月刊読んだ本【2024.11】
カエアンの聖衣
バリントン・J・ベイリー/冬川亘 訳 (ハヤカワ文庫)
新訳版が出ているけれど、旧訳版で読んだ。はっきりいって超面白い。
服に支配される人々を描く。そのあらすじだけでは、特殊な価値観のディストピア小説なのかと思ってしまう。あるいは、ハヤカワ文庫でSFなので、服に神経を接続して人間をコントロールする話かと想像する。実際はいずれでもない。でもそれはどういうことなんだろう? と気になって読み進めていく。着た者の人格を変え、周りの人々の意識も変える。単に魅力的な服というだけではない。この不思議な力の正体はなんだと読者も登場人物も思う。そして最終的に解にたどり着く。そこがよい。きちんとSF的解答を用意している。それが論理的な説明をなしている(ように見せている)。そんなことあるのかとツッコミをしてはいけない。これはSFなのだから、そういう世界もありうるだろうと信じ込ませる物語なのである。そして登場人物たちにとってもそれは同じ思いで、カエアンの人たちは自分たちが服にコントロールされているなんて自覚していないし、認めはしない。でも実際そうなっているのだから、そう信じるしかない。信じないのは自由だが、そうとしか説明できない。
発想がすごいし、物語の展開も好みだったので、もっとベイリーの作品を読みたい。先月はSFを読めなかったので先月分。
新訳もあるよ。
ザ・ロード アメリカ放浪記
ジャック・ロンドン/川本三郎 訳 (ちくま文庫)
一人旅勢にうってつけの書だった。やはりジャック・ロンドン。さすがジャック・ロンドン。
鹿児島に行った際に読んだ。旅先でも隙あらば本を読みたい。ジャック・ロンドンがそうだったように。
この本はジャック・ロンドンによる、アメリカを放浪した記録である。冒頭から、無賃乗車と物乞いの話をしていてめちゃくちゃや……と焦る。おもしろい。ものを恵んでもらうために嘘の物語をでっち上げて、哀れんでもらうというスタイルが彼を小説家にさせたのだと本人も書いているし解説にも書いている。「嘘つきは泥棒の始まり」と言うけれど、本当は「嘘つきはジャック・ロンドンの始まり」なんだなと思った。
命がけでアメリカ大陸という巨大な大地を横断するホーボーたちは正気じゃないけれど憧れる気持ちもわかる。現代人としては、旅先でも早く家に帰ってだらだらしたいと思う瞬間がある。最大でも1週間ぐらいしか旅したことはないけれど、それを数ヶ月あるいは数年、しかもあてもなく旅を続けるのは僕には無理だろう。放浪そのものも物乞いも、うまくいくときもあればうまくいかないときもある。すごく惨めな気持ちになるだろうし、俺はいったいなにやっているんだと思う瞬間がきっとある。まともに働いている人を横目に見て、肩身が狭くなる。でも自由だぜ。自分の人生に、自分の命に自分しか責任を持てない。それが自由だろう。走り始めた列車に飛び乗って鉄道職員から逃れて、警察から逃れて、死とは隣り合わせで、今日の食事にありつけるかもわからない。いつだって飢えている。これはジャック・ロンドンの小説を読むといつも思うことと同じだ。その飢えは、傍から見れば哀れで目を背けたくなるかもしれない。満たされた状態で家でだらけていたい僕にはないものだ。そこには気高さと強さがある。そういう風に僕も気高く飢えなくては。
20ヵ国語ペラペラ 私の外国語学習法
種田輝豊 (ちくま文庫)
すごい情熱だ。いろんな言語に興味はあるけれど、それを習得できるとは思えないものな。でも著者はできると思っているし、実際にそうなっている。それもロシア語やアラビア語まで。すごすぎる。しかも意味が通じればカタコトでもなんとかなるでしょ、ではなく、きちんと文法から正しく身につけている。砕けた言葉は失礼だからと言語と誠実に向き合っている。現代では実践できないようなテクニックも載っているけれど、参考にはなった。それをこの時代にやっていたというのがすごいと思う反面、その時代だからこそなし得たのではないかとも思う。著者は終戦後の網走で英語の勉強を始めているけれど、これが現代の東京だったら、あまりにも誘惑が多すぎて語学の勉強に打ち込むというのはそう簡単ではない。もちろん、現在はさまざまな手段が発達しているので、言語を学ぶ際にあらゆる情報にアクセスできる。情報が多すぎて取捨選択するのが大変かもしれないが。でもそんなのはきっと言い訳なんだろう。どんな環境でもその気になれば可能である。日本語を話すのすら苦手な僕には難しいかもしれないが、英語を勉強する励みになる良書だった。
オイディプス王
ソポクレス/藤沢令夫 訳 (岩波文庫)
自分にとって都合のいい部分だけを切り取って、あいつは俺を陥れようとしている、というシーンがあって2500年前のギリシア悲劇と現代人が何も変わってなくて人間かわいいかよ。そういう時代だったからしかたないとはいえ、古の物語は預言者とか占い師的な存在のお告げを恐れすぎである。それが真実だという保証はどこにあるのか。インターネットの無責任な言葉を信じてしまうあほな現代人はその頃から何も変わっていない。21世紀にもなって。そして2500年前の戯曲が現代に伝わっていることがすごい。しかも面白い。古代ギリシアすごい。
冒頭に家系図が載せてあるけれど、ネタバレになっているので載せないほうがよいのではないか。その方が物語的な面白さはあるだろう。けれど、その設定を前提としてわかった上で戯曲に触れて、悲劇を堪能したほうがいいのかもしれない。古代ギリシアではこの物語はみんな知っていて当然だから(知らんけど)物語的な面白さよりも戯曲としてうまく成立されられているかに焦点が置かれていて、そういう視点で現代人も読めばいいのかもしれないということかは知らない。
ユービック
フィリップ・K・ディック/浅倉久志 訳 (ハヤカワ文庫)
結局ユービックとはいったいなんなのかよくわからない。最後の展開はとても好き。登場人物の誰にも本当のところはわからないのかもしれない。死後に発動するタイプの念能力かと思った。過去を改変できる能力のせいで、読者は書いてあることの何を信じればいいのかわからない。ユービックが必要なのは読者にもだったのかもしれない。何が現実で何が改変された過去なのかわからないということは、現実とは何だという哲学的問いになる。本当はこの本を読んでいない世界があって、過去は改変されて読んだ世界に僕は今いるのかもしれない。そういう能力があると知っているからそういう可能性に気づいてしまうだけで、そういう能力を知らなければそんなことを考えることもなかった。それはいいことだろうか。何も知らないほうが楽だったかもしれない。
マンガで学ぶジャズ教養
監修 後藤雅洋・漫画 飛鳥幸子 (扶桑社)
非常にわかりやすくてよかった。
ジャズとはなにかということと、ジャズの歴史についてがよくわかった。これからひとつひとつ聴いていこうと思う。自分が知っているアーティストだけでなくもっと様々なアーティストのジャズを聴きたいと思う。そして普段何気なく聴いている音楽も、その背景を詳しく知ると見方(聴き方)が変わるし面白い。こういう時代の人なんだとか、こういうジャンルなんだとか意識したことなかったので。
イーサン・フロム
イーディス・ウォートン/宮澤優樹 訳 (白水Uブックス)
寒い、厳しい土地だからこそ生まれる物語があるよね。そういうものが僕は好きだ。そしてこの物語は決して幸福なお話ではないけれどずっと読んでいたい。冬が好きだから。冬は終わらなくていい。この物語に季節的な意味でも精神的な意味でも春が訪れることはないだろう。それが悲しみでもあり喜びでもあると感じてしまうのは、冬じゃなければ物語が成り立たなかったからだ。この短い文章の中に何回冬と書いたかわからない。安らぎの季節。冬のはじめにこの物語を読めてよかった。もっと物語の中に迷い込みたい。冬に閉ざされていたい。
ひとこと
冬が好き。