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わたしの北極星

大人が嫌いな子供だった。
大人たちもまた、私に目を付けていたから、指導を受けることは日常茶飯事だった。
理不尽なことも納得できないことも我慢できないし、媚びたりお世辞を言うのも苦手な性分なもので、仕方がない。オマケに弱みを見せたり甘えたりするのも苦手である。
そりゃあ大人たちに目を付けられやすいわけだ。

社会人になっても、上司なんかクソ喰らえと思っていた(今も部長と課長にはそう思っているが、その話はまたの機会に)。
小学校高学年ごろから現在に至るまで、尾崎豊の「卒業」みたいな精神。いい加減にしなさい、わたしよ。

そんなわたしにも信頼と尊敬120%の上司がいる。
40歳の女性管理職。ふたりこどもがいる。
入社はわたしとちょうど15期離れていて、よく「15個下だとなにしてても孫みたいに可愛い」と言ってくれるけど、見た目は15も離れているようには見えないし、仕事はめちゃくちゃできて15以上離れているように感じる。そんなひと。

わたしは会社じゅうでいちばんカタくて厳しい部署で、上が言うことは絶対だから下っ端は黙って駒になれという空気に我慢できずに、ときどき上に対して意見した。正しいことは正しいと主張したい。
もちろん部長や課長には睨まれて、みんなの前で怒鳴られたこともある。
だけどいつもこのひとが助けてくれた。
役職も年齢も関係なく、下っ端のわたしの意見を丁寧にきいて、部長らに掛け合ってくれた。
そしていつも言う。
「私の若い頃みたいでほっとけないし、贔屓しちゃう」。
弊社の模範のようなこのひとに、いまのわたしのような時期があったなんて、到底想像つかないけれど。
 
わたしが部長や課長に詰められたあとは、わたしがひとりになったタイミングでかならず来て、「あおちゃんは、手応えがあるからイイね。納得していない時は納得していないことがわかるし、納得した時も手応えがあってイイ。いつもおなじ返事だけして、分かってるのか分かってないのかがわからない子よりずっと良い」などと言ってくれる。
わたしが先刻までゴチャゴチャいわれていた内容にはいちいち触れないで、それだけをいう。
そんなところが、なんだか信頼できるなとおもう。

お察しのとおり、わたしは部長やら課長やら、上司とはつるまない。
みんなは部長と飲みに行ったりしているみたいだけど、わたしは嫌いな上司がいる非公式の飲み会には、死んでも行かない。部署や本部単位で行われる公式の飲み会以外は、同期か、年齢が近くて友達みたいなやつとしか、会社の人間と遊ばない。
業務時間外に敬語使って気遣って飲みに行くだなんて、上司の奢りだとしてもいやだ。数千円のタダ酒が飲めたとしても、仲いいやつと500円のすき家に行く方がよっぽどいいのだ。
だけどこのひとに誘われたごはんにはかならず行く。「最近思ってること聞かせてよ」と言って誘ってくる。
ひとしきり話すと、「まっすぐ話してくれてありがとう」などと言ってくれる。15個下のガキの話をまっすぐ聞いてくれて、こっちこそありがとうございますなのに。

このひとは、人のことをよく観ている。
昨年の繁忙期、労災でけっこうなケガをした。とめどなく流れる血を眺めながら、明日からの業務をどうしようかと途方に暮れていた。痛みと出血で手が震えていたくせに、長女気質の本当によくないところ。役職者は全員会議中だったから、黙って早退して病院に行くこともできず、そのまま一時間超。全然血が止まらない。
会議から戻ったそのひとは、「あおちゃんのことだから痛いの我慢させちゃったね、ごめんね」と言った。みんながケガ自体に驚いて騒ぎ立てるなかで、開口一番、気持ちに寄り添うひとことが、こんなにするりと出るものか。それもわたしのタチを理解したうえで。
ほんとうにすごい。
このひとには、わたしの我慢はすぐにバレる。いつもそうだ。体調をくずしても、プライベートでなにがあっても。
自分を整えるためにすこし離席して戻ると、お菓子と手紙が置いてある。
他の誰にもバレていなくても、なんでもお見通しみたいだ。

ついでに言うと、わたしがレズだということもバレていたようで。いつかの帰り道、なぜか恋愛の話になった。
「あおちゃんは彼氏いるの?」「いないですね」
「じゃあ彼女はいる?」「います」
それだけ。こんなにシンプルなこと、なかなかなくないですか。
ふつうのことのように訊かれたから、ふつうに答えられたんだと思う。
それに、わたしはこのひとを信頼していた。思ったことを話してもバカにされたことがなく、他の人に勝手に漏らされたこともない。その積み重ねがあったから、気づいたら正直に答えていた。
それ以来、そのひとはわたしに恋愛の話を振るときには「パートナー」という言葉を使ってくれるようになった。ありがたいことだ。

そんなこんなで、上司なんかクソ喰らえ精神のわたしが唯一、120%で慕っているひとの話でした。
オチなんかないけど、このひとのお陰で今のところ辞めずに仕事を続けている。

15年後のわたしはたぶん、いまの会社にはいないし、OLでもなくなってるんじゃないかとおもう。
でももし仮に、職業がOLしか選べない世界線なら、社会人として15年後の目標は確実にこのひとだ。

わたしの北極星。
いつもありがとうございます。

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