飛び回る虫


久しぶりに書斎に籠る。
さっきから本の周りを一匹の小さな虫が飛び回っている。
狙いを定めて一発叩き、ハッとして二発目の手を止めた。
8月15日、もうそちらの世界への帰り時だろうか。
盆の期間は殺生をしてはいけない。
先祖の霊は虫に乗る、もしくは虫になって戻ってきているという話を昔に聞いたことがある。
なら、この虫も誰かが乗っているかもしれない。

二十歳になって、私にまつわる様々な話を聞いた。
その中には、私の父のことも含まれている。
私はもう既に親の位牌を持っていた。

父は私と酒を交わすこともなく行ってしまった。
父の好きなものも知らなかった。
私はあまりに幼すぎた。
二十歳という区切りを迎えたとき、父がどのような人物であったかを知った。

父は文学が好きな人であったらしい。
詩人では中原中也、小説家では江戸川乱歩や夢野久作が好きだという。
だから、私が文学にのめりこんでいく様子を見て母は「血」を感じたと。
私の記憶に父の読書好きなどない。

文豪のゆかりの地を巡っているとき。
各地の古書店や古本イベントへ行っているとき。
本を並べ、文学の話をしているとき。
ふと「父が居たら」と思う時がある。
大好きな酒を飲みながら、大好きな作家の話をしているのだろうか。
こんな娘を見て何を思うのか……

飛び回っていた虫は、いつの間にか居なくなっていた。

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