『ヨーロッパ学入門』VIII章 ヨーロッパの思想
武蔵大学人文学部ヨーロッパ比較文化学科編の『ヨーロッパ学入門』のVIII章にあるヨーロッパ思想に関するまとめ。前回のヨーロッパ言語の章は以下。
ヨーロッパの思想は大きく分けて2つの流れが存在している。ある時には合流し、ある時には並行する歴史を辿ってきた。2つの流れの1つは古代ギリシャの哲学を起源にもつヘレニズムであり、もう1つはユダヤ・キリスト教のヘブライズムである。
ヘレニズムはその後の哲学や科学の出発点をつくる合理的思考を育み、デモクリストは原子論によって宇宙の現象の説明を試みたが、アテネのソクラテスの弟子であるプラトンのイデア(観念)論が西洋哲学の特徴をつくった。ある事物がその事物として存在するのは事物の本性の働きであり、そのように働く事物の本性を、プラトンはその事物をイデアと呼んだのである。
プラトンは数学的・論理的・形式的にイデアを捉え、弟子のアリストテレスはプラトンのイデアを批判的に捉え、生物学的・実在的・質料的に考え、エイドス(形相)という言葉でこれを表した。
いずれにせよ、時間を超えた真理を追求して科学を支えたのがヘレニズムであり、反復不可能性の歴史的思考を持ち込んだのがヘブライズムである。そして、ヘブライズムが主流となったのが中世(330年のコンスタンティヌス帝の遷都から1453年のコンスタンティノープルがオスマン・トルコによって攻略されるまで)である。このおよそ千年間において、ラテン語が共通語として使用され、大陸内部の共同意識が確立され、普遍とは何か?が論争のテーマとされた。
その議論に終止符が打ったのが、12-3世紀、イスラム経由で「再輸入」された、長く忘れられた存在であったアリストテレスの概念で、これに基づき中世哲学を完成したのがトマス・アクィナスだ。
しかし、同時にヘブライズムありきの時代の終焉も近づく。古代ギリシャやローマの自由な感覚を歓迎するルネサンスの動き、荒廃したローマ教皇庁の政策に対するルター、その後のカルヴァンに続く宗教改革という流れによって新しい時代が作られていく。
そこで登場するのが自然科学の祖としてのガリレイだ。彼は自然現象を数字で理解することを試みた物理学者である。そして、この姿勢に異を唱えたのがデカルトで、ガリレイと違い物理的把握の本質を問うことに意義を求めたのである。デカルトは認識論という西洋近世哲学史のなかで一番の領域を主導した。
ところがロックは人間の感覚的経験を認識のスタートとすることを主張し、デカルトのいう理性を批判する。その混沌に新たなパースペクティブを開いたのが、『純粋理性批判』を著したカントだった。彼は感性と理性の使い分ける次元を整理したのだった。さらにこれらの枠組みを大きく変えたのが、アインシュタインの相対性理論である。
<分かったこと>
合理性と非合理性、個別と普遍、理性と感性などいろいろな両極端を往復しながら統合を試みてきたプロセスがかなり明確に整理されているのが西洋思想史の特色だろう。今の時代は感性寄り、今の時代は理性寄り、という見方ができる基盤を築いてきたといえる。しかし、その基盤があったとしても、すべてが明解に説明できるようになったわけでなく、その基盤は何が分からないかを、いわばブラックホールを示してくれている。欧州の合理性は、普通考えられているよりも柔軟であると考えるべき根拠が、この思想史によって物語られているのではないか。
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