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イギリスでの生活
逃避行先にイギリスを選んだのは、単なる偶然だった。
うつうつとKとのことや将来のことに悩んでる時に、たまたま飛び込んだ、とある語学留学の説明会で、勢いで決めてしまった。
学生時代、学校のコースで1か月ほどの短期留学でオーストラリアに行ったことがあったが、長期間行くのは初めてだった。
イギリスに行くための準備も最短でなんとか整い、ギリギリで会社を辞めて渡航した。
英語はある程度書けても、話すのはほぼ全く0のレベルだった。
現地に着いても、まだ失恋気分で落ち込んでいた。
やはり、20代の10年は長すぎた。。。
Kと一緒に過ごした時間に執着して、なかなか別れられなかったのも一つの理由かもしれない。
思い出もたくさんあり、情があり過ぎて、なかなか諦められなかった。
イギリス留学は、これまでの事を忘れるために来たようなものだ。
他の目的は無かった。
だから将来の希望に溢れて海外生活を謳歌しようとしている、周囲の若い留学生等からは少し浮いていたかもしれない。
私はどちらかというと、ちょっと枯れ気味だったからだ。
そして、皆若いせいか、やはりクラス内での恋愛沙汰は多かった。
私はそういった対象外なので、彼らの「お母さん」的な立場から、相談をよくされた。
私はホームスティ先にすごく恵まれたと思う。
住まわせてもらったのは、6歳上の地元大手企業で働く独身女性のLのアパートだった。
彼女にとっては、仕事以外の副収入を得るための「部屋貸し」目的だったと思うが、年齢が近い私とは何となくウマが合ったようだった。
私の英語力が少しずつ上達してくるにしたがって、時々夜に二人でワインを飲みながら、ざっくばらんに話し込んだ。
二人でハマったドラマの話などでも盛り上がったりもした。
お互い独身の女同士という感じで、私のたどたどしい英語にも、本当によく付き合ってくれた。おかげで私の英語も上達したんだと思っている。
彼女の友人達と行くナイトクラブ(ディスコ)に、私もよく連れていってもらった。
ナイトクラブは踊ってストレスを発散するのに最高だった。
地元の人しか来ないクラブで、当時はアジア系という物珍しさからか何人かに声をかけられたけれど興味は一切出なかった。
日本ではそういったところに行ったことがなかったので、新鮮だった。
Lには、イギリスの遊びや習慣などをいろいろ教えてもらった。
ある日学校で、別学科の人に声をかけられた。
その学校は大学の付属校でいろんな学科があり、私が選んだコースは英語授業と、その学校の専門授業が半々、というスタイルだった。
「あの語学コースの生徒かい?クラスルームはどこ?」
「そこの突き当たりです。」
「ありがとう。僕はこれから時々顔を出すけど、よろしくね!」
金髪碧眼で、すらっとした30代前後の、すごくブリテッシュしたアクセントの男性だった。若いので新しいチューターかと思った。超格好良かった。
後日、その男性がクラスに来た時、K先生という教授の一人だと紹介された。
クラスの女子たちが急に色めきたった。
(それまではおじいちゃん教授数人に、若いシングルマザーの女性講師・おばさん講師…と言ったラインナップだった。)
私を見つけると、K先生はウィンクした。
授業終わりにK先生に呼ばれた。
「これからいろいろ手伝ってね。」
一つ、学校に行くモチベーションが増えた。
その夜Lに報告したら、Lの方が興奮してた。
「アナタ、チャンスよ!」
でも、翌日にはその夢はちょっとしぼんだ。
彼には家庭があった。奥さんに息子が2人。
・・・まあ、そんなものだろう。(笑)
それまでは誰もやりたがらなかったので、私がやっていた先生の雑用当番も、K先生の時間だけ急に女子の志願者が増えた。
でも、なぜだかK先生は、なにかと私を指名した。
他の女子から「なんでMなの?英語もまだぼんやりな癖に!」など言われたが、他の若いクラスメイトよりも社会人経験があるためか、多分K先生は私に接しやすかったようだ。
「いつも何かと頼んじゃってすまないね。他の子たちは君みたいに対応してくれないからね。ところで、Mは秘書でもやってたの?」
これまでの職業経験などを話したところ、K先生から「インターンをやってみないか?」と勧められた。
そして、授業が終わった後の、週一日のインターン先に地元のホテルをアレンジしてくれた。
「せっかくなんだから、いろんな経験をしてみたら?」
まだ英語に不安があったが、始めてみると大変だけど、遣り甲斐があったり、自分に足りないものなどが見えたりと、思ってもみなかった貴重な経験になった。
インターンをするうちにいろんな面白さを知り、K先生が他の生徒にインターン先をアレンジするのも手伝うようになった。
K先生とは何かと一緒に過ごすことが多くなり、K先生のプライベートの話も聞くことも多かった。
若い頃に結婚して、その後一度離婚して、今の奥さんと結婚したこと。上の息子は3歳、下の息子は生まれたばかり。夜泣きが凄くて、大変なこと...。
なんだか話を聞きながら、私は他の女の子たちからの防波堤代わりなのがはっきりと分かった。(苦笑)
それでも、K先生との出会いのおかげで、学校が楽しかった。
そして時折、K先生が不意に手を繋いできたり、肩を抱かれたりするのにドキドキしていた。
その学校でのコースが終了後、ビザの残りの半年間の別のホテルのインターンの契約をK先生が見つけてくれた。
私の最後の登校日に、K先生は休暇中にも関わらず、わざわざ私に会いにクラスまで来てくれた。
私に、困ったことがあればいつでも連絡できるように、連絡先を渡すからと言って、K先生の教授室に一緒に行った。
「Thank you very much for all the time, M. I am so proud of you in this study. Anyway, keep in touch, OK? You can call me anytime.(いつもありがとう、M。君のここでの頑張りを評価しているよ。これからも連絡を、いいかい?いつだって連絡をくれていいんだよ。)」
といって、私をハグしてくれた。
K先生の腕が強めに私を抱きしめたので、ちょっとだけ期待した。
頬にキスしようとしたので、ちょっとずれて私の方から唇にキスをした。
・・・以前覚えた、脳髄に響くキスを。
唇を離した時、K先生はびっくりしたような納得したような、よくわからない目をしていた。
「Thank you very much, Prof.K ...Always, I appreciated your help, indeed....(本当にありがとうございました、K教授。いつも、私は心からあなたに感謝しています。)」
深く一礼をして、茫然としていたK先生を残して部屋を後にした。
1年ぶりに、誰かに本気のキスをした。
私の、淡い二度目の初恋のようなものだった。
また恋ができるかも、と思った。