セラムン二次創作小説『過去を取り戻したくて』


「うわぁ~このグラドル、すっげー巨乳!揉みてぇ~」

「本当だ。何カップあるんだろう?」


都内でも有数のエリートで頭のいい男子が通う中高一貫校の中等部のとある教室で日常茶飯事的に繰り広げられる男子校特有の会話の1つ、“下ネタ談議”。

IQがいいと言っても思春期の年頃の男の子の為、普通に女性について興味がある。

そんな会話を隣の席でクラスメート達が毎日毎日休み時間毎によく飽き足らず繰り返し話すな?と冷めた感じでいつも本を読みながら衛は思っていた。


中学に入学してから高貴な見た目とどこか冷めた雰囲気から周囲を寄せ付けず、ほとんど誰とも関わらず、ずっと1人で過ごしていた。

下ネタで盛り上がる同級生に嫌気がさしていることもあり、打ち解けることも出来ないでいたのも友達が出来ない原因の一つでもある。

出来るなら一生この輪の中に入らず中学時代を終えたい、そんな事を思っていると突然その平穏な日々は1人の男子の質問で一変する事になった。


「なぁ地場?お前も下ネタとか興味あるよな?」


話しかけられるとは思わなかった衛は困惑し、周りの奴らも驚きを隠せない様子だった。


「増田、チャレンジャーだなぁ~」

「え?そうか?気になるだろ?」


衛の隣の席の増田は勇猛果敢にも下ネタを振ってきた。


「地場はダメだって!」

「何でだよ?もしかして同性愛者?マジ!?俺、地場になら抱かれてもいいぜ?」

「…」


何でそっち方面になるんだよ?俺、ゲイでもなんでもねぇよ!と思ったものの答える気にもなれず無言を貫いた。


「ちげーよ笑こいつ、夢の中の顔も名前も知らない女の人に恋してんだよ!」

「何やその話、詳しく聞かせろや!オモロそうやんけ」


人のプライベートでデリケートな部分を勝手に喋るなよ!と絶句する。


「おい、八神!」


八神にうっかり喋ってしまった自分にも落ち度はあるが、他人の事を普通第三者に喋るか?そんな事思わないだろ?と心の中でデリカシーのない奴だと悪態を付く衛。


そう、衛は前に八神に話していた。

いつも繰り返し見る見知らぬ銀髪のドレスを着たどこかのお姫様の夢の話をうっかり喋っていた。

いや、喋りたかった訳では無い。

気づけば答えていたと言った方が正しい。


☆☆☆☆☆


それはある勉強合宿の時だった。


進学校に通っている為、夏休み、春休みは毎年全員強制参加しなければならない。


文字通り食事と入浴、そして寝る時以外の時間は引率の教師の厳しい監視下の中で1日中ただひたすらに勉強だけをすると言うクソつまらない合宿だ。


進学校に通っている俺達は別に一日中勉強するのは苦痛ではない。寧ろ勉強だけしていればいいなんて有難いし楽だ。


寝泊まりする部屋は4人一部屋。

勉強合宿最後の日、寝ていた時の出来事だった。


「おい、地場!大丈夫か?」


誰かに呼ばれ、夢から冷覚めると、目の前にいたのが八神だった。


「お前、大丈夫かよ?すっげぇ魘されてたぜ?汗まで大量にかいて、悪夢でも見てたのかよ?」

「ああ、いや…」


言い淀む。悪夢は確かに見ていたが、いつも同じ夢で、たかが夢、されど夢だ。夢に悩まされているなんて知られたくなかった。


「どんな悪夢だったんだ?すっげぇ苦しそうだったぜ?尋常じゃ無かった」


いつも同じ夢を見て魘されているとは自分では分からなかった。

まさかこんな形で知る事になるとは…。


クラスメートと言えど、顔見知りなだけで親しく喋る間柄では無いのに、とても心配そうな顔で質問してくる八神に申し訳なく思い、心が揺らいだ。


「話してみ?すっきりする事もあると思うぜ?まぁ無理にとは言わねぇけど」

「…八神は同じ夢を繰り返し見たりするか?」

「何だよそれ?そんなの見ねぇよ!」

「そうか…」


やはり同じ夢をいつも繰り返し見るのは自分だけなのだと確信した。


「どんな内容なんだよ?そんなに気になるのか?まぁ変な夢だと気になる事もあるから分からなくはないけど、流石にいつも同じってのは引っかかるな?」

「だろ?見覚えのない銀髪の何処かのお姫様の様な出で立ちの女の人に頼み事をされるんだ」

「へぇ~綺麗なのか?お前、そのお姫様に恋してるのか?お前も隅に置けないな!」

「バカ、ちげぇよ!」


アホな八神の合いの手によりその時の会話はそこで終了した。


そしてそれ以来、また八神とは接点が無いまま今に至ってしまった。


それがまさかこんな形でぶり返されるとは思いもよらず、困惑する。


“恋”と言う思春期男子にとっては凄い威力のパワーワードを発せられた為か、その場にいた隣の席の増田と時田は色めきたった。

普段クールで物静かにしている奴が夢の中の幻想に囚われていると言うギャップに興味をそそられたのかも知れない。


「夢の中のお姫様に恋か…そりゃ~ほかの女に興味無いはずやな!年上美女が地場の理想のタイプか」

「しかも現実にいるかどうか分かんねぇ夢の中のお姫様!そりゃ~俺達の話はつまんねぇよな」


大人の恋をしていると思ったのか、下ネタ話に入っていかず1人で過ごしている事を妙に変な方向へと納得している増田。


恋がどんなのかは正直全く分からないし、今の自分には程遠く、それどころではない。

けど、夢の中の女性とその内容について気になっているのは確かだった。


自分自身もそれ以上の事は分からない為、これ以上の広がりはなく話はそこまでになった。

ちょうど次の授業のタイミングになり、予鈴がなる。



同級生より大人びていて落ち着いているのには理由がある。


6歳の時、両親と事故で死別した。

俺自身も大怪我をし、記憶を綺麗さっぱり無くしてしまった。

それだけの大事故だったにも関わらず、何故か俺だけ生き残ってしまった。それがとても不思議だった。


「君は地場衛だよ」


目覚めて病院でそう告げられたが…思い出せない。

俺は本当に地場衛なのか、それとも…

別の誰かなのか、何も…


何も分からないままに病院を退院した後は父方の祖父母だと言う人達に引き取られた。

その後も親戚だと言う人達の家を転々として学校もその都度転校し、落ち着かない小学生時代を過ごした。

自分が誰か分からない中、親戚だと言われても覚えても無い中で次第に遠慮し、肩身が狭い思いをしてごく自然に精神的に大人になってしまっていた。

それが逆に叔父や叔母、祖父母には寂しかったかもしれない。

自分で居ずらくしていたように思う。


そしてその頃から繰り返し何度も同じ夢を見るようになった。


“「幻の銀水晶」をお願い…”


見覚えのない女の人からの、知らない宝石の捜索願い。


最初は気にも止めていなかった。


全く知らない女の人、聞き覚えの無い宝石…

ただの夢だと気にしていなかった。


でも余りにも同じ夢を繰り返す為、次第に気になり始めた。


6歳までの記憶がない事もあり、自分を知る為にももしかしたら何か手がかりになるのかもしれない、そう思い始めたのは中学に入学してからしばらく経った頃だった。


しかし、“幻の銀水晶”とは一体…?

どんな形でどのくらいの大きさなのか?

色は銀水晶と言うだけあるのだから銀色に光っているだろうことは想像出来る。

ただ、幻のと言うだけあって中々見つけられないのではないか?

情報量があまりに少なく、前途多難な難題に愕然とする。


過去の自分を知る為の旅はやはり容易ではないのか?

そもそも“幻の銀水晶”を探して見つけられたとしても過去を知れるとは限らないー。


でも繰り返し何度も同じ夢を見るのにはやはり理由がある様に思う。

もしかすると大事故でも自分だけ生き残ってしまったのも生きなければ行けない理由があったからなのでは無いか?

記憶さえも失い、孤独に1人で生きるのに何の意味があるのか?

あの時、自分も両親と一緒に逝きたかったとさえ思い詰め、生きている事に嫌悪感すら抱いていた。


それでもその中で、助けて貰った医者に恩義を感じて、自分も恩返しに医者になろうと絶望の中にも夢と希望を見つけ、死にものぐるいで勉強を頑張った。

そのお陰か、こうして都内有数のエリート校に入学できた。

孤独なのがかえって良かったのかも知れない。

夢を見つける事で自分の存在意義と生きる意味を見出そうとしていた。

早くに亡くなってしまった両親の為にも生きなければ行けないとも思える様になった。


しかし、やはり自分の思いとは裏腹に何の手がかりも無く過去の記憶も夢のことも分からぬままに時は悪戯に過ぎていった。

まるでまだその時では無いかのように…。


☆☆☆☆☆


病院で目覚めて「地場衛」と言う名前を与えられた時、同時に与えられた物があった。


“ムーンフェイズの懐中時計”だ。


大事故だったにも関わらず、これだけは壊れずにそのまま綺麗な状態で残っていた。


事故のあった日は俺の6歳の誕生日だった。

いや、これも記憶を失ってしまっているから覚えていない。

誕生日がいつなのかの記憶もない。

事故をして運ばれてきた日が8月3日だと医者から聞かされた。

目覚めたのはそれから暫く経っていて、長らく昏睡状態で意識不明の重体だったとも言われた。

医者や看護師から聞かされる自分のアレコレを聞いても記憶を失ってしまった俺にはまるで他人事でピンと来なかった。


ただ、プレゼントとして懐中時計が入っていた所に両親からと思しき人達から手紙も添えてあった。

その中に誕生日プレゼントだと書いてあった。


“愛する衛へ

お誕生日おめでとう

ムーンフェイズの懐中時計を贈ります

6歳で時計は早いと思ったけれど、

何故かとても惹かれてあなたに合うと思いプレゼントする事にしました。

パパとママから大切な衛へのプレゼントです。

気に入ってくれると嬉しいです。

いつまでもあなたのことを愛しています

あなたのパパ、ママより”


確かに6歳に時計は早い。

手紙には書かれてはいなかったけれど、同じ時を刻もうと言う意味合いも込められていたのではないか?

その代償で両親は逝ってしまったのでは無いか?


不吉なものだと思ったが、両親との唯一の繋がりであり、贈り物の為迷った末に大切にする事にした。


この懐中時計を持っていれば両親の事が思い出せるのではないか?

そして6歳以前の自分の事も知れるのでは無いか?

両親も記憶も無い孤独な俺は、こんな物に縋るほどに過去を知りたかった。

本当の自分を取り戻したいと思った。


両親からの贈り物だからアミュレットとして持ち歩いていればいつか幼少期の記憶を取り戻せると考えた。

子供ゆえの安易で幼稚な考えではあったけれど、縋る思いだった。


普通であれば自分の誕生日に両親を失った事に絶望と罪悪感を抱くものだと思うが、記憶が無い事もあり、絶望感こそあれど罪悪感と言う物はそれ程生まれなかった。


事故前の自分はどんな人間だったのだろうか?

事故で両親も記憶も失い、同時に感情も失くし、人に興味も無くなってしまった。

夢はカラーで見るものの、現実では色の無いモノクロの世界の様だった。

俺の暗い過去に囚われている事が同級生達のように色んな物に興味を持てない冷めた思春期を送る要因だった。


興味があるものと言えば6歳以前の自分と両親、そしてその手がかりとなるかもしれないいつも繰り返し何度も見る夢ー。

大凡の思春期男子の興味とは程遠いものだった。


だから同級生達が等身大の思春期を送っているのが羨ましく思う反面、結局過去があっても、取り戻せても同じなのではないかと半ば諦めていた。



そしてある日、アミュレットとして大切に肌身離さず持っていた記憶にない両親の形見である懐中時計を壊してしまった。


小学生時代は親戚だと言う叔父叔母の家を転々として港区外にいたが、中学を通いやすい様に学校のある麻布へと拠点を移して一人暮らしを始めた。


誰とも関わらず、気を遣わず、夢を見ること以外は平穏な日々を送っていた。


そんなある日の午後の出来事だった。


学校帰りに家路に向かっていると曲がり角で凄い勢いで何かとぶつかった。


そしてその勢いで尻もちをついてしまった。


猫か野良犬か?あまりの衝撃と突然の出来事に何が起きたか分からず混乱したが、顔を上げ、前を見て瞬時に理解した。女の子だ。


「いったぁ~~~~~~いぃ」


恐らくこの子が周りも見ず、突進してきたのだろう。

その勢いでぶつかり、転んだと言った所か?

こっちも痛いんだけど?と思いながら尻もちをついたお尻に違和感があったので恐る恐る見てみると、例の懐中時計だった。割れている。衝撃で壊れてしまったのか、針が動いていない。

あの大事故でも壊れず綺麗に時を刻んでいた懐中時計なのに、こんな意図も簡単に壊れるなんて…。

絶望だった。唯一の両親との繋がりが…。過去の記憶の頼りとなりそうなアミュレットが…。


「痛いじゃないか、そこのたんこぶ頭!俺にまでたんこぶ作る気か?」


思いやりの無い言い方になってしまったが、こっちは大切な物が壊れたんだ。大人気ないが、嫌味のひとつも言いたくなった。


「これはたんこぶじゃ無くてお団子って言うんだもん!たんこぶじゃないもん」


逆ギレしてきやがった。

ぶつかっといて謝りもなしなんて、失礼なやつだ。


「ってあぁ~!せっかく買ってきたたこ焼きがぁ~」

「良かったじゃないか?共食いしなくて済んで。たこ焼き頭!」

「…っだからぁ~たこ焼き頭でも無いの!お団子頭なの!」

「ハイハイ」


自分の不注意でぶつかっておいて謝ることもせず、たこ焼きが落ちたことを嘆いている。

落として悲しいのならもっと注意深く周りを気にして歩けと思ったが、きっと本人に言っても性格もあるから治らないだろうと心の中で思っていた。

こっちだって懐中時計が壊れたんだ、他人のたこ焼きの事なんて正直どうでもいい。


どうしたものか?と壊れた懐中時計を茫然自失になりながら拾いあげて手に取る。

直るだろうか?と手の中の懐中時計を見ながら修理に持っていこうかと考えていたら不思議な事が起きた。

手からオーラのようなパワーが溢れ出てきた。

驚いていると、みるみるうちに壊れた懐中時計が元に戻って行く。

そしてあっという間に完治し、再び秒針が時を刻んでいく。

不思議なこの力は一体ーーー。


手を見つめるとごく普通の掌だが、今しがた放ったオーラのせいか、熱い。

この能力は一体…?いつからこの能力が宿っていたのだろうか?


「うわん!擦りむいて血が出てるぅ~」


たんこぶ頭もとい、たこ焼き頭改めお団子頭が今度は大泣きし始める。

俺も大概不注意だったのかもしれないと懐中時計が直ったことで心にゆとりが出来、気遣って優しくしてやる事にした。


今しがた懐中時計が直ったように、お団子頭の傷もこの能力で治せるのでは?と思い、一か八かやってみようと擦りむいている右膝に手を翳して集中してみる。


頼む!治ってくれ!そう願いながら集中するとパァーっとまた掌からオーラが放出され、みるみる治って行った。


「うわぁー、お兄ちゃん凄い!傷が治った!ありがとう」


今度はびっくりしたかと思えばクリクリとした目をして笑顔でお礼を言って来た。

コロコロと表情が変わる不思議な子だと思った。


咄嗟のこととはいえ、こんな本人もさっき知ったばかりの能力を知らない女の子に使ったのは軽率だったかもしれない。

怖がられたり、変な顔で見られてもおかしくないのに、初めて会った女の子に使用するなんてどうかしている。

でも何故かこの子は大丈夫だと直感した。根拠は何も無い。

案の定、怖がらず受け入れて喜んでくれたようだった。


「お兄ちゃん魔法使いなの?」

「んなわけないだろ」


いかにもそういう事を信じてそうだと思った。


「もう痛くないだろ?立てるか?」

「うん、ありがとう!また会える?」

「さぁな?タイミング良ければまた会えるかもな?」 

「じゃあまたね!」


…またね、か?

しりもちを着いて痛がっていたその子に手を差し伸べ、立たせてやるとお礼を言いながらお団子頭は去っていった。


不思議な出来事と出会いだった。


この日を境にあの夢はより一層強くなり、ヒーリング能力は開花して行った。


☆☆☆☆☆


ヒーリング能力に気づいた俺は、それ以来この力で他に何が出来るのか?研究する事にした。


そしてどうしてこんな力が宿っているのか?何のための能力なのか?いつからこの力があったのか?考えるようになった。


もしもっと早くに気づいてきたら、両親は死なずに済んだのではないか?とさえ考えてしまう。

いや、あの時に能力があっても助けることが出来なかったかもしれないし、能力自体なかった可能性だってある。

両親の死、それは運命だったのだと受け入れることにした。


壊れたものは簡単に直せるし、他人の怪我も治せる。つまりは再生能力と治癒能力。

誰でも治せるかは不明だ。特殊な能力だけに誰にも知られるわけには行かない。その為、あれ以来人前ではこの能力を使用していない。

そして自分の怪我も治せる。

普通はこの手の能力だと自分の為には大抵使えないものと相場が決まっているが、どうやら違うようだ。

何故自分の怪我も治せるのか?答えは出なかったし、これ以上この能力で何が出来るのかも煮詰まってしまった。


本屋や学校の図書館等でこの不思議な能力についての本を探しては読み漁る日々も始まった。この能力は所謂“ヒーリング能力”と知った。

何はともあれ困った時は本に限る。


何を隠そう“幻の銀水晶”についても本屋や図書館を周り、それらしい本を手にしては調べたのだから。しかし何の手がかりも無く、今に至る訳だが…。


ヒーリング能力について色々勉強した。

自分に特殊能力があると知るまで超常現象と言った類のものは興味は無かったし、それどころか全く信じてもいなかった。

けれどよく考えるとあの大事故でも壊れずにいた懐中時計の事を思えば、これも自身の能力によるところが大きかったのかもしれない。


それにあの夢もこの能力と何か関連があるのかもしれない。

そう考えると色々と辻褄が合う気がしてきた。


“幻の銀水晶”と聞いたことも無い宝石、それが俺の過去と特殊能力が備わっている答えをくれるのでは無いか?


益々探す理由が出来てしまったが、やはり探す術を持たずにいた俺は途方に暮れ、夢に魘される日々を送り、何の進展もないまま、そしてあのお団子頭の女の子の事もすっかり忘れ、無情にも中学時代は終わってしまった。



☆☆☆☆☆


結局、中学時代は特殊能力の目覚めと“幻の銀水晶”探しが発展しないまま終わってしまった。


繰り返し何度も同じ夢を見始めてから9年は経っていた。


小学生時代は不思議な夢だと思ったし、女の人に当然だが見覚えが無かった俺は、記憶喪失で思い出せない母だと思った事もあった。

しかし違っていた。親戚の家で過ごしている時、叔父叔母から見せてもらった写真の中の母とは全く別人だった。


それでもキーパーソンなのだろう。

俺の過去を知っていて、導いてくれる存在なのだろうと、そう期待混じりに漠然と思った。


中学時代はヒーリング能力に気付き、余計に自分の過去について執着するようになった。


そして高校に入り焦った俺は自分で出来る範囲で行動するしか無いのでは?と感じていた。


どうしようかと考え巡らせているとそのまま寝てしまった様で、またあのいつもの夢を見ていた。


また同じ内容だろうとウンザリしていたが、今回は違っていた。


「幻の銀水晶をお願い…」

「幻の銀水晶とは一体、どんなものなんだ?何故、探さなければいけないんだ?それが俺の無くした記憶と関係があるのか?どこを探せばいい?俺には何の術も…情報も無い!」


事もあろうに女性に話しかけていた。

出来る範囲で行動するしか無いと考えていた結果だろうか?

先ずは夢で女性に話しかけると言う行動に出たらしい。


「銀水晶は貴方の記憶の道しるべ。探し出して守って」

「でも、どう探せばいいのか…」

「貴方のそのヒーリング能力と幼少期から持っているムーンフェイズの懐中時計で銀水晶を探すに相応しい格好になって、そして貴方の大切な人を思い出して」


どこからともなく6歳の誕生日に両親から貰った懐中時計が女の人の手の中に収まっていた。

そして話しながら俺に近づいてきて懐中時計を差し出して来た。


それに触れると辺りが光に包まれ、次の瞬間俺はタキシードを着て女性の前に立っていた。

女性を見るととても満足そうな顔をして話しかけてきた。


「貴方に良く似合っているわ。とっても素敵よ!」

「この格好は…?」

「貴方にとってとても大切な人を探す為の目印よ。きっと気に入ってくれると思うわ。そしてこの懐中時計も幻の銀水晶を探す事にきっと役に立つわ。正体を知られない為にも仮面も付けてね」


優しい声で楽しそうに微笑む女性は今までのどこか寂しそうな憂いを帯びた顔とは違い、嬉しそうに喜んでいるように見える。


幻の銀水晶と過去を探すだけでなく、俺にとって大切な人も探さなければならないのか?一体どういう事なのか?


「大切な人とは一体誰の事なんだ?」

「貴方自身の過去を紐解いてくれる大切な人…」

「それはどんな人なんだ?」

「時が、迫ってきている。目覚めの時が…」


そこで目が覚め、気付くと俺は夢と同じタキシードを来て、仮面をかけていた。

これが幻の銀水晶を探すに相応しい格好か…。

確かに宝石を探すのだからこれが一番良い正装である事は間違いない。怪しまれずに済みそうだ。

それに大切な人に気づいてもらえる目印にもなる、と。

形見として肌身離さず持っていた懐中時計もまさかこんな形で役にたつなんて思いもよらず、動揺した。

新たな課題も増えてしまい、益々幻の銀水晶を探す事に執着して行った。


そしてこの日から夢遊病者の様に夜の街を幻の銀水晶を探すために徘徊し始めた。

タキシードという正装をしている事もあり、宝石店を探す事にした。


どんな手段を使っても手に入れようと心に決めていた。


半年ほど夜な夜な徘徊して探していたが、やはり大きさや形が相変わらず分からないため、苦戦していた。

夜な夜な徘徊だけでは限界があると思い、高校2年に進級したタイミングで昼間も探そうと決意した。

宝石店の店員に怪しまれないようにと昼間もタキシードを着て行った。

元麻布高校の制服姿では幻の銀水晶が宝石店で見つかった所でまだ所詮子供の俺には売ってくれそうもない。丁度いい正装だ。


もしも宝石店に幻の銀水晶があればどれだけ高くても買おうと決めていた。

お金は正直いっぱい持っていた。

両親が死んだ時、莫大な保険金が入ってきたし、父は会社を経営していたらしく資産家で金持ちだった様で、その財産がそのまま俺に入って来てお金には困っていなかった。


そんな昼間にタキシードを着て麻布のデカい宝石店に行き着いた俺は、たんこぶ頭の中学生らしい女の子に30点の答案用紙をぶつけられた。


まさかこの出会いが運命の出会いになり、更に俺の運命を動かしていく事になるとは、この時の俺は知る由もなかった。





おわり



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