シャガール、コクトーツインズ 逃避行
シャガールの絵が好きという女性、遥かな昔に行ったギャラリーはどこか、もはや思い出せない。夢と現実を行き来する色彩の詩人は、数奇なこの世界から逃避させてくれる。なのに彼女は、セピア色の写真も夢中に撮った。「モノクロが秘める淡い郷愁が何かを物語ってくるのよ～」って。私たちは陰と陽と行き来して、移ろいゆく儚い旅人。
花のように現れて
くじけそうなときも、あなたがそこにいたから、
同じ空をともに見てきたから、
生きてこられたに違いない
彼女は言う、もうこの世には疲れたと
ニヒリズムに溺れて
寄りかかる私たち
僕はだだ、寒い夜にベットを温めておくことだけ
自ら書いたか、誰かが監修したのか
言葉に出来ないシナリオがある
互いになつけられたんだよ、
The Little Princeのキツネが語るように
一緒に遊んでいたら、
ひどく切ないグレーな景色が
いつしか色鮮やかになっていた
でも、ふとセピア色になったりする
夢幻と耽美を彷徨うCocteau twins(コクトー・ツインズ)に見惚れ、90年初頭、渋谷公会堂での来日コンサートをデートに選ばずにはいられなかった。インディーズレベール「4AD」の異様な美学を体現する、スコットランドのバンド。エリザベス・フレイザーの「エセリアル（Ethereal) 幽玄な歌声」をライブで聴けたなんて、いま思えばなんと幸運だったろう。ネイティブでも判読しえないボーカルとサウンドの神秘的な融合が、悩める心痛に媚薬を注ぐみたいに響きわたる。
Cocteau twins Treasure lorelei
いまは独り静かに、バーで心の隙間を埋める。カウンター越しにバーマンとの会話が居心地よい。時折カクテルシェイクが軽やかにリズムを刻むだけ、開店してほどなく客は僅か、空気の淀みないバーの夜明けがいい。
バルヴェニー12年 （スペイサイドのマイルドなシングルモルト）、続いて。定番ジョニー・ウォーカー黒ラベル（ジョニ黒）・・・
虚ろにほろ酔うにつれ、セピア色に褪せる懐古趣味やイギリスのゴシック・ダークな退廃美に耽溺してしまいそうだ。
いやまずい、デカダンスから離れて、明るい光を放つ慈愛へ波長を移そう。1986年の映画「Misson」のテーマ：巨匠エンリコ・モリコーネ氏の楽曲「Gabriel's Oboe」。南米ジャングルの奥地、伝道するガブリエル神父が奏でると、オーボエの音色はしだいに原住民グラアニー族の心を掴んでいく。この美しい旋律に感動したサラ・ブライトマンが、モリコーネ氏に熱烈に懇願して、イタリア語の歌詞が付いた歌唱が「Nella Fantasia」。まもなく、春めいてくるのだから、シャガールの彩り豊かな自由人に舞い戻るのさ。
Nella fantasia io vedo un mondo giusto
Lì tutti vivono in pace e in onestà
Io sogno d'anime che sono sempre libere
Come le nuvole che volano
Pien d'umanità in fondo all'anima
私の空想の中では、正しい世界を見るの
そこではね、皆が平和で誠実に暮らす
夢を見るわ、みんないつも自由な
流れる雲のように
心の奥深くから、愛に溢れているの
Nella fantasia io vedo un mondo chiaro
Lì anche la notte è meno oscura
Io sogno d'anime che sono sempre libere
Come le nuvole che volano
心の中で、明るい世界を思い描く
そこでは夜も暗くはない
夢を見るは、みんな自由なの
流れる雲のように、
Nella fantasia esiste un vento caldo
Che soffia sulle città, come amico
Io sogno d'anime che sono sempre libere
Come le nuvole che volano
Pien d'umanità in fondo all'anima
心の中に、暖かいそよ風がある
そして街から街へ、お友達みたいに流れていく
夢を見るは、みんないつも自由な
流れる空の雲のように、
心の奥深くから、愛に溢れているの
