あと半年経ったら
とある休日、まだ僕は小学3年生くらいだっただろうか。暇で暇で仕方なさそうにしている僕を見かねたのか、父に「一緒に出かけないか」と声をかけられた。この時まで父と2人でどこかに行くことはあまり無かったが、父が嫌いなわけでもないし特に断る理由も無いので、玄関のドアを開けることにした。
最寄り駅から数回電車を乗り継いで1時間半くらい経ち、ようやく僕は改札口に切符を通した。多分まだICOCAは持っていなかったはずだ。改札を出てから緑豊かな公園の中を通り、動物園のゲートへ行くと思いきやその手前で右に曲がり、科学館に行くと思いきや素通りし、気づくと重厚感のある四角い箱のような建物の中にいた。
建物に入る前、大きく「阿修羅展」と書かれた看板を見た。僕は漢字が好きだったのでこの時父に訊かずとも「あしゅら」と読めていたはずだ。父は昔から日本史が好きな人で、企画展が変わる度にここを訪れているようだった。そろそろ美術展に僕を連れてきても良いだろうと思ったのだろうか、その理由は結局今も分かっていない。
父がしてくれた作品説明は理路整然としていて小学生の僕でも十分わかりやすかった。さらに話の進め方に父らしいユーモアがあるので僕は飽きること無く阿修羅展を見終えていた。
この出来事があってから、僕は父と2人で頻繁に出かけるようになった。街に出かけて美術館や博物館の展示を見に行くこともあったし、自転車で僕の知らない風景を見に行ったり、山に出かけて展望台から普段住んでいる住宅地を眺めたりすることもあった。
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中学校に上がり、僕が部活で土日も練習や大会に行くようになると、当たり前のようにあったことがプツリと無くなった。特にそれを話題にすることも無かった。高校に上がると僕は1人で様々な所へ出かけるようになった。お小遣いはモノでは無く交通費に投じた。大学受験が迫ると移動は家と学校の往復になり、僕が「ここからとても離れた場所にある大学に行きたい」と父に言うと「自分の行きたい大学へ行け」と返してくれた。
そして今、僕は実家から離れて北海道で一人暮らしをしている。進路は迷いに迷ったが、結局受験勉強をはじめた時から気になっていたこと、具体的に言えば美術館や博物館の中身のことを勉強したいと思い文学部に入った。
僕が高校生の時も、1人で行く場所の多くは美術館や博物館だった。父と2人で出かけた最初の場所は僕の核になった。辿ればあのとき「阿修羅展」で見た父の姿から僕の興味は大きく変わった。僕が今こう思っていることを父はどこまで知っているだろうか。
阿修羅展から約10年。僕が20歳になったら久しぶりに父と2人の時間を作って、お酒でも飲み交わしながらこの話をしようと決めている。
noteを書くときにいつも飲んでいる紅茶を購入させていただきます。