突然すみません、ところで私が探していのは貴方ですか。
午後八時半。堪らず家を出る。
エレベーターを降りるとすぐ目の前に通りが見える。
静まり返った交差点には車高の低い白のワゴンが止まっている。
後ろに続く黒のヴェルファイアに乗った助手席の女がこちらを見てくる。
プリーツの入った薄紫色のスカートがドアに挟まれて小さく波打っている。
久しぶりに見た人間の口元はぬらぬらと光っていて不快だった。
視線を引き剥がして歩道を歩く。
人通りはほどんどない。
手を繋いだ男女が私とすれ違うために一列に並ぶ。
なるべく視線を向けないよう気を付けて横を通り過ぎる。
夜を照らすための看板が煩くて、少し先の地面を見ながら歩く。
前方に止まったクラウンから、綺麗な女性が二人降りてくる。
大きなウェーブのかかった髪は明るい茶色で、黒のタイトスカートは彼女たちの太ももを半分しか隠せていなかった。
顔を正面に向けたまま、目だけで彼女たちの姿を追う。
その小さな鞄に何が入っているのだろう。
化粧の施された目元は夜に美しく咲いている。遠慮がちに塗られた薄桃色の口紅は儚さを演出している。あの人達と私が同じ性でこの世に存在している事実が上手く飲み込めずに喉に引っかかる。
もっと見ていたかったけど、二人はすぐ近くの店に入ってしまった。
家から一番近いセブンイレブンを通り過ぎ、駅の向こうにあるローソンに向かって歩き続ける。
セブンイレブンが嫌いなわけではない。そもそもコンビニに用事はない。
今日もう少し歩いているためには、セブンイレブンは近すぎる。
何のために生きているのか、という悩みは使い古されてきたために擦り減って消えかかっている。もう誰も、今更そんなことわざわざ口にしない。
特に生きる理由なんてない。
今日も生きて、空気を吸って、気付けばまた別の今日が来ている。
マスクのせいで、上手く空気が入ってこない。
昔より心臓の音が煩くなったような気がする。
どうしようもなく人が嫌いで、性懲りもなく人を愛したいと思っている。
自分が愛せる都合のいい相手探しを辞めることができずにいる。
出会いという言葉には気付けば薄くピンクの色が乗るようになった。
つき纏う色にうんざりしながら、それでも誰かを探さずにいられない。
この世のどこかに必ず、私と同じように肺の底に灰色の空気を溜め込んだまま生きている人間がいると、本を読むことで知ってしまってから探さずにはいられなくなった。
逢いたい。逢って、私もだと言いたい。私も灰色なのだと。この得体の知れない物体を、私も腹の底で持て余しているのだと言いたい。
それまで私は徘徊を続けると思う。
今日も誰かを探している。
私が探しているのは貴方でしょうか。
コンビニについたので、今日は終わりです。
最後までお付き合い頂きありがとうございまいた。
いい夜を。