セラムン二次創作小説『オーバーロード』
先程からマスターの姿をお見かけしない。
ついうっかり仕事で聞きたい事が出来てしまい、マスターの自室に行ったが最後。
ドアを叩き、応答を待ったが返事は無し。
仕方なくドアを開け、一通り見渡すがもぬけの殻。
それどころか人がいた気配も形跡もない。
「仕事が一段落したから自室で休む」
そう聞いていたのだが、あれは我々の目を欺く為の嘘だった様だ。
どこで何をしているか?考えたくも無い。
きっと月の姫君と会っているのだろう。
……苦労が増える。はぁー(深いため息)
「どうしたんだよ、クンツァイト。ため息なんかついて」
「ああ、ジェダイトか……。いや、何、またマスターがどこにもいなくてな……」
「“また”か。マスターも飽きないな?ハハハ」
「笑い事ではないぞ、ジェダイト。一緒に探せ」
「ええ、面倒臭い……」
城の中を一通り探し、それでも見つからず最悪の結論に達した所でジェダイトに遭遇した。
「けどまぁ見かけたらクンツァイトの部屋へ行くように伝えておくよ」
「頼んだぞ」
ジェダイトとは別れ、再びマスターの捜索を開始する。
城の中にはもういないことを確認しているから、庭園辺りを行ってみることにした。
「珍しい奴が来たな~」
「……ネフライト」
庭園の手入れをしているネフライトに遭遇する。
広大な庭園を一手に任されている。
ここにネフライトがいるのは珍しい事ではない。寧ろ日常茶飯事だ。
だが、探している人物ではない事で落胆する。
「眉間にしわ寄せて難しい顔をしてたら、せっかく綺麗に咲いてる花々が怖がって萎れちまうぜ。もっと笑顔でいてくれよ」
「気難しい顔してすまないが、元々なんだ仕方ないだろ」
「で、リーダーは何しにここへ?」
「マスターを探しにな。来てないか?」
「うんにゃ?見てねえよ?“また”いないのか?」
顔をこちらには向けず、花の手入れをしながら呆れながら答えてきた。
この様子だと来ていても気づいてない可能性すらある。疑わしいが、この広さだ。いても分からない。信じてやる事にした。
「まだお前はここにいるか?」
「ああ、いるぜ?」
「もしマスターが来たら俺の部屋に来るよう言ってくれ」
「了解!」
城の敷地はやはりいない。
そう確信し、敷地の外へと足を運ぶことにした。
一通りざっくりと探したものの姿は見えない。
仕方なく諦めて帰る事にした。
「随分と手こずっているようだな、クンツァイト」
「ゾイサイトか?ああ、まぁな。またマスターが見つからんからな」
「探し回ったってとこか?マスターも飽きないねぇ」
「感心している場合では無い。大人になってもこれなのは色々と問題だ」
帰る途中、視察から帰ってきたゾイサイトと一緒になる。
マスターに手こずる俺を楽しそうに見ている。
「特に最近のマスターの行動の先には月の姫君がいるからな」
「余り大きい声で他言するなよ、ゾイサイト。ただでさえ禁忌を犯してるんだ。この事が知れたらどうなるか……」
その先は考えたくも無いことだった。
我々の目を盗んでいなくなることだけでも問題なのに、その理由がもっと最悪だ。
月の姫君と恋に落ち、お互いに城を脱走して逢瀬を繰り返している。
この事は今はマスターの側近である四天王の俺たちだけしか知らない。
しかし、こうも周りが見えなくなっていてはきっと周囲に誤魔化したりできなくなる。バレるのも時間の問題だ。
「我々の目を盗んで居なくなるのも問題だしな。どうにかした方が良いのでは?」
「何か手があるのか?」
「公認してしまえばいい」
「禁断の恋をか?馬鹿な!」
「まぁそう言うなって!最悪の事態は避けたいだろ?ならいっそ公認して護衛を付けて堂々と会わせればいい」
ゾイサイトの言う事は正しいし一理ある。
しかし、リーダーと言う立場で公認する事には葛藤がある。
これ以上秘密裏に会われ、今日みたいに探し回ることになるのも面倒だ。
それに我々の目が届かない所で危険な目にあわれ、もしもの最悪の事態になる事は何としても避けたい。
ましてや月の姫君までそのような事態になれば色んな意味で地球国の危機だ。
「黙り込んで難しい顔して、そんなに気難しく考える事か?我々にとって何が大事なのか、だろ?」
「そうだが……」
我々にとって一番大事なのはマスターだ。
純潔と慈愛の騎士の名のもとに忠誠を誓っている。
だからこそ、この件は悩みどころだ。
二つ返事では決められない。
「まぁクンツァイトがずっとマスターを探し回りたいなら俺は別にいいけど」
「それは実に効率が悪くなるから断じて嫌だな」
「じゃあもう答え出てんじゃないか?」
そう言ってゾイサイトは自室へと帰って行った。
ゾイサイトは頭が切れる。
だからこそ相談相手としては申し分無い。
アドバイスも的確だ。
一目置いている。
そのゾイサイトが言うのだから公認すべきなのだろう。
今後もこんな事が繰り返されると余計な仕事が増える事も間違いない。
素直に公認し、護衛を付ける方向で考えた方が良いのかもしれない。
負担はなるべく軽減したいものだ。
マスターの為の負担なら喜ばしい事だが、恋愛ごととなると話は別だ。
頭の中で葛藤しながら自室に戻ろうと思ったが、もう一度マスターの部屋へと向かう事にした。
探している間に戻って来ている可能性があったからだ。
トントンッ
「……」
やはり返事は無く、帰っていない。
頭が痛くなる。
仕方なく自室に帰り、残りの仕事をして気を紛らわせることにした。
「お疲れ様です、クンツァイト様」
「ああ、アドニスか」
最近俺の下に就いたアドニスが今日の任務の報告に来た。
「随分と手こずってましたね」
「マスターには苦労させられる。幼少期から我々の目を盗んでいなくなる達人だからな」
そう、マスターの逃げ癖は幼少期からの病気の様なもの。
幼少期から我々は探させられていた。
見つかると嬉しそうにしていたな。
まるで我々に見つけてもらいたかったみたいに。
あの頃は子供特有のイタズラだっただろう。
しかし、今はもう大人だ。
暫く逃げ癖は無かったが、月の姫君と出会ってからはまた悪い癖が出てきてしまった。
生まれた時からこの城に住んでいるマスターは我々よりもこの城や周辺には誰よりも詳しい。
我々も詳しいが遥か上を行っている。
そこに大人になり、頭が切れる様になったが故、余計に知識が付いてしまい、中々探しても見つからない。
その結果が分かりやすく出たのが今というわけだ。
苦労が絶えない。
「アドニスはマスターを見てはいないか?」
「今日は一度もお会いしてはいません」
「そうか。もし見たら」
「クンツァイト様の部屋に来るよう、お伝えしておきます。では、失礼します」
良く出来た奴だと改めて感心する。
アドニスが来たおかげで仕事も少しは軽減されたと感じている。
しかし、それと同時に余計な気苦労は増えて行った。皮肉な話だと嘲笑う。
トントンッ
暫く集中して仕事をこなしているとドアの音がなり、ハッとなる。
「クンツァイト、俺だ」
そう言って入ってきたのは、ずっと探していた人だった。
「マスター、漸くお戻りになったのですね?」
「すまない。ずっと探してくれていたとベリルから聞いてな」
ベリルとは探し始めた時に出くわした。
その時はまだ探すのに時間を費やし、こんなに探し回らなければならなくなるとは思いもしなかったが……。
「“また”どこかに行ってしまったのか?王子も飽きないな」
「ああ、全くだ。我がマスターには手を焼かせられる」
「と言いつつ楽しそうだな、クンツァイト」
等と軽口を叩いていたのだが……。
ベリルが言う通り気苦労は御免こうむるが、マスターの事に関しては探す事も別にそこまで嫌という訳では無い。
これも責務の1つと考えると、まぁ満更でもない。
しかし、これが月の姫君と秘密裏に会っているとなると話が別だ。
それをベリルが知ったらどうなるか……。
考えるだけで頭が痛い。
隠し通さねばならない。
まだ今はただの気まぐれから来るサボりと思っているが、マスターに恋人が出来たとなるとベリルはどんな反応をするのか。
考えたくもないからかな。
「どこで何をしていたのです?概ね察しはつきますが……」
聞きたくはないが、聞かざるを得ない。
返答によっては色々と考えなければならない。
「我々に内緒で、月の姫君と会っていたのではないですか?」
「……バレてたか」
「貴方のことは何でもお見通しです。どれ程御一緒していると、側近をしていると思っているのです?」
「そうだな。隠し通せるものでもないとは思っていたよ」
やはり想像していた最悪の結果だった。
ただのサボりであって欲しかったが……。
マスターもお年頃だ。恋をするな!とは言わないが、我々にまで内緒で秘密裏に会われては……。
「貴方はご自分の立場を分かってらっしゃるのですか?最近のマスターは少々向こう見ずになっていると感じます」
「……面目ない」
「本当に反省してるんですか?マスターに何かあっては遅いのですよ?」
「……すまない」
月の姫君と会って心が満たされた直後に説教をされるのは天国から地獄だろう。
返す言葉も無いのか、一言謝るだけ。
可哀想に思うが、今後もこんな事が繰り返されては身が持たない。
ゾイサイトの提案を甘んじて受け入れ、折れてみようと考えた。
「今後は我々が護衛に付きます」
「……いいのか?手を煩わせる事になるが?」
「どこにいるか探し出せないよりはましです」
「ありがとう、クンツァイト」
「いえ、いいですか?百歩譲って護衛につくだけです。あなた方のお付き合いを認めた訳では無いです。あくまで任務の一貫です」
これ以上秘密裏に会わない様にする為の応急処置の様なものだが、それでもマスターからするとプラスになるのだろう。
マスターもだが、月の姫君も大切な命だ。
何かあっては我々の面子にも関わる。
しかし、こちらもこんなにマスターに手こずっているというのに、月の王国の者達は姫君に苦労はしていないのか?
そんな疑問を抱いてしまう。
姫君自身が地球に降り立つなんぞ許されることではない。
ましてやそこで恋に落ちるなど、神への冒涜。
「あちら側は心配されては無いのですか?きっと貴方の入れ知恵でこっそりこちらには来ているのでしょう?」
「クンツァイトは何でもお見通しだな。お前の言う通り、側近の目を盗んで来ているよ」
「後ろめたいという気持ちはあなた方には無いのですか?みな、心配しているのですよ」
「勿論、後ろめたさはある。悪い事をしてると分かってる!だけど、止められないんだ。愛してるんだ、心からセレニティを」
反省の意はあるものの真剣に月の姫君への思いを吐露するマスターに複雑な気持ちを滲ませる。
心から応援したい気持ちと、今後の為にも強く反対しないとと言う気持ちで天使と悪魔が戦っている。
そう、この恋にゴールなどないのだから。
マスターも月の姫君も傷つかない、傷が浅いうちに終わらせるべきなのだ。
分かっていても強く言えない私も甘いとつくづく思ってしまう。
「仕方ありませんね。今だけです。程々に節度を持って姫君と会ってください」
「分かってくれてありがとう、クンツァイト」
感謝されるような事は何もしていない。良心が痛む。
毎回探すよりはどこで何をしているかが一目瞭然だという理由で堂々と姫君と会うことを許したまでのこと。
気が済んで会うのを止めてくれるまでの我慢に過ぎない。
その後、マスターと仕事の話を速やかに済ませた俺は、つくづくマスターに甘いと反省するに至った。
そして翌日、月の姫君と会うマスターの護衛をする事になったと四天王に伝えると「勝手に決めるな!」とか「めんどくせえ」等と漏れなく文句を言われる事になった。
予想はしていたが、憎まれ役も中々に大変だ。
ゾイサイトには「結局俺の提案を飲んだんだな」とからかわれたが。
おわり