あなたになれない わたしと、わたしになれない あなたのこと #17
※リンク先にこの記事についての撤回文「性暴力を許そうとすることの誤謬について」があります。合わせてお読みください。
#17 . ナンパしてきた男のこと
男女の友情を信じるか、と聞かれると、バイセクシャルなので信じざるをえない、と答えることにしている。
とくべつ隠してもいないし、かといってとくべつオープンにもしていないけれど、バイセクシャルだ。はじめて好きになったのは女性で、男性とも女性とも交際したことがある。
なので、性別だけで見たときに好きになる可能性があるからといって、友だちになれないと決めつけてもらっては困る。わたしだけ誰とも友だちになれなくなってしまう。
性の話はほんとうに個人によって違うので、これはあくまでもわたしの場合だが、まずわたしはバイだからといって全員が性愛の対象になるわけではない。好きになる相手とそうでない相手との線引きが、性別とまったく関係ないところにあるだけだ。好きになれる範囲の広さでいえば、むしろまわりの友人より狭いような気がする。
これはべつにバイだからではないと思う。異性のみ、または同性のみが好きな人でも、好きな性別だからといって全員を好きになりうるわけではないだろう。そこに関しては、条件はそんなに変わらない。
ようは、「男女でも互いに性愛の対象にならないことはありえるし、そのばあい余裕で友だちになれるでしょ」というのがわたしの主張である。事実、男友だちもそれなりにいる。
ところがだ。
「互いに性愛の対象になっていない」と思っていた男友だちが、急に告白してくる、あるいは性的な目を向けてくる、ということが、たまに起こる。
そのたびわたしは、自分の感情があまりに大幅にふれることに自分でおどろく。
なぜか急に挙動がバグを起こし、仮にも好きだと言ってくれた相手に対し、突然はっきりと嫌悪感を抱くようになる。そして、制御しきれないほど激昂したり、逆にひどくおびえたり、ひとりでふさぎこんだりしてしまう。
もとが仲のいい友だちであればあるほど、揺り戻しのように大きな反応がくる。
それから、毎回、「男女の友情を信じる」といったことをすこし後悔する。激しい感情が去ってからも、信じているのはわたしだけだったじゃないか、という寂寥感は、心のいちばんやわらかいところに残りつづける。
あのときの、裏切られたような、軽んじられたような気持ちはなんだろうか。
そもそも、わたしは女性としてふるまうことがそこまで得意ではない。
化粧もめったにしないし、服もおっかなびっくり着ている。これはもとを正せば、自分の容姿を好きになれないところから始まっているかもしれない。「かわいいかどうか」という目線にさらされることに抵抗があり、あらかじめ自ら白旗をあげることでそこから逃げつづけてきたのだ。それでも仲良くしてくれるかどうかが、信頼できる、つまりわたしを「女性として」見ない男友だちを見きわめる試金石にもなった。
その結果、自分のなかで、自分が女性でないかのようにふるまいたいわたしと、女性であるわたしが、分裂を起こしてしまったような感覚がある。
自分のからだに、抗いようもなく女性である別の自分が住んでいる。そして、そいつが気持ちわるく、生々しく感じる。
だから、急に「女性として」見られると、自分の望まないありかたを押しつけられ、値踏みされているような焦燥感におそわれる。急いで逃げ出さなければ、自分が自分のままではいられなくなるような。
おそらくわたしは、つねに周囲の男性に対して期待しているのだ。わたしがわたし自身に対してそうしているように、わたしを女性としてあつかわず、「かわいいかどうか」以外の価値基準をわたしに対して採用してくれることを。そして同時に、つねに少しずつ、失望してもいる。
性自認は女性のはずなのだが、どうも自分の性とうまく付き合えないまま、二十三歳になってしまった。
◆
そんなふうに反発したあげく、絶縁したままの男友だちが、何人かいる。
いちばんひどいときには、友だちですらない初対面の男の人にめちゃくちゃに怒ったことがある。渋谷で立っていたら声をかけてきた男だった。ナンパだ。
わたしには「Anti-Trench」というユニットを組んで一緒に活動している熊谷という相方がいて、彼が別のユニットでライブをするというので、その開演を待っていたときだった。
ぼんやり立っていたから、待ち合わせに見えたのだろう。普段ならナンパされた時点ですぐその場を離れるところなのに、そこでやるライブを待っている以上そうもいかない。見たところまだ若い、背の低くて早口な男だった。しかたなく質問に応じはじめる。
「待ち合わせですか？」
「ちがいますよ」
「何分暇ですか？」
「さあ……」
「僕と十分だけお茶しませんか？」
みょうに下手に出てくるのが、そのときなんとなく神経を逆なでした。
「お茶したくて声かけたんですか？」
「あ、そうです！」
「絶対うそでしょ」
「なんでそんなこと言うんですか」
「なんでわたしに声かけたんですか？」
「僕、田舎から出てきたばっかりで、東京にお友だちほしいなって思って」
「それは男でも女でもいいんですか？」
「あ、そうです！ 全然！ 全然ナンパ目的とかじゃないんで！」
どんどん好戦的な気持ちになってきて、どうやら楽器のセッティングが済んだらしい相方を手招きで呼び寄せる。
「熊谷さん、どうしよう、ナンパされちゃった」
「ナンパじゃないって言ってるじゃないですか！」
「そうでした。友だちがほしいんだって。男でも女でもいいんだって。熊谷さんなってあげたら？」
男はあきらかにリアクションに困っている。
なにも知らずにやってきた相方だったが、さすがは高校生のころからの付き合いである。わたしが自分を口説こうとした男に理不尽に怒ることもよく知っており、そのときも、わたしと男のようすを交互に見やり、なにかを悟ったらしい。わたしに「ほどほどにね」、そして男に「ご愁傷さまです」と言い残し、ちゃっかり自分のライブのフライヤーを男に手渡して去っていった。なんだあいつ。
そこまでされても、男はめげずにわたしに話しかけつづける。
「お茶がだめなら連絡先教えてください」
「女の人ってそういうの警戒すると思うので、ほんとうに友だちがほしいなら男の人に話しかけたほうがいいと思いますけど」
わたしもみょうにヒートアップしていた。とにかく、わたしに話しかけてきた動機に性愛があることをはっきりと認めさせたかった。そのあとに、わたしはその性愛がたまらなく嫌なのだ、ということを、どうしても伝えたかった。
「僕彼女もいないんで、どうせならきれいな女性とお友だちになって、そっから始められたらなーって思って」
それみたことか。
「結局そこですよね。あなたが、わざわざ女性を選んで話しかけてきたことも、こいつだったらいけるかもって思われていることも、容姿をほめれば喜ぶだろうみたいな感じも、すべてが嫌です」
そのとき、わたしはやたら居丈高で、勝ち気だった。まくしたてたあと、嫌悪感と、カードゲームをしているときのような昂奮とがないまぜになって、からだが熱かった。
男はしばらく目を泳がせていたが、いちおう弁解するようすを見せてくる。それがまた癇に障った。目的があるなら時間を無駄にするな、さっさと次の女に声をかけないのはばかだ、と説教さえした。
完全に優位に立っているはずなのに、つねにどこかかなしかった。自分のほうが居丈高になっているにもかかわらず、始終一貫して相手にばかにされつづけている気がした。
「女の子にここまで言われたのはじめてです。ラインだけ交換してくれませんか？」
「絶対しません」
そこで、相方のバンドの演奏がはじまって、空気がいっしゅん、そちらを向いた。わたしがそのまま男に背中をむけると、男はしばらくなにか言っていたけれど、そのうち去っていった。後日、あらためて相方に「君は非力なんだから、危ない目に遭うかもしれないんだから、ナンパしてきた男には怒ったらだめだよ」と指導された。わたしの怒り方の理不尽さのわり、かなり良心的な指導だと思った。
そのあとも、しばらくナンパされたことに腹が立っていた。が、その一方で、もしかしたら、彼はほんとうに友だちが欲しかったのかもしれない、とも思いはじめた。
たしか、その春に上京してきたばかりだと話していたはずだ。もちろん百パーセントではないにしろ、十パーセントか二十パーセントくらいは、たださみしくて、ほんとうに誰かと話したかっただけなのかもしれない。
仮にそうだとして、わたしと彼が友だちになれた可能性はあっただろうか。
◆
ところで、さいきん、男性と関わっていてショックをうけた。でも、友だちだと思っていた相手に失望させられたとか、そういう類のショックではない。
ある学校に訪問を申し込む機会があった。おそるおそるメールを送ったが、学校の方からの返事は感じがよく、わたしの訪問を快く受けいれてくれているようだ。そのあと、わたしのほかにもうひとり男性が同行することになり、その旨を伝えなければならなくなった。
そこで、ごくいっしゅん、ためらいが生まれた。
男性が同行するとなったら、警戒されて、断られてしまうんじゃないか。わたしだけのときとはわけがちがう。まして相手は学校だし、当然女子生徒もいるだろうし、どう思われるだろうか、そこまで考えて、急に水を浴びたように自分の考えがおそろしくなった。
わたし、性別を理由に、男性は危険で、警戒される存在だと思っている。
衝撃だった。
さんざん性別を前提に扱われることを拒否しておきながら、わたしのなかにも、「男性は」という大ざっぱな主語が眠っていたのだ。もちろん、そのとき同行しようとしていた男性はわたしが信頼を置いている相手で、まるで危険な人ではないということもわかっている。
それでも、「一般的にはどう思われるかわからないから……」という枕詞つきで発露したこれは、まちがいなくわたし自身の偏見にほかならないと思った。
罪悪感にうたれながら男性の同行をお願いするメールを送ると、これもまたあっさりと快諾されて、よけい力がぬけてしまった。
思えばずっとそうだったような気がしてくる。電車に乗っているときも、なんとなく女性の近くを選んで立つ。痴漢を避けるためだ。夜道で、男性がこちらに向かって歩いてくると、からだが強ばる。男友だちと遊んでいるとき、迷子らしき子どもや、落とし物をした女性を見つけると、警察を呼ばれないように、男友だちには一旦離れてもらってから声をかける。
これらは、すべて身の安全を確保したり、わたしではない他の人の非難を避けたりするための行為だとばかり思い、これまで疑いもしなかった。そのことの恥ずかしさが身をうっていた。もちろん、痴漢や性犯罪は怖い。それは変わらない。でも、いうまでもなく、それが男性全員を拒む理由にはならないのだ。
男性を頭ごなしに危険な存在として意識しているわたしが浮き彫りになると同時に、わたしがこれまで一方的に怯え、拒絶してきた男の人たちの影が、脳裏をよぎった。
わたしがほんとうに怖がり、嫌悪してきたのは、なんだろう？
◆
さて、告白の末に絶縁状態になった男友だちのなかにはときどき気丈なやつがいて、そのひとりがJくんである。Jくんはわたしの拒否反応にもめげずに連絡をよこしつづけ、二、三年の間をあけて、わたしたちはなんとなく友だちに戻った。とくに決め手があったわけではないけれど、Jくんにほかに好きな人ができ、わたしに向けられる必死さみたいなものが抜けたのが大きかった。
すっかりもとの友だち同士に戻ってからしばらく経ったあるとき、Jくんにそのことを伝えた。男友だちに告白されるとたいてい友だちでなくなってしまって気がかりなこと、Jくんがすっかりそういう気をなくしたのが申し訳ないけれどありがたいこと、以前に怒ったのを言いすぎたと思っていること。
すると、Jくんはこういった。
「あれ？ おれ、くじらに告白したんだっけ？」
なんだと？
よくよく聞くと、なんと、Jくんは、わたしに告白したせいで一度疎遠になったことを、すっかり忘れていたのだった。なんか最近また仲良くなったな、くらいに思っていたらしい。う、うそだろ、と笑いながら、ものすごく脱力した。そうか、こいつ、そんなもんか。もう、おかしいやら情けないやらで、弱った。もしかしたら、二十三歳にもなって告白しただしないだでまごついているのは、わたしくらいなのかもしれない。
わたし自身の激しいフィルタリングによって、いまわたしのまわりにいる親しい男友だちは、いわば「安全」な人ばかりだ。わたしに対して性愛の感情をもたないことを宣言し、律儀にその約束を守ってくれている。
では、ナンパしてきたあの男性は、「危険」だったのだろうか？
そう書くと、「そりゃ、安全ではないでしょ」といわれるような気もする。それも、よくわかる。誰よりも実感としてよくわかるつもりだ。あのときに相方に叱られた通り、わたしは男性に比べて非力だし、まあ、奪われうるものも持っている。なにより、わたしはほんとうは、そこまではっきり女性として暮らしたいわけではない。性愛のまなざしの前にさらされていては、そこを侵されて苦しいことも、もちろんある。
でも、わたしがこれまでにしてきたような拒絶や怒り以外に、性愛から身を守る方法はないのだろうか。
もしかすると、わたしが知らないだけでこれはすごく初歩的なことで、一般的な女性には「いや、ふつうにそんなに怒らなくても受け流せるから」といわれるかもしれない。でも、わたしにとっては重大な問題だ。もしも性愛を性愛のまま、でもおたがいに傷つかずに置いておくことができれば、わたしはそれこそ、誰とでも友だちになれるようになる。
そして、これまでだって、あんなふうに裏切られたきぶんにならなくても済んだのかもしれない。
これまで自分が過剰に、偏見でもっておそれてきたものと、本当に危険で避けるべきものとをもっとクリティカルに見分けていくこと。それが、いまのわたしがいちばん希求していることだ。
というわけで、いわば「性愛恐怖症」を克服する方法をさがしはじめた。という投げっぱなしで今回の記事は終わる。もちろん、克服しなければいけない、ということがいいたいわけではない。わたしが個人的に克服したいような気がするだけで、克服したくなければしなくてもいいし、わたしも、これからも女性専用車両があってありがたいと思う日は来ると思うし、克服する手立てもいまのところとくに思い当たっていない。
ただ、いつか、女性であること、男性であること、また、異性愛者や両性愛者や同性愛者であることを、右利きか左利きかくらいの軽やかさで受けあえるようになりたい、と望むのは、非現実的すぎるだろうか。
ナンパしてきたあの男の人、ぶじ、誰かと友だちになっていてほしい。
最後に、ラインをくれるたび、わたしに信じられないほど冷遇されている元・男友だちのみなさん、本当にすみません。そういうわけなので、もうすこし待ってもらってもいいですか。
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