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"MINIMAL COMPACT"の事。

ミュージシャンにとっての活動拠点の変更について考えてみる。各々個人の事情というのは色々あって、こんな田舎いやだー、都会へ行くんだってのもあるだろうし、社会的に活動しづらかったり、抑圧されて活動を制限されてしまうのを嫌って表現の自由を求めるアーティストもいる。アメリカやイギリスくらいになると、国内でも色んな場所で独自のサウンド・スタイルがあるので、それに憧れて移転を決める事だってあるだろう。一方、その国の音楽文化が自身に合わないと移転する人もいる。オーストラリアからドイツやイギリスに行く人、アメリカからベルギーに行く人、色んな事情があるけど、音楽的志向に依るところが多いので、妥協しない強い決意を感じる。イスラエルという国の1980年代の音楽事情は詳しくは分からないけど、ビッグネームしか入ってこない保守的な環境だったみたいで、パンクやポスト・パンクの志向を持った人たちにとっては、国を出ることが夢を追うことだったんだろうな。イスラエル出身で、オランダを経てベルギーに移住して活動した名バンドがいました。その名前は、Minimal Compactと言います。

[Crammed Discs] 

Minimal Compactは、1980年にイスラエルの大都市テルアビブで結成されています。初期メンバーは、ベース/ヴォーカルのMalka Spigel, ヴォーカルのSamy Birnbach, ギター/キーボードのBerry Sakharofの3人組でした。結成当初、バンド経験があったのはBerryだけで、Malkaは音楽は未経験、SamyはMorpheus名義でDJとして活動する傍ら、イスラエルで最初のパンク・アルバムと言われる Rami Fortisの”Plonter”に歌詞の提供を行う詩人でもありました。Samyはイスラエル在住時からベルギーのMarc Hollanderとは手紙をやり取りする仲だったみたいで、一体どこで知り合ったんだろう。イスラエルは、世界的に有名なアーティストの作品やライヴにしか触れられず、音楽文化的に保守的な国だったようで、メンバー含む友人たちは、敬愛するパンクやポスト・パンク系のサウンドやライヴに触れたいがために、オランダのアムステルダムへ集団で移転しています。1980年の事でした。先のイスラエルのパンク・ロッカー、Rami Fortisも一緒だったみたいですが、間もなくイスラエルに戻ったみたいです。好きな音楽に自由に触れられる環境は彼らの音楽に対する姿勢を大きく変え、レコードを聴き漁りライヴに通ううちに、音楽への創作意欲も刺激されたのか、自宅でデモ・テープを制作しました。ビート詩人のボブ・カウフマンの詩に曲を付けた"Creation is Perfect(I am a Camera)"と "To Get Inside"を含むこのデモ・テープは、オランダのバンドMecanoのDick Polakが持っていたレーベル Torsoがリリースする予定でしたが、旧知の仲だったMarc Hollanderに連絡したところ、彼が設立したばかりのレーベル Crammed Discsの数枚の作品=Marcと友人のVincent Kenisによる前衛ユニットAksak MaboulやHoneymoon Killersなどの作品を送って聴かせ、ベルギーに招待しました。ベルギーでのMinimal Compactのセッションを聴いたMarcは、自身のCrammed Discsからのリリースを希望します。この事実を、自分たちのサウンドを気に入ってくれていたDick Polakに告げた上で、彼に新しい作品のレコーディングに参加して欲しい旨を伝え、Dickは快諾しています。何だかいい話ですね。この後、Crammed Discsは独特なヨーロッパの美学と多様な音楽性を持ったバンドを次々と発掘する1980年代~ヨーロッパの重要レーベルへと成長しますが、それはまだ先のお話。

[Minimal Compact] (1981)

ベルギーの小さなスタジオで、先のDick PolakとMarc Hollanderとバンド自身が共同プロデュースを行い、楽器演奏でもDickとMarcが協力、Crammed Disc所属のDes AirsのStefan Karoや、Torso所属のPieter Bannenbergといった面々の全面的なバック・アップを受けて、音楽が繋ぐ国境を越えた友情から生まれたレコーディングが行われました。当初は7インチ・シングル用に3曲を録音する予定でしたが、Dickが連れてきたMecanoのメンバーのCorrie Boltenを加えたセッションが大いに盛り上がり、”Ready-made Diary”, "Happy Babouge"の2曲が即興で追加レコーディングされ、5曲入りのミニ・アルバム"Minimal Compact"となって1981年にリリースされました。ポスト・パンクの洗礼を受けた、既存のサウンドに捉われない実験的でフリー・フォームなリフやノイズ、イスラエルだけでなくトルコやイラクのルーツを持つという彼らから自然に溢れた中東色のオリエンタルなサウンドとエレクトリックなダンス・ビートのミックスは、非常に個性的なものでした。1回だけのつもりでレコーディングに臨んだ彼らですが、このエキサイティングなレコーディング・セッションは、彼らの音楽制作への欲求を更に刺激し、活動の継続を決意します。

[One By One] (1982)

1982年には2作目のアルバム”One By One”をロンドン、アムステルダム、ベルギーのスタジオでレコーディングしています。前作と同様に、Dick PolakとMarc Hollanderが共同プロデュースしました。今作は、ポスト・パンク直系のフリー・フォームなバンド・サウンドと、アンビエントでノスタルジックな雰囲気や中東風のオリエンタルでエキゾチックな雰囲気が増した印象の作品。ダンサブルでエレクトリックなビートは若干後退し、ダイナミックなものから抑制されたものまで、多彩なビートが大きな変化をもたらしました。それもそのはず、今作から正式なドラマーとしてMax Frankenが加入しています。これまでサポートに頼ってきたドラマーを正式に得た事により、バンドはライヴ活動を本格的に開始します。積極的なライヴ演奏は、結成当初は楽器に関しては素人同然だった彼らのサウンドを一気に進化させる事となります。この頃には、アムステルダムからベルギーに拠点を移し、活動しやすくなった彼らは、ライヴ・ツアーの範囲を拡大していきます。

[Deadly Weapons] (1984)

1984年には、3作目のアルバム”Deadly Weapons”をリリースしています。Gilles Martinと、Tuxedo MoonのPeter Principleがプロデュースを担当しています。同じブリュッセルに住んでいたTuxedo Moonは親しい友人でした。サウンド的にヨーロッパ的な志向と演劇への傾倒が強かったTuxedo Moonは、音楽芸術の受け取られ方の違和感から、出身地のアメリカでは活動しづらかったためベルギーに移ったという経緯があり、自分たちと境遇が近かったことが、彼らと接近させたのかも知れませんね。Tuxedo MoonのメンバーのBlaine L. ReiningerやSteven Brownも色々なところでMinimal Compactをサポートしています。今作から、彼らのイスラエル時代の友人で、イスラエル・パンクの祖と言われるRami Fortisが正式に加入し、5人組のバンドとなりました。彼の参加は、軽快で複雑な絡みを聴かせるギター・サウンドの格段の向上をもたらし、ダークな男性ヴォイスと女性ヴォイスの絡みや、流麗なシンセサイザーや奇妙なノイズ、ヘヴィなベースと強靭で多彩なビートによるサウンドは、これまでにないテンションを持っていました。バンドは、更に積極的なライヴ・ツアーを行い、活動の範囲を広げ、この頃に来日公演も行っています。イギリスでは、NMEのシングル・オブ・ザ・ウィークに選ばれ、John Peelのラジオ・セッションに出演しますが、あまり成功を収めることは出来ませんでした。

[Rasing Souls] (1985)

1985年には、4作目のアルバム”Rasing Souls”をリリースしています。WireのColin Newmanがプロデュースを担当しています。Colin Newmanはギターとキーボード、Marc Hollanderはパーカッションでバンドをバック・アップでしています。ディレイが掛かった流麗でダークでフリーなギター、低音の男性ヴォイスとフリーで幽玄な女性ヴォイスの印象的な絡み、フックの効いたビートとエレクトロニクス・サウンドが混ざり合ったこのアルバムは、円熟期を迎えたバンド・サウンドの充実が顕著な作品です。この作品での共演が縁で、MalkaとColin Newmanは夫婦となり、様々なユニットやレーベルで活動を共にしていくこととなります。今作収録の"When I Go"は、ヴィム・ヴェンダース監督の映画『ベルリン・天使の歌』のサウンドトラックに収録されており、劇中でも印象的に使用されています。

[Figure One Cut] (1987)
[Lowlands Flight] (1987)

1987年には、4枚目となるフル・アルバム"Figure One Cut"をリリースしています。Cocteau Twins, M/A/R/R/S ,Depeche Modeなどを手掛けた4ADお抱えのJohn Fryerがプロデュースを手掛けています。今までに無くカラフルでリズミカルなギターとノイジーなギターやシンセサイザーが鳴り響き、伸びやかなバンド・サウンドとヴォーカル、ダンサブルなサウンドが印象的で、ヨーロッパ的なダークな美学と不穏な雰囲気や、オリエンタルなムードが結集したバンド・サウンドが素晴らしい作品です。シングルとしてもリリースされたLed Zeppelinの”Immigrant Song”のカヴァーを収録しています。故郷へ帰ることを希望したRami Fortisは、このアルバムを最後にバンドを脱退し、イスラエルでソロ活動を中心に幅広い活動を行います。同年の同時期に、もう1枚のアルバム”Lowlands Flight ”をリリースしています。バンドのミステリアスなサウンドが協調されていて、個人的には興味深い作品です。今までで一番オリエンタルな作品と言えるかもしれません。プロデュースとエンジニアをイスラエル人のUri Barakが手掛けているのが大きいかも知れませんね。この作品は、Crammed Discsがサウンドトラックや映像的な作品をリリースするシリーズ "Made to Measure"の中の1枚としてリリースしたものです。このシリーズは、Tuxedo Moonのメンバーをはじめ、Crammed所属アーティストのソロやコラボレーション作品、フランスの作曲家 Hector Zazou、Lounge LizardsのJohn Lurieが手掛けたジム・ジャームッシュ監督映画のサウンドトラック、清水靖晃が手掛けたサントリー・ウーロン茶のCM曲集などがリリースされています。この年に、カレッジ・チャートで好評だったアメリカ進出を目指してライヴ・ツアーを続けましたが、スケジュールしていた全米ツアーは、米国の移民局がビザの発行を拒否したためキャンセルされてしまいました。

[Minimal Compact Live] (1988)

1987年のツアー中に、バンドはライヴを録音しています。バンド結成時は素人同然だった彼らは、数々のステージの経験によって、ライヴ・バンドにまで進化していました。フランスのレンヌにあるUbu Clubで行われたこのライヴは、バンドの充実を実感させる迫力のあるものでした。レコードで聴くバンド・サウンドとは異なる、アグレッシヴなカッティング・ギターとノイズ・ギター、実験的でフリー・フォームなサウンドやヴォーカルのカオティックなテンションには驚かされます。しかし、この時のライヴ・ツアーを最後にバンドは解散してしまいました。前作のレコーディング中に巻き起こったバンド内の軋轢と、アメリカへの上陸を果たせなかった事に起因するのではないかと思われます。バンドが解散した後の1988年に、ラスト・アルバムとしてこの時のライヴの模様が”Minimal Compact Live”としてリリースされました。Minimal Compactは、イスラエルのバンドとして初めてワールド・ワイドに活躍した事が評価され、イスラエルが生んだ英雄として語り継がれています。

[Creation is Perfect] (2019)

バンド解散後、メンバーは各々拠点を移して音楽活動は盛んに行っています。Berry Sakharofはイスラエルに戻って、先にイスラエルに戻って活動をしていたRami Fortisのプロジェクトに参加、Samy Birnbachもイスラエルで元々やっていたDJ業を「DJ Morpheus」として再開し、主にアンビエント系のDJとして有名になり、リミキサーとしても活躍しています。彼の活動にはMarc Hollanderが全面協力し、Crammedのエレクトリック・ミュージック部門を担うサブ・レーベルのSSR Recordsを拠点に、Carl Craig, μ-Ziq, 4 Hero ,Dj Spinna, Telex & Bebel Gilbertoなどのアーティストのリミックス・プロジェクトや、数々のコンピレーションを手掛けています。ベルギーに残ったMalka Spigelは、Crammed DiscsのHector ZazouやBenjamin Lewの作品に参加、ソロ名義での作品もリリースし、夫のColin NewmanのユニットGitheadやSwimレーベルの運営にも携わり、その後は拠点をイギリスに移して活動しています。オランダに戻ったMax Frankenは、Malka SpigelのソロやGitheadにドラマーとして協力しています。バンドは解散しましたが、メンバーや、バンドのアニバーサリーの2004年、2008年、2012年、2016年、2018年に、短いライヴ・ツアーのために断続的に再結成しており、現在でも親交は続いています。2018年のライヴの音源はライヴ・アルバム"Creation is Perfect"としてリリースされています。この作品は、何となくやってみたというスタジオでのレコーディング・セッションで生まれた新曲”Holy Roller”を追加で収録して2019年にリリースされています。

理想の音楽を求めて拠点を移したバンドと、彼らをサポートした異国の仲間たち、国境を越えて音楽が結び付けた友情は、現在でも様々な形で広がりを見せています。イスラエルを代表するロック・バンドとなった彼らのライヴには、現在でも熱狂的なファンで埋め尽くされている様です。今回は、Minimal Compactの曲としては若干異質かも知れませんが、ヴィム・ベンダースが惚れ込んで映画に起用した、スロウでシンプルで、メロディの素晴らしさが際立っていたこの名曲を。

"When I Go" / Minimal Compact

#忘れられちゃったっぽい名曲

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