【創作】満月の夜
月明かりが眩しいな。
今日も残業を終え、会社を出ると目の前に大きな丸い月が浮かんでいた。
それがあまりにも綺麗でムカつく。
こっちは連日残業続きだって言うのに、なぜこんなにも綺麗なんだろう。
素直に綺麗だと感動できないのは、あのクソ上司のせいだ。
役立たずのクソ上司。
何でもかんでも部下に押し付けやがって。
地面を蹴りつけるように歩き帰路につく。
下を向き心の中で上司の悪口を言う。
あいつ、仕事を押し付けるだけ押し付けてさっさと帰りやがって。
定時間近に急ぎの仕事押し付けるなよ。
なんで私が残業しなきゃなんないんだよ。
残業代ちゃんと出るかな…。
いや、出してもらわなきゃ割に合わない。
あのクソ上司、ちゃんと申請通せよ。
ただでさえ、うちの部署残業多いって目を付けられてるし、あいつなら誤魔化しかねない。
あーあー、疲れたなぁ。
空を見上げる。
にしても満月かぁ。
日本酒かな。
いつもビールを流し込むけど、こんなにも月が綺麗なら、ちびちび日本酒も悪くない。
うん。
今日は月見酒といこうじゃないか。
そうと決まればさっさと帰ろう。
明日は休みだ。
夜は長い。
重かった足が少し軽くなる。
今日のつまみは何だろう。
仕事のことなど忘れて楽しくなる。
歩く速度が自然と早くなった。
「ただいまー」
家に帰ると疲れがドッと押し寄せる。
「おかえり」
と、リビングから声が聞こえる。
パンプスを脱ぎ捨て、まずは風呂に向かう。
戦闘服のスーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。
さっさとシャワーを浴びて酒を飲みたい。
急いで風呂を出て、一直線に冷蔵庫を目指す。
「またシャワーだけ?ちゃんと湯船に浸からないとダメだろ」
途中声をかけられたが、そのまま手はビールをとりプルタブを引いた。
風呂上がりはビールに限る。
「ねぇ。聞いてる?」
「おー」
生返事をして、半分くらい減った缶を片手に、お目当ての日本酒を探す。
確かこの棚にしまってあったはず。
「あのな。毎日残業で疲れてるんでしょ?湯船にゆっくり浸からないと疲れ取れないよ?」
「はいはい」
お前はお母さんかっての。
ビールを飲みながら、お猪口も出す。
「あと、空きっ腹にアルコールは良くないってば」
今日は一段と小言がうるさい。
ふとテーブルの上を見ると見慣れないものが。
「お団子?」
いつも用意してくれているつまみに混じって団子が置いてある。
「今日は満月だからね。お月見でもと思って買ってきた」
残りのビールを飲み干し缶を置く。
「ねぇ。あなたも飲む?」
私は日本酒の瓶を掲げる。
「それ、楽しみに置いてたやつだろ?いいの?」
「お月見なんでしょ?月見酒しようよ」
私はもう一つお猪口を出した。
日本酒を注ぐ音だけが響く。
「今日もお疲れ様」
軽くお猪口をぶつける。
ぐいっと一口。
うん。やっぱりうまい。
今日のつまみは日本酒にも合いそうだ。
こいつ、私が日本酒を選ぶことを分かっていたのか。
軽く睨みつける。
「何?どうかした?」
軽く首を振ってつまみに手を伸ばした。
お腹が満たされた所で窓を見ると、ここからじゃ月が見えないことに気がついた。
酒を片手にベランダに足を運ぶ。
ベランダに出ると、月は高く登っていた。
お酒に月が映る。
これこそ月見酒だと、酒を煽る。
日本酒正解だな。
そんなことを考えていると、ふと肩に何かかけられた。
「涼しくなってきたし風邪引くよ」
いつの間にか洗い物を終え、カーディガンを持ってきてくれたらしい。
優しく微笑まれるとこっちまで顔が緩む。
「ありがと。ねぇ、見て。月が映ってる」
私は酒を指さす。
「ホントだ。まさに月見酒だね」
そう言うと、私の顔を覗くように前屈みになった。
「なに?」
私は少し首を傾げる。
「月が綺麗ですね」
憎たらしいほどの笑顔で言われた。
「死んでもいいわ」
だから私も笑顔で言ってやった。
少し驚いた顔をしたあとキスされた。
二人でまた月を見上げる。
こんな夜も悪くない。
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