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彼女の部屋には、ビールグラスがない。
気付けば、社会人になって1年が経っていた。
1つ年下の後輩が、新入社員になっていた。
久しぶりに会った同期は、すっかり社会人の顔をしていた。
私にはまだ、後悔し続けていることがある。
大学生の4年間、私は無敵だった。
酒と枝豆とたこわさがあれば朝まで飲んでいられた。
盲目で人を愛せたし、顔面から傷ついたし、傷付いてなお人を愛していた。
常に最悪の状況を考慮して行動し、危機管理を怠らない、退屈な元来の私にとってあの4年間は幻のような日々だった。
当時、身がよじれるほど愛おしい隣人がいた。
同じサークルに所属していた彼女のことが好きすぎるあまり、無理やり私が隣へ越したのだ。今思うと随分な行動力だと我ながら呆れる。
今更ながら、なぜあんなに私を許してくれていたのかわからない。
強くないくせに、私の乱暴な飲み方に付き合ってくれる人だった。
抑えきれず溢れる知性を、隠して一緒に馬鹿をやってくれる人だった。
彼女が深酔いする度に介抱することになったけれど、彼女のブレーキをかけない無鉄砲な生き方が大好きだった。
コンビニで買った缶ビールとおつまみを持ち込むのはいつも綺麗な彼女の家で、普段酒を飲まない彼女の家にはビールグラスがなかった。
お茶か、はたまたソフトドリンクが似合うコップにビールとチューハイを注いで乾杯した。サークルの誰と誰が花火大会に行っただの、卒業論文の仮題目が決まらないだのと永遠に話した。少しだけ、セックスの話もした。
選択する言葉や行動が、自分の選択するそれとかけ離れている人ほど魅力的だと思う。どう頑張ってもその発想に至る道順がわからない、理解できないと思う人ほど好きにならずにはいられない。
そして私は、好きになった人と必ず大喧嘩をする大馬鹿者だった。
普段あれほど細心の注意を払う相手との距離感を一瞬にして見失う。
この人なら、私を受け入れてくれるのではないかと重量オーバーな期待を押しつけてしまう。
許してくれる人にこそ、絶対に許されてはいけないのに。
私は彼女にもまた、同じ過ちを繰り返してしまった。
卒業旅行で、ハワイへ行った。
サークルの同期は20人近くいたはずなのに、卒業旅行に参加したのはたったの3人だった。
初めての家族以外との海外旅行、それも7泊8日の長期旅行だった。
せっかくの機会だからと、登山やシュノーケリング、バギー体験など思いつく限りのツアーに申し込んだ。食べたいものを大量に書き出しては、申し込んだツアーの隙間に入れ込んでいく。
7日間の日程がびっしりと埋まっていくのを見ながら、私は密かに一人で冷や汗をかいていた。二人の興奮が直に伝わってくる。
言えなかった。怖かった。
追加される予定は楽しいものばかりのはずなのに、この日程全てをこなすのだと思うと恐ろしくて一人震えていた。
何故純粋に二人のように興奮できないのか自分でもわからなかった。
一人だけ明らかに異質な自分が恨めしかった。
卒業旅行終盤の記憶がない。
バギーの勢いに負け脱線してしまった道端で、やっと一人になれたと安心して涙が出たことだけを覚えている。
本当に、失礼な人間だと思う。
それでも、呆れながらも許してもらえるとどこかで思っていたのだ。
そんな人間もいるのだと、諦めてもらえると思っていたのだ。
彼女とは、あの日の関西空港以来会っていない。
大人になると、大抵のことは「ごめんね」で解決できなくなる。
もう、何をどう謝ればいいのかわからない。
卒業旅行へ行くべきでなかったのは、行く前から本当はわかっていた。
22年も生きて、自分の許容範囲すら把握できていない癖に、他人に受け入れてもらおうなどと考える、傲慢で、無様な人間だった。
ありふれた表現しかできずに笑ってしまう。
あの頃に戻りたい。
もう一度、今度は彼女のペースに合わせて、酒が全く似合わない可愛らしいグラスにビールとチューハイを注いで乾杯したい。
彼女が美味しいと言ってくれた、じゃがいもとベーコンしか入れない何の色気もないポテトサラダをつまみに作る。
今度はちゃんと、電子レンジが爆発しないように上手く作るよ。
本当にごめんなさい。
きっと何処かで活躍されている貴方へ。
貴方との時間を失った事、心から後悔しています。