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【掌編小説】紫陽花

 しとしとと雨は降り続く。梅雨なのだからやはりそれは仕方がない。仕方がないとしてもこちらにも事情があった。それでもこれくらいの雨ならば今夜の花火大会は決行されるだろう、と誰かが言った。
 青色の紫陽花が雨に揺れている。カスミソウを集めながら紫陽花に見とれる。目の前を落ちていく優しい雨粒達に濡らされた紫陽花を眺める。僕自身も雨に打たれて、汚れた心が流されていく様で、カスミソウの花言葉の様な純粋さをこのバスケットのカスミソウと一緒に集めていけたならば、と叶わない理想を浮かべてはそんな想いは梅雨空に滲む。カスミソウの花言葉は、「清らかな心」、「無邪気」、「親切」、「幸福」、「永遠の愛」、「純潔」、「感謝」だった。
 彼女は紫陽花が好きだった。だから僕も紫陽花が好きになった。彼女は紫陽花の雰囲気や花言葉が好きだった。あまり良い意味とは思えないんだけど、紫陽花の花言葉は、「移り気」、「浮気」、「無情」。
 そんな彼女は絶対に浮気をしない。物語としての紫陽花の花言葉に憧れていた。移り気でなんかない。だから僕にとっては彼女のそんな一途さが『無情』だった。
 辺りはもう暗い、雨はまだしとしとと降り注いでいて少し肌寒かった。パチパチパチと花火の音が鳴り始めて、彼女やその彼氏達と一緒に花火大会に行く予定だったのに僕はまだ紫陽花に見とれていた。中でも、青色の紫陽花に。
 青色の紫陽花の花言葉は、『辛抱強い愛情』。
 一番大きな花火が鳴った。
 ここからでも分かる。綺麗な花びらがそこら一帯の暗闇を照らした。儚く、夢みたいに、その瞬間が永遠みたいで、心の暗いところまで光が入り込んできて、その願望は僕とは程遠い『夢』なんだと感じた。
 遠くて、届かなくて、儚くて、夢みたいで、それがどうやっても絶対に叶わないと感じ取った。もう青色の紫陽花の花は僕を魅せる事は出来ない。
 花が終わる表現として、桜は散る。椿は落ちる。紫陽花は『しがみつく』。

 辛抱強い愛情がしがみつく。

 まだ視界で青色の紫陽花が揺れている。みっともなく、誰に見られる訳でもないけれど、それは視界に取り巻いて五月雨と嫌にあたたかい大粒の雨が、僕の視界と世界を、

『酷く、滲ませた』。

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