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"ORANGE CAKE MIX"の事。

ブリストルと言えば、英国はサウス・ウェスト・イングランドにある港湾都市で、イギリス全体で8番目に多い人口の大都市を思い浮かべるでしょう。音楽面では、ポスト・パンク期にはThe Pop Groupとその界隈のバンド、Pig Pag, Head, Maximum Joyなどを生み、1980年代後半にはMassive AttackやPortishead, Trickyなどを生んだアブストラクト・ヒップ・ホップの聖地で、Sarah RecordsがDIYポップのスモール・サークルを広げた町としてあまりにも有名...と、ここまで言っておいて何ですが、アメリカにも実に多くのブリストルがあるんです。コネチカット州、テネシー州、バージニア州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州などに点在。元々は大英帝国からの移民が名付けたであろう事からか、イングランドのブリストルから地名を取られている所が多い。ブリストルは「橋のある場所」を意味するみたいなので、これらの地域はイギリスからの移民が多くて、橋があったのだろうと推測される。北海道に「別」=ペツ、アイヌ語で「川」の意味が多いのと似ている...かな。さて、ブリストル出身のバンドと言えば?と問われたら、パッと思いついたのがOrange Cake Mixでした。あらら。

[Silver Lining Under Water] (1994)

Orange Cake Mixは、アメリカはコネチカット州ハートフォード郡ブリストル出身のバンドです。バンドと言いましたが、Jim Raoという人物が全ての作詞作曲、楽器演奏、レコーディングまですべて一人でやっているソロ・ユニットです。幼少期から1960~1970年代のラジオの曲を聴いてレコードを聴き漁り、Bread, America, Beatles, Badfinger, Byrds, Beach Boysなんかが好きで、作詞作曲を独学で...というか、好きなように詩を走り書き、鼻歌で作っていたみたい。9才からドラムスを、14歳からギターを独学で弾いていたと言います。彼の書く歌詞には、バンド名とか、どっかで聴いたような歌詞の一節があったりする。でも、決してパクリじゃなくて、ただただ影響を受けただけの自然発生的なものだと思います。1980年代になると、Felt, New Order, Biff Bang Pow!, Drutti Columnや、Todd Rundgren, Laura Niro, Nick Drake、そしてKrafwerk, Brian Enoなどを聴いて、サウンド面で大いに触発された。1990年代初頭からは、自宅の4トラック・レコーダーでオリジナル曲のレコーディングを始めています。様々なギター・スタイルに幼少から親しんでいた彼の紡ぎだすギター・サウンドは、敬愛するMaurice DeebankやVini Reillyの複雑なテクニックはよく分らんので、自分のやれることをつけ足していって知っているコードだけで生みだした、理論派ではなくナチュラル派。そのバックには、チープなカシオとヤマハのキーボードといくつかのエフェクターだけを使用した、感覚に頼った自由なサウンドを乗っける。彼のスタンスで一番ステキなのは、音楽で一山当てたい、スターになりたいという気持ちは無い。音楽で食べていければ最高だなあ、と思いながら、スーパーマーケットで働いているという。聴いて褒めてもらいたいという承認欲求は無い事はないんだろうけど、ライヴをやった事すら皆無だというんだから、やっぱ無いのかもしれない。ただ、自分の好きな音楽を好きなように演奏してしまうだけ。扱ってくれるレーベルに売って貰えたら嬉しい。コードをあんまり知らないから、自分の作ったフレーズならばリサイクルして使う事もあり。本当に自由な人で、その人柄はサウンドにも表れている。そんなOrange Cake Mixがデビューしたのは1993年に自主でリリースしたカセット"Frozen Flower"と”Belief”。どっちもフル・アルバムである。確かに、オリジナリティという意味ではまだまだだけど、制作の仕方がオリジナルそのものの環境で作られたドリーミィなギター・ポップは、過剰にチープなれど、圧倒的な存在感がありました。そうして、彼の音楽界への冒険がはじまります。1994年には"Silver Lining Under Water"をカセット・リリース。そう言われてみると、ギターとキーボードと市販のサンプリングCDの音しか聴こえないけど、ポップな部分を削ぎ落した幻惑のアンビエント・サウンドは、クラウト・ロックそのものだった。この頃、Kraftwerkくらいは聴いてても、クラウト・ロックそのものに触れていないらしく、ナチュラル・ボーンなサウンドだったらしい。スゴイ。

[More Mellow Hits] (1995)

Orange Cake Mixに転機が訪れたのは1995年の事でした。音源のカセットを、スペインのElefant Recordsを主宰するLuis Calvoに送ったところ気に入られ、同レーベルから、バンド史上初めてのCDである13曲入りのアルバム"More Mellow Hits"をリリースしています。自主リリースだった3枚のサウンドを絶妙にミックスした様な、ドリーミィでチープで奇妙にひしゃげたカシオのサウンドと、シンプルなギター・サウンド、鼻歌から生まれたと思しきナチュラルで奇跡的にポップなメロディとヴォーカルは、彼の音楽的な趣味を丸出しにしたサウンドだけに、趣味嗜好の近しい私のような人間をノックアウトするには充分すぎる素敵な作品でした。

[Grapefruit] (1996)

1996年には”Observations Of Tomorrow And Today”と"Grapefruit"を、今は無きBlackbean And Placenta Tape Clubからリリースしています。作品は気が乗った時にまとめて作ったり、気が乗らなければ制作ペースが遅れたりして、出来上がったら部屋に積み上げて置くスタイルらしく、レコーディングの時期は分からないけど、前作のストレートなギターと奇妙なキーボードと、エフェクターで作ったノイズのサウンドから一転、ギターの音が殆ど聞こえない、エレクトリックなドリーミィ・ポップとなっています。この振幅の激しさは凄いな。基本的に、本人からレーベルへのアプローチをすることは少ないみたいで、今作もレーベルの要請に応じて、積みあがっていた作品から提供したと思われます。1997年は、もう何だか分からないくらいのリリース・ラッシュ。Blackbean And Placenta Tape Clubから"Look For A Place In The Sun . . . . . . And Find It!"と”Lovecloud And Secret Tape”をリリースしています。今度は、大胆なエフェクトを使ったファジーでザラっとした、でも時折鮮やかにポップな作品となっており、きちんとした棲み分けは出来ていますね。もしかしたら、レーベル自体が選んでいたのかもしれないな、と思ったりして。

[Silver Lining Underwater (The Bliss Out, Vol. 3)] (1997)

次の作品をリリースするために、FlowchartのSean O'NealがDarla Rcords傘下に立ち上げたレーベルFuzzy Boxに音源を送った際、過去にレコーディングしながら、KrankyやDrag Cityに送ってボツになっていたアンビエントな音源があることを聞いたSeanは、Darlaがアンビエント・シリーズをリリースしていることを教え、1994年~1996年にレコーディングされた音源を大量に送らせたところ、Seanが親会社のDarla Recordsに推薦し、主宰のJames Agrenが選曲して纏めた上で、晴れて”Silver Lining Underwater (The Bliss Out, Vol. 3)”としてリリースされています。タイトルは、以前に自主で出したものと同じですが収録曲は全く異なります。しかし、サウンドの基本線は近く、レコーディング当時にハマっていたというDurutti ColumnやBrian Eno, Kraftwerkに影響を受けた、エレクトリックでスペイシーなドローンにも似たインストゥルメンタル作品となっています。もちろん、Darlaのアンビエント・シリーズ"The Bliss Out"の中の1枚としてリリースされています。もう一枚、”Another Orange World”をDarla Recordsからリリースしています。このタイトルって、どう考えても...。

[Fluffy Pillow] (1997)

リリース・ラッシュだった1997年、FlowchartのSean O'Nealに送っていた、本題のフル・アルバム”Fluffy Pillow"がFuzzy Boxからリリースされています。今作は、Jim Raoが最も出したかった音源の待望のリリースでした。1950年代のラウンジ・ミュージックと、1980年代のシンセ・ポップとギター・ポップをミックスした作品で、なるほど非常にクオリティの高い作品になっています。オリジナリティよりも音楽愛を優先させた様な、様々なオマージュが散りばめたこの作品は、全てのインディ・ポップ・ファンの心に届くに違いない作品になっています。Esquivel!とHuman League(いや、ABCかな?)とFelt(いや、Biff Bang Pow!かな?)が、現在進行形のOrange Cake Mixと共演したようなサウンドは、皆の夢が詰まったような、まさにドリーミィなポップ・アルバムです。

[Blue Island Sound] (1997)

1997年にリリースされた作品でもう1枚、新しいアルバム"Blue Island Sound"をElefant Recordsからリリースしています。再びギター・ポップをやっていますが、ドリーミィでライトなサウンドが多重録音になっていて、メロディが内省的になっているのは、確信犯的...と思っていたけど、これもナチュラルなんだろうなあ。彼のパーソナルな部分、まあ要はレコーディング時の気分がそうだったんだろうというのが出ている感じかなあ。と、言いながら、"Fluffy Pillow"とは異なる、ライトで明るいエレクトロックでポップな楽曲が多いです。本人曰く、トリップ・ホップやデジタル・ロックへのオマージュと公言しています。”Fluffy Pillow"と本作は、1996年にレコーディングしたお気に入りの曲を詰め込んだもので、いわば兄弟みたいな作品で、彼が最も出したかった作品の様です。確かに、自信作と言われても疑いようのない好作品です。今作は、徳間ジャパンからライセンス・リリースされ、本国アメリカを飛び越えてスペインと日本でのリリースという変わり種なものとなっています。

[Ocean Rainbow] (1998)

1998年~1999年には、何故か日本のレーベルから引っ張りだこでした。"Blue Island Sound"の日本発売時に来日して(ライヴは行っていませんが)、日本のミュージシャンと交流したり、日本限定の作品を契約したりした様です。彼の奥さんは日本人の方みたいで、縁を感じたのかも知れませんし、垣根は低かったのでしょうね。その時に契約した日本限定のアルバム”Ocean Rainbow”を徳間ジャパンから、”Dream Window”をClover Recordsから、”Pink Grapefruit”を Vroom Sound Recordsからリリースしました。その後も、イタリア、ペルーなどの世界各国のインディ・レーベルからリリースされたり、 Blackbean And Placenta Tape Clubを通じてヴィヴィッド・サウンドからも日本限定版"Pink Grapefruit"がリリースされています。よくこんなリリース・ペースが可能だなあと思いますが、彼は気分屋な分、気負いが無いのか、気分が乗れば多くの曲を作るし、乗らなければ作らない。そのシンプルさこそが、彼の持ち味でしょうか。アルバム用に曲を作って、ボツにした曲をシングルで出して、というスタンスみたいです。しかし、その時のレコード会社は、現在は消滅したか、以降の作品をリリースしたがらないとボヤいていましたが。その後も数多くの作品を色々なレーベルを渡り歩きながらリリースを続けました。”Revolving Paint Dreams Spinning Round Again”なんて、タイトルで思わずニヤリですね。Denver, Mandorris, Wookiebackなどとの他アーティストとのスプリットやコラボレーションも行っています。

音楽業界の慣習に捉われずに、自由で風変わりな方法で活動を続けるOrange Cake Mix。音楽でお金を稼がずに、スーパーマーケット(現在でもそうかは不明ですが)で働きながら、近年でも日々レコーディングを続けています。レーベルへの売り込みを止めてビジネスとしての音楽業界と手を切った彼は、生きている限りBandcampでアルバムをリリースし続けるつもりと宣言しています。そんな彼だけど、野望はあるみたいで、架空でもいいから映画のサウンドトラック、若しくはCM用の音楽、要は映像向けの音楽を作るのが夢みたいです。彼のような感性があれば、きっといつかは実現するのでは。したらいいなあ、と思います。今回は、彼自身が自信作と公言するアルバム”Fluffy Pillow”収録のこの名曲を。

"Interlude For Love" / Orange Cake Mix

#忘れられちゃったっぽい名曲


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