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少しだけ、背伸びする季節。


いくつになっても、「お姉さん」に憧れる。

お姉さんって、どんな人だろう。
「かわいい」ではなく、「綺麗」を選ぶ人だろう。
前髪は眉のあたりで切り揃えるのでなく、長く伸ばしてかき上げてほしい。
きっと煙草が似合う指をしていて、
普段歯を見せて笑ったりしないから、彼女から爆笑をゲットできたらきっとガッツポーズが出てしまう。
でもきっと、すぐその綺麗な指で口を隠してしまうから、またどうにかして笑わせてやろうと思う。

強い、ひょっとすると少し偏ったお姉さんへの憧れがあるせいか、
あまりにもお姉さんらしいものに手を出すのは少し気が引ける。
「まだ、お主には早かろう」
と仁王立ちで怖い顔をしたどこかの誰かの声を勝手に聞いてしまう。

私にとって、その代表格が【簪(かんざし)】だった。

以前、知人と京都を歩いていた時
土産物屋の店先で一目惚れしてからずっと頭の片隅にいた。
何度も手に取って親指と人差し指で回してみたり
角度を変えて飾りのしゃなりと動く姿を眺めたり
自分の無造作に伸ばした髪にあてがったりしたけれど
長い逡巡の末その店を出たことをずっと後悔していた。

何の気なしに祇園四条を歩いていた時、
目についたのが簪(かんざし)専門店だった。
土産物の店先に客引きのように置かれるのではなく、
店の奥までずらりと並ぶ美しい簪(かんざし)。
気付いたら、足を踏み入れていた。

足を踏み入れると、鞄を胸に引き寄せておかないと
歩くのが怖いくらい繊細な簪(かんざし)が並んでいた。
色鮮やかなガラス玉、繊細なガラス細工、
軸の部分も金色だったり、黒だったり。
入るだけで、目が回りそうで
とんでもないところに足を踏み入れてしまったと
後悔して一歩後ずさったところで、
「お姉さん」と目が合ってしまった。

お姉さんは綺麗な指をしていて、
私が全く何の知識も持たない素人だとわかると、
丁寧に髪への巻き方を教えてくださった上に
「巻いてみましょうか」と申し出てくださった。

季節は真夏。昼下がり。
発汗のいい上に、マスクの息苦しさも相まって
髪をお姉さんに触っていただくのは大層躊躇したけれど
恥はかき捨て。すみません……とお願いすることにした。

行儀よく纏め上げられる髪。
露になるうなじ。
簪(かんざし)一本でこれほどまでに力強く纏め上がるのか。
その大人びた後ろ姿に自分で驚いた。

散々迷った挙句、温もりある木軸タイプで
「日常生活でも使いやすいですよ」とお姉さんに言ってもらった
アンティーク調のデザインを選んだ。
二本刺しとも相性がいいそうだ。
将来性があっていい。

今、私の手元には簪(かんざし)がある。
あの日、踏みとどまった左足の賜物だ。
つまみ上げるとしっかり重量があって
柔らかな木の手触りにニヤついてしまう。

ニヤついているうちは、お姉さんには遠いなと、思う。

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