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【日々のアレコレ #9】情報開示の本当の意義

Anzaki です。

ぼく、ついつい最近結婚したのですが、

これは家庭生活でも、会社組織でも、地域生活でも、学校でも、
あらゆるコミュニティで必要な考え方だと思って、このタイミングでお話してみようと思いました。

価値1 ジョハリの窓理論に基づく気づき

以前、別の note に書いた理論についてです。
詳しくは、こちらをご覧ください。

この考え方、分かっていても実践が難しいものだと思いますが、
諦めずに臨み続ける姿勢が大事だと思います。

話すことで、新しい自分に気づき、成長につながることが少なからずあるはずです。

価値2 "知る"ことへの安心感

こっちが最も大きな意義だと思います。

情報そのものの価値はそこまで大事じゃなくて、
情報を開示すること、それ自体に価値があるんだと思います。

例えば自己紹介とかでも、
「私は広島県出身です」

広島や、広島出身の人、に価値があるわけではなく、
「広島出身です」と言ったことに価値があると考えることができます。

その人が何者なのかがわかるだけで、ほんの少しだけ安心するものです。

キンコンの西野さんがよく、
「人はわからないことを極端に嫌う」という話をされますが、

逆に言えば、「人は知っているものを好きになる」
好きな度合いはそれぞれあるにせよ、安心感は与えられそうな気がします。

商品であれば、それ自体の魅力がどうであれ、
自分自身の話は、自分の価値がどうであれ、

それについて相手に話すこと、それ自体に価値があると考えることもできます。

逆に話さないと、いくら良いものでも、それを良いと思わせることができないのかなと。

そう考えると、何をするにせよ、話すかどうか迷った時は、
多くの場合は、「話した方がいい」ということになります。

その場で、一瞬相手が距離を置いてしまうようなことでも、
知らない不信感に比べたらよっぽどマシだと思います。

例えば、50円ですごく大きな大根が売っていたとして、
それがただ並んでるだけだと、

「どこの大根なのかな」
「もしかしたら変な育て方されたんじゃないかな」
「めちゃくちゃ辛いのかも」

という不安が起こるかもしれませんが、

「規定の大きさではないので、安価で販売しています」

と言われたら安心して買えると思います。

仮にめちゃくちゃ辛いとしても、
「めちゃくちゃ辛いので安価です」
と書かれていたら、それはそれで買われるかもしれません。

家庭でも、何も言わずに外にでるよりも、

「◯◯に行ってくるね〜」の方が、不信感は少ないはずです。

ここで重要なのは、多分、相手に聞かせないこと。

逆に言うと、自分から
安心して欲しい気持ちを言葉に出すことが大事な気がします。

そしてそれが当たり前になると、隠したくなるようなことなんてそもそもしない。

嘘をつく要素がなくなって、自分が楽になります。

めんどくさいかもしれませんが、
いろんなことを的確に説明することは、
結果的に、もっとめんどくさいことを避けることができるんじゃないかなと思ったという話です。

まとめると、
情報開示は、情報そのものの良し悪しにかかわらず、
相手に開示するという行為それ自体に価値があり、
その価値は、相手への安心感の提供でもある。

ということになると思います。

何でも話せるわけではないと思いますが、
それでも話そうとすることが大事で、
極端なことを言うと、それが世界平和の第一歩なのではないかなとすら思います。

ぼくも、ぼくのことを、
もっといろんなところで話していこうと思います。

ではまた。

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あんざき
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