぱりしっくり来るんだろうな。ヴィナが美奈で良かったよ」
「……何それ」
「やっぱりセーラーヴィーナスなんだなって、ホッとしてる」
アルテミスはずっと待っていたのだ。美奈子がセーラーヴィーナスとして記憶を取り戻すことを。
自力で記憶を取り戻して欲しくて、アルテミスは余り多くを美奈子に語って来なかった。
それは甲を制して、無事美奈子はセーラーヴィーナスとしての記憶を取り戻した。アルテミスは安堵した。
「最初からセーラーヴィーナスじゃなくてセーラーVって名前だったかも腑に落ちた。プリンセスに“ヴィー”って呼ばれていたからね」
大好きな守りたいプリンセスにセーラーヴィーナスはかつて“ヴィー”と言う愛称で呼ばれていた。
潜在意識でそれを覚えていて、その呼び方に近いセーラーVをコードネームとして使っていたのだと美奈子は考えにたどり着いた。
「みんなより先に目覚めたのは、リーダーだから修行を積みたいとクイーンに懇願したからなのね。これは間違いないわ。記憶があるもの」
「美奈、君は本当に前世の記憶を取り戻したんだな」
次から次へと月での出来事を嬉々として話す美奈子を見てアルテミスは、今目の前にはセーラーヴィーナスその人がいると感動した。
「やっぱり君はヴィナ、その人なんだな!」
見た目も姿も、記憶もセーラーヴィーナスである美奈子にアルテミスは嬉しさを隠しきれなかった。
おわり