"CARMEL"の事。
その土地ならではの音楽ジャンルをカテゴライズするってのは多いですが、近辺の出身だからと言ってみんな同じサウンド志向って訳は無くて、まあ地元のスモール・サークル・オブ・フレンズの中では、音楽志向が似たバンドが多くなるのは分かるけど、同じ故郷で同じ時代に活動しても、近くて微妙に異なる音楽性を持ったバンドってのが育つものです。主義主張が強いバンドはいいけど、たまたま契約したレコード会社の意向が色濃くなっていると、ちょっと疑問が生じる。Kalimaと同じマンチェスター出身で、同じ女性ヴォーカルでジャズ志向があっても全く異なる音楽人生を送っているバンドがいるんです。それが、このCarmel。
Carmelは、1982年に英国イングランドはマンチェスターで結成されたバンドです。女性ヴォーカリストのCarmel McCourtと、ベーシストのJim Paris、彼の従弟でドラマーのGerry Darbyの3人により結成されました。Carmel嬢の名前が名称なので、ソロかと思われますが、れっきとしたバンドです。1982年にインディ・レーベルのRed Flameからデビュー・シングル"Storm"をリリースすると、いきなりUKインディ・チャートの13位に送り込むという、格段のデビューを果たします。この曲は、デモか?と思うような荒っぽいレコーディングながら、圧巻の声量でソウルフルに歌い上げるCarmel嬢のソロ・ヴォーカルをメインに、ザラついたビートとヘヴィで風変わりなダブル・ベースやフリーキーなサックスが絡み合う、ポストパンクとソウルのテイストを併せ持っていました。同じ年にRed Flameから6曲入りミニ・アルバム”Carmel”をリリースしています。このアルバムには、デビュー・シングルに収録された"Storm"、The Miraclesの"Tracks Of My Tears"、ポピュラー・クラシック"Guilty"という渋い選曲のカヴァーと新曲3曲を収録しています。今作もCarmel嬢のソウルフルなヴォーカルを核としていますが、ポスト・パンク期のヒリヒリする様な混沌としたDIYサウンドや呪術的なヴォイスのリフレインやドコドコしたビート、サポート・メンバーによるフリーキーなサックスなど、The Pop GrounpとかSiouxie & the Bansheesなんかを彷彿とさせたと言っては言い過ぎか。2枚の音源リリースのみで、早くもメジャー・レーベルのLondon Recordsとの契約をモノにします。
1983年にLondonからシングル"Bad Day"でメジャー・デビューします。インディ時代の混沌とした部分は後退したものの、伸びやかで力強くて奔放でダイナミックなヴォーカルはそのままに、まだ粗削りな部分はあるものの、静謐感がありながらシンプルでクール、時折壊れそうになるサウンドがスリリング。同年に”Willow Weep For Me”、翌年に"More More More"と立て続けにシングルをリリース。これらのプロデュースは、WireのEMI時代の諸作やSof Cell等を手掛けたMike Thorneが担当しています。この3枚のシングルは、いずれもUKナショナル・チャートにランク・インしています。
1984年に先行シングルを収録したセカンド・アルバム”The Drum is Everything”をリリースしています。Carmel嬢の芯の強いソウルフルなヴォーカルを中心とし、分厚い女性コーラスやカラフルなホーンやライトなキーボードなどを取り入れたカラフルなスイングするサウンドは、いかにも1980年代のメジャー流ですが、それに決して負けない強靭なヴォイスと、2人のメンバーの叩き出す多彩なビートの進化にも驚かされます。ジャズというよりは、スイングするゴスペルといった趣きでしょうか。性急なビートや自由なパーカッションとベース・ラインには、ポスト・パンクのクールでフリーキーな雰囲気も感じさせます。ニュー・ジャズとポスト・パンクの橋渡し的存在と言って過言ではないかもしれません。今作もUKナショナル・チャートの上位に送り込みます。
1986年には3作目のアルバム”The Falling”をリリースしています。前作と比較すると緩急の抜き差しが進化し、カラフルだったキーボードやサックスはグッと抑えられ、よりヴォーカルに寄り添う様になっています。スローな曲からアップテンポな曲まで、振幅の広いヴォーカルの感情表現が豊かになり、激しく高らかに歌い上げる部分を後退させ、ジャジーでメロウなサウンドと共に、非常に整合感のある作品となっています。トータルのまとまりとしては、今作が非常に優れていると思います。数曲ですが、Brian Enoや Hugh Jonesがプロデュースを手掛けています。
1987年には4作目のアルバム”Everybody's Got A Little...Soul”をリリースしています。デビュー時のプロデューサー、Mike Thorneが再び手掛けたこの作品は、カラフルなサウンド・メイキングがかなり派手になっていてプロデュース過多とも思えますが、実はメンバー個々の個性が最も発揮された作品かもしれません。この辺りからチャートアクション的には奮わなくなってきますが、長いバンド活動はまだまだこれからでした。1989年に5作目のアルバム"Set Me Free"をリリース。このアルバムには、Bronski BeatとThe Communardsを経てソロとなったJimmy Somervilleが参加し、ハーヴェイ・ミルクに捧げた曲"One Fine Day"を収録しています。ベスト・コンピレーション・アルバム”Collected”を最後に、Londonとの契約を終了させ、タイトルが表す様に、バンドは再び自由になったのでした。
1992年の5枚目のアルバム”Good News”からは、EastWestに移籍しています。この頃はポピュラー・サウンド色が濃く、ジャズやゴスペルのテイストは残しているものの、クリアーでライトなエレクトリック・サウンドが大半を占めたポップ作品となっています。ある意味整合感があるサウンドは、非常に聴きやすいものではありましたが、バンドのサウンドに常に存在した泥臭い部分は一掃されてしまいました。セールスは振るわず、EastWestとの契約は1995年の”World's Gone Crazy”の2作までとなっています。
レーベル契約を失ったバンドは、再び自由な活動に入ります。本国よりも支持されたヨーロッパへ拠点を移し、ジャズやソウルに加えてシャンソンにも接近し、これまでの活動で力を入れていたライヴに更に重点を置き、ヨーロッパ全土に幅を広げた熱心なライヴ・サーキットを行った結果、Carmel McCourtのヴォーカルが、フランスで「新しいエディット・ピアフ」という称号を得るという栄誉、イタリアではメッシーナ音楽祭で最優秀ジャズボーカリストを受賞しています。ライヴが身上であったCarmelは、1997年からはスタジオ・アルバムを制作せず、多数のライヴ・アルバムをリリースしています。
自由な活動をする一方、メンバー個々の活動も多様化していきます。Jim Parisはフランスを拠点とし、マルチメディア・アーティストのXumo NounjioとNzi Dadaを結成、Carmel McCourtは、シンガー、作家、教授として様々なプロジェクトに参加しました。2000年頃、世界を舞台に活動するメンバー2人とは違い、マンチェスターに残りたがったGerry Darbyは、バンドでのライヴ活動からは手を引いたみたいですが、籍は残ってるみたいです。Carmel McCourtとJim Parisは、再びジャズのフル・バンドをバックに従えて、バンドの過去楽曲を再び演奏するヨーロッパ・ツアーをスタートし、大成功させています。この模様は、2004年のライヴDVD"More,More、More"に収録されています。その後は、Edith Piafの楽曲を再構築したアルバム"StrictlyPiaf"をリリースしたり、大盛況だった1988年のMontreal International Jazz Festivalでの演奏がCD化されています。盛んにツアーを回って過去の作品を演奏して好評を博す中で新曲も披露、2022年にはCarmelとしてのニュー・アルバム"Wild Country"をリリースするなど、まだまだ情熱は果てることがありません。
Carmelというバンド、特にCarmel McCourtがこんなにも長く活動するのは、ただただ歌いたい、ライヴで自分たちの楽曲を演奏して聴いてもらいたいという非常にシンプルで、でも凄く大事なことではないかと思います。コマーシャル・サクセスを追求せず、ごくごく自然な形で好きな音楽を演奏して回る、そんな彼女たちには尊敬の念しかありません。幸せな音楽人生に幸あれ!こんな素敵なバンドは、もっと多くの人々の心に残って欲しいです。
今回は、力強い早口ヴォイスと、インディ時代の危うさを残しながら進化したバンド・サウンドがスリリングな、もっと長くてもいいのにと思うくらいあっという間に終わってしまう、2作目のタイトル・トラックを。
"The Drum is Everything" / Carmel