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チャタレイ夫人の桃的な

やや困った。
「原稿は印刷所に出したが、修正しようと思えば今週いっぱいは修正できる」くらいの進み具合の担当書籍の、漢字の読みを書かせる問題で、「陳腐」と「漫然」が並んでいるのを発見してしまったのだ。

漢字の下に、読みを記入する欄が横に並んでいる。
並ぶと、うーむ……。
(別に何も間違ってはいないが、これを気にする人がいたら……まさか抗議の電話を入れるような保護者とか、いないだろうけど)
と心配になったのだが、考えすぎであろうか。

※保護者が子供の使っている教材を見て出版社に電話してくるケースというのは、実際にそこそこあるらしい。が、まあこの件で抗議してくる人がいたら別の意味ですごいよな。

「卑猥だと思う人の心が卑猥なのだ」
とは、元は誰の言葉だったっけ。
チャタレイ裁判とかについて、三島あたりの誰か有名な作家が言っていたような? ぼんやりした印象があったのだが、いま検索してみても答えが得られない……。

それで思い出したのが、浪人時代に通っていた福岡の駿台予備校の、古文の講師の先生の話である。

週に数日、京都から新幹線で来られていて、
「そんでなぁ〜、これ品詞分解したらなぁ、こうなるやん」
「えっキミ、ほんまに答え、そう思う? ちゃうやろ〜」
と、はんなりした関西弁で講義をされる「THE 京女(きやうをんな)」という感じの人であった。

知識を詰め込むタイプの先生ではなかったが、あっさりと平易な表現で古文を訳し、古文単語の語源などもわかりやすく教えてくださったおかげで、スムーズに頭に入ったのを覚えている。

その年の秋頃、この先生が参考書を上梓され、講義の中でも軽く宣伝されたときのことである。

「この最後の著者紹介のとこの写真な、めっちゃ可愛いやろ」

そこに写っていたのは先生ではなく、完璧な球形をした桃であった。

「桃めっちゃ好きやねん、可愛いやろ。……でもなぁこの写真、次の刷から差し替えられることになってて、めっちゃ悔しい……出版社の人がな、『先生、こちらの画像はなんと言いますか、メタファー的にと言いますか、ちょっと参考書に載せるものとしては相応しくないのではないかという意見が編集部で出まして……』とか言ってきはってな。——こんな桃に欲情する受験生が世の中にどんだけおるねん! って抗議したんやけど!

講義室は爆笑に包まれた。
先生は「この桃が見られるのはいま本屋さんに出てる分だけやからな! みんな早めに買ってや!」と念を押され、その日の帰りに天神にある書店で購入したのも覚えているが、まだ実家にあるだろうか。

何はともあれ、まあ見る人の心の問題であるからして、ミスの元になりかねない修正はしないに越したことはないよな、と思い直した。
もっと本質的なミスが潜んでいるのかもしれないのだから、こんなことに気を取られているわけにはいかんのである。引き続き点検を進めることにする。

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