セラムン二次創作小説『努力の方向性(ジェダレイ)』
「私、何であんたとこんな所で将棋なんて打ってるのかしら?」
ふと我に返った彩都が、一人ポツリとごちった。
「それは俺がお前を誘ったから」
将棋の相手であり、誘った張本人である和永がその言葉を拾って答えた。
彩都だってそれはちゃんと分かっている。ただ、冷静に考えると別に律儀に和永の誘いに乗って相手をする必要も、義理もないのだ。
それなのにわざわざ家を出て、近くの将棋サロンで和永と二人、将棋盤を挟んでお手合せなんて、面倒な行動をしてまで将棋をしているのか?
冷静になればなるほど自身の行動が分からなくなる。
周りを見渡せば、口は悪いが年寄りばかり。女性がいればまだテンションは少しは上がるだろうが、生憎いても中年から初老の女性が終わろうとしている人がチラホラ。
そもそも若者すら和永と彩都くらいで、昨今の若い棋士の活躍の注目度からはかけ離れ、それとは反比例して若者が将棋をするキッカケにはならなかった様だ。
「それくらい私も分かってるわよ!」
記憶力は定かなのかと疑いの目で見られ、心外だと言い返す。
「それは良かった」
「将棋の相手をして欲しいと誘った理由がねぇ……」
彩都は、他でもない和永の将棋を誘った理由に引っかかっていた。
なんでも、レイの祖父が将棋をしていて、相手を何度かさせられているが、強すぎて手が出ないと言う。加えて、レイに気に入られるには祖父を味方につけたいが、将棋が弱くて気に入られる気がしない、と言う理由だった。
要は、強くなって祖父に気に入られたいと言う理由に呆れ返った。
「あんた、努力の方向性がおかしいのよ……」
「そんな事ないだろ?周りから固めていくのも一つの手だって、公斗が言ってたぞ」
アドバイスを貰う相手もおかしいと心の中で彩都は盛大なため息をついた。
余り恋愛に対して積極的では無い公斗に聞いた所でたかが知れている。ましてや公斗の彼女は恋愛に軽い美奈子だ。全く役に立たないではないか。
「だからってねぇ……もっとやり方があるでしょ?」
「わっかんねぇよ……」
「聞いたわよ?あんた、フォボスとディモスだっけ?レイの飼ってる烏も味方につけようと日本野鳥の会に入ったんですって?」
呆れた声で彩都は和永に質問した。
フォボスとディモスと仲良くするのに、何故、日本野鳥の会へ入会なのか?発想が斜め上過ぎてもう理解不能だった。
「情報はえ〜な」
「何故、味方に付けるために日本野鳥の会なのよ?」
彩都の疑問も当然だ。日本野鳥の会と言えば、野鳥観察は勿論、あの紅白歌合戦の白と赤を集計をする事で有名で、彩都もそれを思い浮かべていた。
「烏だって野鳥だろ?フォボスとディモスの見分けがついたらレイも二羽も嬉しいだろ」
真剣な眼差しで話す和永を見て、本気で言っている事が分かり、彩都は益々呆れてしまった。
「で、見分けは?ついたの?」
「いやぁー、アッハッハッハッハッ。これが全くつかないばかりか、他の烏とも見分けつかなくて」
苦笑いで後頭部に右手を当てて撫でながら和永は答える。その姿を見た彩都は、そんな事だろうと思ったと無駄な時間を過ごしているなと感じた。
「でも、野鳥には詳しくなった!」
いや、野鳥に詳しくなったとて!
結局はフォボスとディモスを見分けられないのだから意味を成していない。
と言いたいが、真剣な表情で無駄にキラキラさせて言い切る和永に、流石の彩都もツッコミづらいものがあった。
まぁ、入会してまだ1ヶ月程なのだから、成果が出なくて当たり前か。とりあえず長期戦で待とうと考えた。
「肝心な人を忘れてない?」
「え、誰だろう?」
将棋の駒をパチンといい音を鳴らしながら、話題を少しずらす。和永は、思い当たらないと言った風に考え込む。
「あ、美奈ちゃんか?」
一番協力してくれそうな人物を失念していたことに、和永は悔やんだ。それどころか、美奈子とはレイの事でマウント合戦の揚げ足の取り合いをしていた。
つまりは仲が悪い。レイの親友であり、愛の女神。味方に付ければこんなに頼りになる人はいない。
「美奈子じゃないわよ、馬鹿!」
今度こそ大きなため息が漏れた。
本当に努力の方向性がおかしい。
頭の中は一体どうなっているのだろうかと覗きたい衝動に駆られる。
「馬鹿って何だよ!誰なのか、さっぱりだ。教えてくれよ」
「……レイの父親よ!」
それぐらい分かりなさいよと彩都は呆れながら言葉を続ける。
「生きて政治家しているんでしょ?」
「でも、レイは嫌ってる」
父親も味方にと思った事もあったが、男嫌いの元凶となったであろう父親と仲良くするのは逆効果だと考え、早々に候補から外したのだ。
「どうせ結婚するんでしょ?秘密裏に味方に付けるのも手よ」
政治に興味あるなら尚更。ただの好奇心と勉強の一環で近づいてみればいいじゃないと彩都は最もらしくアドバイスをする。
「そっか。うん、それもそうだな」
単純馬鹿な和永は、彩都のアドバイスに素直に頷いた。
「うっ、負けました!」
考えが纏まった頃、将棋の勝負もついた。
彩都の圧倒的強さにより、和永は打つ手が無く、あえなくあっさり負けたのだ。
「お祖父さんは諦めなさいな。あの人、プロじゃないけれど、確か二段よ。私より強いんだから」
実は何度かレイの祖父と手合わせをした事があった彩都は、その時に色々聞き出していた。
「しかももう50年以上やってるんだから、あんたなんか足元にも及ばないのよ。私でも、亜美でも手が出ず瞬殺だったんだから」
無謀ってもんよ!無知ゆえの挑戦には買ってあげるけどねと和永を労った。
「そ、そんなぁ〜〜〜!!!」
有段者だったと知り、落ち込む和永であった。
おわり
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