"THE WOLFHOUNDS"の事。
バンドの活動っていうのは、かなり根性がいる事だと思う。デビューからメジャーや、有名なインディ・レーベルと契約したって順風満帆な訳じゃなくて、その後は苦労が重なるばかりと、大変な稼業だよなあ、と思う。デビューから、新人発掘プロジェクトに大々的にフィーチャーされて、順風満帆な音楽活動を送れると思っていたが、人情的に非情な音楽業界で生き残れなかったバンドは多い。特にUKは、人口比でいくと多すぎる位に多くて、瞬く間に消えてしまったりする。中には、時代の先を行き過ぎて評価されずに解散してしまったバンドもかなりの数存在した。さて、このThe Wolfhoundsなんてどうでしょうか。
The Wolfhoundsは、英国イングランド東部のエセックス出身で、1985年に結成されたバンドでした。初期メンバーは、ごく短命に終わったガレージ・バンドChange LingsのメンバーだったヴォーカリストのDave CallahanとドラマーのFrank Stebbingに、ギタリストのPaul ClarkとAndy Golding、ベーシストのAndy Boltonを加えた5人組でした。1986年にThe Pink Labelと契約しています。この怪しげな名前のレーベルは、June BridesやJamie WednesdayやMcCarthy、そしてThat Petrol Emotionを発掘したという実はスゴいセンスを持ち、1984年に設立されたものの1987年に閉鎖した伝説のレーベル。バンドのデビュー・シングル"Cut The Cake"は1986年にThe Pink Labelからリリースされ、1980年代のUKインディ・シーンを語る上で外すことは出来ない、Primal Scream , Close Lobsters , McCarthy , Wedding Present , Half Man Half Biscuitといった有望バンドの楽曲を集めて、NMEが編纂したコンピレーションアルバム"C86"に収録され、幸先いいデビューを果たします。思えば、このコンピ収録のメンツの大半は早々と消えてしまっていますが...。
1987年には2枚目のシングル"The Anti-Midas Touch"と、デビュー・アルバム"Unseen Ripples From A Pebble"をThe Pink Labelからリリースしています。これらの作品は、若干青春ポップしていた"Cut The Cake"とはイメージの異なる、ノイジーなカッティング・ギターの嵐とキーボードが印象的で、1980年代UKインディの定番と言えるドコドコしたビートなどにはClose LobstersやWedding Presentと近い方向性は感じますが、テンポが目まぐるしく変わる実験的なサウンドやクセの強いヴォーカルとコーラスによって独特の世界観を作り出していました。同年のシングル"Cruelty"をThe Pink Labelからリリースしますが、レーベルが閉鎖してしまったため、同じ年のシングル"Me"はIdeaというレーベル、1988年のシングル”Son Of Nothing”は、元The Pink LabelのPaul Suttonが、McCarthyやWolfhoundsなどとの契約を履行するために設立したと思われるレーベルSeptemberからリリースしています。この頃にはメンバー・チェンジがあり、David OliverとMatt Deightonが加入しています。
1988年には、レーベルをUKネオサイケ総本山のMidnight Musicへ移籍、シングル”Rent Act”、翌年にはシングル"Happy Shopper"をリリースし、同年にフル・アルバム”Bright And Guilty”をリリースしています。先行シングル3枚の表題曲を含むこのアルバムは、ヴォーカルとコーラスのアクの強さ、対照的に良質なメロディ、益々実験的になりながら、様々な表情を見せる豊かでストイックなギター・サウンド、変化に富んだビートが混然一体となったテンションの高いサウンドとなっています。叙情派サイケが中心だったMidnight Musicの中にあって、非常にノイジーでエモーショナルな彼らのサウンドは、ある意味浮いてはいましたが、そんな事を意に介さないような強靭な意思により作られたサウンドには強烈なオーラがありました。同1989年にはミニ・アルバム"Blown Away”をリリース、創作意欲はとどまる事を知らず、この頃がバンドの最盛期と言えるでしょうか。この頃のサウンドは、近年のUKロック・バンドを彷彿とさせる部分が随所に聴かれ、彼らが「早すぎた」バンドだということを証明しています。
1990年には、4枚目となるアルバム"Attitude"をリリースしています。早いリリース・ペースと、ライヴ・サーキットにより、バンド内の緊張は頂点に達し、同年にバンドは解散しました。バンド解散後、David Callahanは、Margaret FiedlerやJohn FrenettとMoonshakeを結成しています。Andy GoldingとFrancis Stebbingは、新バンドCrawlを結成してCreation Recordsからデビューしますがシングル1枚で消滅。Matt Dayghtonは、新バンドのMother Earthを結成してAcid Jazzからデビュー、アシッド・ジャズ・ムーヴメントの中でフォーキィなサウンドで活躍することとなります。
バンドは2005年にデビュー20周年のライヴを行うために再結成し、翌2006年には"NME C86"のリリース20周年ライヴに出演しています。David Callahan、Andrew Golding、Pete Wilkins、Richard Goldingのメンバーでライヴ・サーキットにより手応えを掴んだ彼らは、新しいレコーディングを行います。2012年には、バンドの初期に曲は完成していながらもお蔵入りにしていた楽曲をレコーディングしたシングル"EP001"をVollwert-Recordsというドイツのインディ・レーベルから限定CD-Rと7インチでリリースしています。同年には、レニー・エイブラハムソン監督の映画「FRANK -フランク-」のモデルになったイギリスのコメディアン、クリス・シーヴィが生み出したキャラクター、Frank Sidebottomの記念碑を建てるためのベネフィット・ライヴにて、StereolabのLaetitia Sadierと共演しました。翌2013年には、本格的な復活シングル”Cheer Up”と"Divide & Fall"をOdd Box Recordsからリリースした後、16年ぶりとなるフル・アルバム"Untied Kingdom (...Or How To Come To Terms With Your Culture)"をリリースしています。バンドの最盛期のテンションを持続しながら、個々に活動はしていたりライヴも行っていたものの、Wolfhoundsとしてのブランクを感じさせない完成度の高い作品です。David Callahanの齢を重ねて熟練したアクの強いクセ者ヴォイスと女性コーラス、テンションの高い2本のギターのカッティングとザラついたソロのせめぎ合い、多彩なビートを刻むドラムスとベース、実験的に挿入される様々なノイズなどによる混沌としたサウンドがスリリングで、フックのあるヴァラエティに富んだ楽曲が並ぶ傑作アルバムです。
2018年には、1986年~1988年にレコーディングしたピール・セッションの音源を集めた編集盤”Hands in the Till: The complete John Peel sessions”をA Turntable Frinendからリリース、2020年には最新アルバム”Electric Music”を、同じく A Turntable Friendからリリースしています。2019年からは、David Callahanはソロ名義で、他メンバーも別ユニットで活動をしていますが、バンドは断続的に活動しています。
"NME C86”という雑誌が作り上げたムーヴメントは、大きな盛り上がりを見せ、数々のバンドを世に知らしめた。収録されたアーティストの中でも、その後順調に活動した者もいれば、すぐに消えてしまったバンドもいた。時代の音に合わなくて不遇の音楽人生を送ってしまったバンドもあった中で、時代に流されないバンドの独自のスタイルを守り、早すぎる進化を遂げたために一旦リタイアしたものの、したたかに復活して自身のサウンドを追求していったThe Wolfhoundsというバンドの根性には、頭が下がります。ロック親父の同窓会的なリユニオンも多いですが、彼らの再結成は、今の時代に、このバンドの凄さを知らしめるためだったのか、とも思います。
今回は、バンドがMidnight Musicに移籍してリリースした同名シングルと、フル・アルバム”Bright And Guilty”に収録されていた、”C86”に収録されていた曲とは対極にあると感じさせる、その後のUKロック勢が皆んなお手本にしたのでは?と思わせる、時代を先取りしてしまったこの名曲を。
"Happy Shopper" / The Wolfhounds